表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
初夢探偵久米弥の推理 新春スペシャル  作者: 大和麻也
今年もよろしくお願いします
1/6

I

【初夢】

その年の最初の夢。大晦日から元日の夜のことなのか、元日から二日の夜のことなのか、定義は明確でない。最初に見る夢ならいつでもいい、とも。おめでたいこととされているが、夢なのでギャンブル性が高いのは言うまでもない。初売りと称する在庫処分セールの枕詞にされがちなのは、たぶんそのせいだろう。



【新春スペシャル】

新年の特別感、高揚感をこれでもかと強調したフレーズ。元日から、ともすれば春分のころまで用いられる。テレビドラマやバーゲンセールに冠されることが多い。「初夢」との併せ技になっていることもしばしば。


「天井が違う」


 ちょっとした事件に、胸がきゅっと縮む思いがした。

 眠る前に見た記憶と、見える映像とが噛み合わない。

 ひとまず、冷静になろう。夜中にふと目を開いたとき、自分の居場所に違和感を覚えるのはよくあることだ。なぜこんなところで目を覚ましたのだろう、と得体の知れない不安に出会っても、焦ってはいけない。月曜日の朝を日曜日の朝と錯誤するのと大差のない現象である。

 ぼくの場合、この違和感には強い心当たりがある。ぼくは高校進学を期に地元の大阪を離れ、東京の高校に下宿しながら通っている。四月、いや、五月くらいまで、東京の自室の天井に慣れず、ベッドの中で震えたものだ。

 そして、時を経て東京に慣れたぼくは、反対の現象を大阪で感じてしまったのだろう。冬休みの年末年始を実家で過ごすことで、自分が東京と大阪のどちらの寝床にいるのか、睡魔で朦朧としたアタマでは判然としなかった。

「眠いけれど、起きようかな」

 そわそわした気持ちで、ベッドから降りた。カーテンの隙間から漏れる空気は冷たく、それを浴びていた自分の顔がひんやりしているのがわかる。裸足にカーペットの感触がくすぐったい。おもむろに立ち上がると、重力に慣らすように身体が不随意に揺れた。より感覚を確かにすべく伸びをすれば、目は半開きでも行動可能な調子が整う。

 掛け時計をちらと見る。

 時刻は六時か七時か……とにかくそれくらい、朝だ。

 デジタル表示された日付は、二〇一一年一月一日、土曜日。

「配達にはまだ早いかな?」

 これがそわそわの正体だ。

 自分に言い聞かせるように独り言を垂れるのだけれど、はやる気持ちに蓋はできない。手早く靴下を穿いて階段を下り、最後の一段から下す爪先は、居間ではなく玄関の方向に向ける。

 玄関の扉を開いて、まさに朝日を浴びようというとき。

「おはよう、(わたる)

 背後からかけられた声に、反射的に応じる。

「ああ、おはよう、才華(さいか)

 こんな朝の挨拶にも最初は正直戸惑ったものだが、半年もすれば慣れて――

 ん?

 才華?

「なんで? 才華がぼくの家にいるわけがない!」



 ぼくを玄関で呼び止めた女の子、家入(いえいり)才華。

 すっきりと通った目鼻立ちや透き通るような肌は近寄りがたい美人のそれだが、くりくりとしたつぶらな瞳や年齢相応に愛嬌のある口許などはかわいらしい。肩までは届かないちょっと短めのセミロング、内向きに癖のついた毛先は、黒々としながらも陽光を浴びてキラキラと輝く。その恵まれた容姿とすらりとした長身ゆえに衆目を集め、彼女の澄んだ声など聴こうものなら、心を奪われて逃れられない。

「才華がどうして大阪のぼくの家に?」

 彼女とは東京での共同生活を通して親しくなった。ぼくと彼女は遠い血縁で、同じ親戚のおばさんを頼って下宿しているのだ。でも、彼女もぼくも相手を実家に招いたことはなく、あくまで東京でのみともに暮らす仲間である。大阪で、しかも実家で出くわすなんてありえない。

 さらに、彼女はつい二、三日前までロンドンに留学していて、年末年始は実家で過ごす予定のはずだ。大阪に来る暇はない。次に会うのは一月六日だと手紙をもらっていた。

 混乱するぼくに対して、彼女は飄々としている。

「何言っているの? ここは東京、朝子(あさこ)おばちゃんの家だよ?」

「はあ? どこが――」


 見回してみると、確かに東京の下宿、秦野(はたの)朝子おばさん宅の玄関だ。


 おかしい、ぼくはまだ寝ぼけているのか?

 目を覚ましたのは確かにぼくの実家だった。階段を下りてみたら東京の家だったなんて、勘違いだとしても滅茶苦茶だ。でも、さっき下りてきた我が家の階段は、いまもう一度見ると秦野家のそれである。どう見ても。目をこすっても。

 ここまではっきりと目に見えている家と才華を、これ以上疑うのは難しい。おそらく、起き抜けで意識のはっきりしていなかった自室でのことが嘘だったのだ。大阪の家ではなく東京の下宿の部屋、時計の日付は見間違い。

「ごめん、寝ぼけていたよ」

「ふうん、弥らしくもない。まあ、いいや。おばちゃんに挨拶しようよ」

 くるりと踵を返した彼女は、居間に続くドアを開く。ぼくも気持ちを切り替えて、おばさんに年始の挨拶をしなければと彼女に続いた。顔をこすって、寝ぼけた目を無理やりにでも開かせる。

 しかし、居間で目にした光景に、ぼくは再び目をこすった。

「あ、弥。今年もよろしく」

「お姉ちゃん……おめでとう」

「あけましておめでとうございます。久米(くめ)くん、家入さん」

 いるはずのない三人の女の子が、居間でくつろいでいる。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