9話 俺の幼馴染みのサッカー部
「あー……っとすね」
何やら不機嫌そうな監督 (でいいや)に鬼の形相で見つめられる。何でこんないかつい顔してんのこのおっさん。俺が何かしたのかよ?
まぁ、そんなこたどうだっていいか。今は練習についてを聞きに来たんだよ。
「背番号十二番の、尾長悠っているじゃないっすか。あの顔面偏差値バカみてぇに高い女みたいな奴。……まぁ知ってるだろうけど」
「あぁ、知ってる。人一倍練習するが、力が弱くてどうにも押し負けちまう奴だな。一年だろ」
「やっぱ力弱いっすよね。筋肉なさ過ぎるし。──で、その尾長悠が最近妙に傷だらけでして……」
「あぁ?」
だから何故睨む? 選りに選って何で本題に入ろうとするとそうやって怒る? 何か訊かれたくないことでもあんのかよ。
言っておくけど、俺は悠に対して何処までも過保護だからな。そんな睨み利かせるくらいじゃ怯まねぇぞ。
「どんな練習をしてたらあんな痣だらけになるのか知りたいんだよ、監督。普段どんなことしてる? 運動部だから多少の怪我はつきもんだろーがよ、流石にボロボロ過ぎだ」
「うん、まぁ……そうだろうなぁ」
今度は俺が睨むと、監督は憐れみの瞳をフィールドに向けた。その視線の先には、体格が一回りも上な他のメンバーとぶつかり合ってボールの取り合いをする悠が居た。最終的には力負けして、フィールドに倒れ込んでしまう。あれが怪我の原因か。
悠の膝に血が滲むのを見たら、監督は小さく唸った。それから孫を見る様な眼に変わる。
「レギュラーに入りたくて必死なんだろうな。確かに上手くはなってきているが、流石に力が及ばな過ぎて危険だ。練習にも参加して欲しくないくらい、毎度傷だらけになる」
「……多分、それ大会が近いからっすね。アイツ気合い入れてたし」
「出してはやりたいさ、全員な。ただ、上手いだけじゃ当たり負けしてしまう。だから尾長には、諦めろと言い聞かせてるんだがなぁ。そろそろ、自分に向く趣味を持った方が人生損しないで済むだろう」
監督は本当に悠を大切に想ってくれてそうだ。悠だけじゃなくて部員全員をだろうけど。
こうして離れて見てみると、悠だけ子供の様に見えてくる。周りの男達は身長が高く筋肉もよくついているが、悠は身長が低くて筋肉も全然。これじゃ幾らやっても時間の無駄だ。
だけど他の趣味を探すなんて悠には無理だろうなぁ。アイツは一途な奴だからさ。
「監督、悠がレギュラーには入れる可能性ってどれくらい有ります?」
俺の質問に、監督は顎を撫でる。数秒眼を閉じた後、遠慮がちに口を動かした。
「五分五分ってとこだな。上手いっちゃ上手いが、タックルとかには弱いからなぁ」
「五分五分……か。それなら、少しくらいでいいんで、悠を出してやってくれないっすか? 一年はまだチャンスがあるってのは承知してるけど、アイツには折れて欲しくなくて」
「……考えておく。どうせこのメンツじゃあ優勝は狙えないからな」
「あざっす」
監督に頭を下げたら、誰かに名前を叫ばれた。漸く俺が来たことに気がついた悠だ。
擦りむいた右足を痛そうに引き摺りながら、悠は軽く駆け寄って来る。練習はいいのかよ? まぁ怪我してるのに無理してほしくないけど。
「陽一、先生と何話してたの? 何か頭下げてた様に見えたけど」
「気にすんな。それより膝擦りむいてんだろ、消毒してやるからこっち来い」
「うん!」
子供の様な無邪気さで返事をした悠の手を引いて、部室に入る。中にあるテーブルっぽいこれって何なの? とにかくそこに座らせる。
パタパタと脚を揺らす悠は、にこにこにこにこしてるから思わず撫でてしまいそうだ。……いや脚止めろ。
「動くな!」
「ひゃっ!?」
「あだ!?」
あまりにも落ち着きのない悠の脚の付け根を両手でがっしり掴んだ──ら、反射的なのか意図的になのかは分からんが左頬を殴られた。
「何してんの!? 本当に怒るよ!? 流石にやっていいことと悪いことがあると思うんだよ!!」
「……いや悪かったけど、そんなに怒る? 耳がキーンってしてるんだけど」
「怒るよ! 自業自得! 陽一は知らないからだろうけどね、僕はいつもいつも……何でもない」
「え……」
悠は真っ赤になって怒声を上げていたが、段々枯れ花の様にしおれていった。何なんだコイツは。
でも、男でも太腿触ったのはまずったか。触りたかったとかじゃなくて、脚を止めるためだ。脛とか怪我してたから、脚の付け根を止めただけだからな。
物凄い柔らかくて暖かくて汗でかちょっと湿ってたけど、別に卑猥なこととか考えてないからな。
「……んと、はい。出来ました。さっきはごめん……」
「別に、もう、気にしてないよ。消毒ありがとう」
明らかにテンションが下がってる悠は、俺が消毒して包帯を適当に巻いた右膝を見つめてる。動きにくかったらごめんな。
立ち上がる悠に手を貸して引き上げたら、何か抱き着かれた様な体制になって壁に激突。頭と背中がズキズキするのは、何かやたら刺さってる画鋲のせいだろう。
それより、悠が離れないんだけど何故?
