V
「うん、もうわかったよ。ありがとう、舞華ちゃん」
そう言ってぼくが話を切り上げたものだから、第二の証言者は不満そうに唇を結ぶ。中学生の彼女が知恵を絞って披露した推理を無下にするのは忍びないけれど、ほだされてはいけない。初夢に浮かれるぼくの意識が彼女に語らせたところで、真実が明かされることはないのだから。
ひとり目の麗が語る犯人は「富士山」で、続く舞華ちゃんは「鷹」だと言った。一富士二鷹ときたら、次に続くのは決まっている。
「あの、次は私の順番でしょうか?」
ずっとぼくに背を向けてソファに腰かけていた姫川先輩が、身体を捻ってぼくのほうへ向きなおった。遠慮がちに手を挙げて証言の権利を要求するものの、ふたりに期待を裏切られたぼくには、正直、彼女を信用する心はない。
「どうせ、茄子の仕業だと言うんですよね?」
「おや、わかっていましたか。それなら話が早いですね」
まさか、強引に自分の証言を始めるつもりか。後輩にまで丁寧語を使うような慇懃な先輩だが、その実かなりマイペースで、ぼくをからかうのが好きだ。
「私に言わせれば、まだ見落とされている箇所がひとつあります」
「はあ……」
「久米くん、手元にあるポチ袋をもっとよく見てください。常識的に考えて、おかしなところがあります」
姫川先輩の眼鏡の奥で鋭い眼光がぼくに向けられている。自らの推理を信じて疑わない瞳に怯んだぼくは、形だけでも、手近に置かれているポチ袋を見直す。
夢の中の不安定な世界でも、青と赤の封筒に変わりはない。
「どこが変なのですか?」
彼女に問うと、ふふ、と笑った。
「お年玉には欠かせないものが足りていないのです」
「ああ……! 誰に宛てたお年玉か、書いていないのですね」
「おや、きょうの久米くんは冴えていますね」
ふたつのポチ袋は、どちらが才華のもので、どちらがぼくのものか記されていない。才華がごく自然に赤色のものを手に取ったので、空っぽの青い袋をぼくが受け取ることになったのだ。才華の態度からして貰い手が入れ替わっているわけではないようだけれど、間違いのないように「弥くんへ」「才華ちゃんへ」などと書いておくものだ。
しかし、その推理はどうせ意味がない。結論として導かれる犯人が、人間ではないのだから。
「確かに書き忘れているみたいですけれど、それと茄子とはどう関係が?」
「宛名がないということは、ふたつに区別はありません。区別がないということは、混ぜこぜに一体になっているようなもの。赤と青とが混じりあえば、常識的に紫色になります。紫は茄子の色です。よって、茄子が犯人です」
「…………」
弱った。三人目ともなると、ぼくの潜在意識では想像力が足りなくなってきたらしい。夢の登場人物の中でも特に真摯で真面目な姫川先輩ともあろう人が、まったく要領を得ない、崩壊した論理を述べる有様だ。
一富士二鷹三茄子に沿うだけの証言では、犯人の特定にはつながらない。しかし、すべてがぼくの意識に左右される夢の中。ぼくが正解を出すためのヒントなら見つけられたかもしれない。それなのに、ここまで証言の質が下がってしまっては、その望みはますます薄くなる。
「夢の世界は広くないし、曖昧だ。証言が頼りにならないからって、一から捜査をしようにも手掛かりはないよね」
声を出して考えを確かにする。そうすることで、自分がこの夢を見ている理由、心残りを見つけ出すのだ。それ以外に、ぼくが名探偵を演じる術は残されていない。
「弥、わたしはその考えに賛成だよ」
才華がぼくの考えに加勢した。夢の中だから、言葉にしなくても才華と考えが共有できるらしい。これくらいの阿吽の呼吸になってみたいものだ。
「でも、ぼくは何が心残りなのかな?」
「一富士二鷹三茄子……推理は滅茶苦茶だったけれど、三人にそれを語らせた意味はあったんだと思うな」
彼女の言うとおりだ。証言者たちは、現実ならとても考えられない異常な証言を行った。それらは、そう言わせる意図がぼくにあった証左であり、さもなければ現実と大差ない彼女たちが現れそうなものである。
ちょうど、先刻才華がぼくの後ろ暗いところを発言したのと同じく、ぼくの心の中の引っ掛かりを奇天烈な推理の中に散りばめていたに違いない。
「初夢といえばさ」
才華は人差し指を立てて、気分転換でもさせるように切り出した。
「どうして富士と鷹と茄子がおめでたいのか知ってる?」
「それは、語呂合わせに由来する見立てのようなことだよね? 富士なら『不死』、鷹なら『高い』、茄子なら『為す』という具合に、ポジティブなフレーズとかけてある」
「そうそう。語呂合わせだよ。弥にも当てはまるんじゃないかな?」
語呂合わせが?
そういえば、麗が似たことを言っていた。「富士山」は「2・2・3」という暗号になっている、と。一番のヒントだ、とまで強調して。確かに暗号とは、気になることではあるが。
一番のヒント、2・2・3。
おや……?
「麗がアピールした数字は、並べると『1・2・2・3』になるよね? これってもしかして、一二月二三日のこと?」
ぼくの気づきに、才華は満足そうににっこり。
「お、調子出てきたね。その日に関係する『高い』ところと、そこで『為』したことは、どんなことかな? 弥がそれを思い出せれば、この夢を観る心のしこりが見つけられるはずだよ」
この口ぶり、才華がぼくに先んじてこの夢の世界を理解してしまったようだ。
先を越されてしまったけれど、ヒントは充分に揃っているように感じる。なんたって、ぼくの心残りに直接関係する情報を集めればいい、という推理の道筋がはっきりしたのだから。
一二月二三日に行った場所、そこでしたこと。
思い出せ、名探偵になるために。それができれば、明晰夢を完全に掌握できる。いつも才華がしているように、ぼくもお年玉消失事件の謎を解く、名探偵となるのだ――!
あ、ああ!
そうか――!