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初夢探偵久米弥の推理 新春スペシャル  作者: 大和麻也
今年もよろしくお願いします
2/6

II

 三人の招かれざる客は、コの字を描いてテレビを囲うソファに、ゆったりと身を預けていた。

 一番奥でリモコンの支配権まで握っているのは、二ツ木麗(ふたつぎうらら)。勝ち気で大食いな、ぼくの幼馴染だ。鋭い目つきと茶髪、少し荒っぽい口調などはやんちゃな印象を与えるが、その実勉強もできるし性格も真面目な同級生。

 ここが下宿だとしたら、彼女はここにいるはずがない。彼女は大阪在住だし、年末年始は隣県にある親の実家に出かけているはず。

 最も手前、背もたれに身を沈めているのは、家入舞華(まいか)。才華の二歳年下の妹で、才華の外見をそのまま二歳幼くしたような女の子。言葉数は少ないものの頭の回転が速く、中学校では生徒会長を務める切れ者だ。

 彼女は年末年始、家入家にいて然るべき。姉とは実家で会えるのだから、遠い下宿先までわざわざ出かけてくることもない。

 そして、キッチンを背に姿勢正しく座るのは、姫川英奈(ひめかわえな)先輩だ。部活の高校二年生の先輩で、トレードマークはポニーテールとレンズの厚い銀縁眼鏡。成績学年トップを誇る優等生なのだが、他所の家にいてひとりでお茶を飲めるくらいには図太い。

 彼女は……プライベートに謎が多い人だからわからないけれど、年末年始くらいは家でゆっくりと過ごしていてほしい。少なくとも、ぼくを訪ねてくるなんてありえない。

 そう、ありえない。

「三人とも、どうしてここに――?」

 うっかり漏れた独り言に、三人が三人、ぼくを怪訝な顔で見返した。

 麗の証言。「来いと言ったのは弥やで」

 舞華ちゃんの証言。「弥くんが……」

 姫川先輩の証言。「私も、久米くんの招きで」

「え、ぼくが呼んだって? 大阪に呼びつけるなんて、そんなまさか」

 ここでも、奇妙で困惑させられる、噛み合わない感覚。

 わかったぞ、こんなありえないシチュエーションが実現する可能性は、ひとつしかない。


 夢だ。これは夢に違いない。


 この世界がぼくの夢の中で、曖昧に作られているから滅茶苦茶な話が通ってしまうのだ。目覚めた場所といまいる場所が違うとか、いないはずの人がいるとか。

 ついでに、服装もおかしなことになっている。寝間着で居間に下りてきたはずのぼくが、いまは元日にも拘わらず学校の制服を身に纏っている。才華をはじめ女の子たちも、同じように学校指定のグレーのブレザーを着用していた。

 奇妙なことに、学校が違うはずの麗や舞華ちゃんまで、ぼくたちと同じ学校の制服を着ている。これもまた、この光景がぼくの夢であることを裏付ける。夢の主たるぼくが、彼女たちの正しい制服姿を見たことがないし、私服姿をはっきりと記憶していないのだ。

 夢であると確信したなら、もう戸惑うことはない。

 この夢を観ているぼくの本体が目覚めるのをゆっくり待てばいい。

「そんなことより」

 奇怪な状況に慣れはじめたぼくの袖を、才華が引っ張る。

「おばちゃんがお年玉をくれたの。テーブルの上」

「本当? もらっていいの?」

 現実ではない世界でもらっても儚いものだが、もらえると聞いたら嬉しくなってしまう。

 そういえば、おばさんの姿は見えない。夢の中の登場人物だから会えなくても仕方がないのだけれど、お礼も言わずにお金を受け取るのは気が引ける。まして、知り合いの女の子たちがいる前でそういうことをしてもいいものなのか。

 それにしても、テーブルの上に置きっぱなしとは不用心な。

 才華の言った通り、普段食卓にしているテーブルにポチ袋がふたつ置かれていた。遠慮を抱くぼくをよそに、才華はさっと右に置かれた赤色の袋を取り上げると、中身を覗きこむ。ぼくも、左に置かれた青色のものをやってはならないと思いつつも夢の中では欲望に抗えず、袋の中を確かめた。

「あれ?」

 空っぽだ。

 横を振り向くと、才華は袋からお札を取りだしていた。

「福沢諭吉。ひとりか」

 なんと。

 表情に出ないように我慢するが、正直なところ気が気でない。

「え、どうして? ぼくの袋には野口英世もいないよ?」

「落ち着いてよ、弥。高校受験で失敗したからその罰かもしれないし」

 いくら自分本位のきらいがある才華でも、ここまで辛辣なことは言わないはずだ。夢が彼女にそう言わせるのだが、胸が痛い。無意識が作る世界ゆえに、ぼくが平素言葉にしない不安が表に出てきているのかも。

 胸がチクチクするのを堪えて、考えられる可能性を口にする。

「入れ忘れちゃったのかな? ほら、おばさん、そそっかしいところもあるし」

「弥が何度も赤点を取ったからじゃない?」

「あ、電話がかかってきて席を外しちゃったのかも」

「弥が野球を観るためにテレビを独占するからじゃない?」

「青い袋が才華ので、赤い袋がぼくの、なんてことはない?」

「弥が部屋でこっそり――」

「みなまで言わないで」

 夢の中の才華は、ぼくの話を真面目に聞いてくれないようだ。いまの才華に下手に声をかけると、ぼくの後ろ暗いところを声に出して説明してしまう。

 本当なら、才華は好奇心をエネルギーに活動する子だ。ぼくのお年玉がないことがわかったら、たちまち「どうして?」「おかしい」「気になる」などと言って調べはじめただろう。そうして掴んだ証拠をもとに論理を組み立てて、真相を言い当ててしまうのだ。

 夢でなければ、彼女は誰よりも頼りになる名探偵なのに。

 いや、待てよ。

 夢でなければ?

 そんな悲観的な考え方は必要ない。これはぼくの頭の中で展開されている、ぼくの夢ではないか。しかも、ぼくはこの世界が夢であると認識している。


 ということは、これは言うなれば明晰夢!


 夢が夢であるとわかっているならば、ぼくはぼくの意識にはたらきかけて、ぼくの思うように夢の中の物語をコントロールしてしまえばいい。ぼくは夢の主演俳優でありプロデューサーでもあるのだから、自分にとっていいようにしなければもったいない。もちろん、助平な意味ではなく。


 それなら、やりたいことは決まっている。

 今回は才華に代わって、ぼくが名探偵だ!


「ううん、これは良くないですねぇ」

 フローリングの床に足を滑らせくるりとターン、ソファの三人の女子生徒に歩み寄る。その口調も、歩きぶりも、ドラマでよく見るベテラン刑事のそれを真似て。

「お年玉が置かれた部屋に、おばさんは不在。その代わり、いつもならいないはずの三人――麗に、舞華ちゃんに、姫川先輩――が居座っていました。おばさんがお年玉を置いたのは今朝のことだろうから、外から空き巣が入るというのは無理があります。ということは、お金を盗ったのは、あなたたち三人のうちの誰か、ということですね?」

 ぼくが詰め寄ると、三人はぼくを睨み返す。腹に企みを隠し持つ、いやらしい笑みである。それぞれ天才的な知性を持つ彼女らは、相手にとって不足なし。名探偵として対峙するのに名誉な被疑者たちだ。


 初夢探偵久米弥、新春スペシャルの始まりだ!




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