IV
「麗……風邪なら寝てないとあかんよ?」
胸を張って富士山を犯人だと言い張る麗を、ぼくはひどく心配した。
しかし、夢の中の彼女は、現実と変わらず頑固であった。
「風邪なんかちゃうで、大真面目や」
気の迷いで言っているのではないとわかって、なおのこと心配になる。
富士山がお金を盗るはずがない。そもそも人間ではなく、動くことのないお山であり、当然お金に欲はなく、というか麗の言う富士山はただのイラストであり……と、彼女の推理を否定する理由なら無限に挙げることができる。
テーブルの椅子を引いて座り、間違ったことを言う証人は、ソファに戻るよう手で追い払う。
「とにかくありえない。『富士さん』って人ならわからなくもないけれど、前提になる論理がまるでおかしいもの。麗の証言は却下」
「そんな、絶対富士山が犯人やって! そうやなかったら、そうだ、暗号。きっと何かの暗号やねん。語呂合わせで『2・2・3』なんてな。第一のヒントは『2・2・3』! これで解決や」
どれだけ食い下がろうと、滅茶苦茶なことには違いない。「はいはい」で彼女を受け流すと、不承不承、ソファへ戻ってどかりと座った。
麗がダメなら、今度は舞華ちゃんに証言を促してみる。
才華の妹であり、趣味の推理小説で鍛えられた舞華ちゃんなら、姉に引けを取らない名推理を期待できる。少なくとも、ぼくをからかって火山を犯人呼ばわりするようなことはしないだろう。高校生の制服を身に纏った中学生が、いまは頼りになる。
水を向けられた中学三年生は、ほんのり頬を上気させながら、わずかに口角を緩める。
「……こんなの、簡単な話」
麗にも劣らない、自信満々な様子だ。口数が少なく表情の変化も小さい彼女が、これほどはっきりと自信を覗かせているのだから、真理に至ったという確信を持っているのだろう。事件は解決に向かっている。
「聞かせてくれるかい?」
こくりと頷いた。
第二の名探偵、推理のお披露目だ。
「犯人は……目撃されていない」
いきなり意味深長な言葉から推理が始まった。その意味を解説するように、才華が口を挟む。
「いまこの家にいる人たちは、ポチ袋に触った何者かを誰も見ていないということだね」
姉からのフォローに、妹は嬉しそうに頷いた。
現実では推理を担う才華が、夢の中ではぼくや舞華ちゃんのサポートに回っている。現実離れしたあべこべなコンビは、ぼくの心の奥にあるささやかな願望なのだろうか。面白くてたまらない。
「リビングの三人は……お互いを見ていた」
犯人が目撃されていないとはつまり、リビングにいた麗と舞華ちゃんと姫川先輩とが、お互いを見ていて誰も立ち上がれなかったから、というわけだ。相互の監視ゆえに、ソファを離れてテーブルのお年玉を奪う隙がなかった。
その理屈は結構なのだが、だとすると疑いの方向が変わってくる。自然と絞られる可能性を舞華ちゃんにぶつけてみる。
「お年玉を盗ったのは、三人と一緒にいなかった才華か、三人の共犯だったってことになるの?」
肩を震わすように、舞華ちゃんは首を振った。
「……どちらも違う」
「犯人は別にいると?」
麗でも舞華ちゃんでも姫川先輩でも才華でもなく、彼女たちの共犯でもないのなら、ここにいない人間の犯行しかありえない。まさか、ぼくではなかろう。
「……目撃されないように、近寄った」
「どうやって?」
「…………」
舞華ちゃんは、言葉を発する代わりに上を指さした。
上?
「上から来た」
「はあ?」
ぼくも彼女に従って上を見る。
もちろん、犯人が忍者のように張りついているわけでもなく、普段通りの天井がそこにある。仮に天井を伝って犯人が侵入し、テーブルのお年玉に手を伸ばすことができたとしよう。しかし、蛍光灯やエアコンなどの障害物に阻まれるし、物音を立てたり、影を落としたりして、居間にいた誰かに感づかれてしまうだろう。ラジコンを飛ばそうと同じこと。
ちょっと聞いただけでは訳の分からない推理。
ここから何かものすごいトリックを推してくれるのだろうか?
それとも――嫌な予感がする。
「……高いところからなら、気づかれない」
「ああ、うん。そうかなぁ?」
「つまり犯人は、空を飛べるの」
予想通り、ものすごいトリックが存在したようだ。しかし同時に、嫌な予感までも的中してしまったらしい。
いまぼくが意識を持っている夢は、現のぼくが観ている初夢だ。六時間に及ぶお笑いバラエティ番組を観て大晦日を過ごし、日付が変わってから新年に期待を託して布団に入り、それ以来観ている夢ある。それはとても特別なもので、しかも、「これを見たい」という願望が自ずとはたらきかけてしまう。
麗が一番目に富士山を犯人とした時点で気づくべきだった!
初夢に望まれる様式がこの夢で実現されているとしたら、二番目に挙げられる被疑者は、確かに空を飛べるだろう。
「犯人は、鷹……!」