「悠、どうした? 練習復帰するんだろ?」
「うん」
俺が頭を撫でると、悠は照れて顔を埋める。真空夜には恐ろしくて出来ないが、悠は撫でられるのが好きらしいな。優梨奈は殴ってくるけど。
中々離れない悠をペットの様に錯覚して、頭を撫で続ける。暫くして服が引っ張られたから、多分何か言いたいことがあるんだろう、と手を止めた。
「どうした? 行く気になったか?」
悠は小さく頷く。頭擦りつけられるから、何かくすぐったいな。
「明日さ、大会前最後の練習試合があるんだ。陽一、見に来てくれる?」
「ああそんなことか。当然だろ、俺達は皆で見に行くよ。真空夜も親父達も優梨奈も俺も皆で応援してやる」
「そっか……」
悠は照れ臭そうに微笑んだ。いい加減服伸びるので引っ張るのをやめてほしい……って、今朝俺がやったじゃねぇか。悠に。仕返しかおい。
悠の手を引いて外に出たら、部員達が集合していた。これから、メンバーのポジション決めがあるという。遅いと思うぞ。
だから、悠の手を放してその場を去った。
「お、真空夜まだ残ってたのか。何してんだ?」
「む、陽一か。私は委員の仕事が残されていてな、終わるまで帰れん。どうだ? あと一時間程かかる恐れがあるが、二人で帰るか?」
「真空夜からのお誘いは珍しいな、そうしよう。だけど俺、今から担任がこっちに向かって来るから多分捕まる。俺の方が遅くなりそうだけど、平気か?」
「幾らでも待ってやる。では、また一時間程経ったらな」
「おう、またな」
真空夜は普段、学校だと俺を素通りなんだけどな。声をかけておいてよかった。一応姉だから仲良くはしておきたいし。
それより、まさか向こうから帰りを誘って来るとは思わなかったなぁ。珍しくて 手も振ってたが、何かいいことでもあったのか?
おっと、担任。森山静南先生。襟首を引っ張って無言で連行するのはやめていただきたいんだが。
……悠って、部活の後に居残りなのか? 夜道不安だなぁ。帰り迎えに行くか。忙しいが。
「先生、これって作者の心境を読み取れってことじゃないっすか。でも人の心なんて他人には分かりませんし、正解も定かではないと思うんですよ。だから、一心不乱とかでもいいんじゃないですかね」
「捻くれた回答は必要ないから。さっさと四十枚程度終わらしなさいよ。真空夜ちゃんが来ちゃうゾ」
「そんな鋼鉄の仮面つけた顔でウインクされても可愛くないから」
「殴るゾ」
「それは犯行前に予告してほしいことですね」
眼だけは一度も笑ったことがないまだ二十歳の担任は、前の席で机に脚を乗せてダラけている。靴のまま脚乗せるなよ。そこ柳瀬の席だろ。汚すな。
あと、俺の方に脚向けられるとパンツ完全に見えるからな。……てかまだ漏らすのかこの人。
「いい加減成長しろよな、先輩」
「おっとぉ? 聞いちゃいけないこと聞こえた気がするゾ。私は今は先輩じゃなくて先生なんだけど? 分かってるのかな、陽一君」
「へーへー。……教師名乗るならいつまでもパンツに染み作ってんなよな」
「殴るゾ」
今度は本気で殴ってきやがった。いってぇ。机に顔面ぶったぞおい。
……因みに、この担任は小学校が同じだった元先輩だ。三歳しか離れていないから、未だに昔と同じ接し方をしてしまう。
昔から考えるより動くタイプの人間で、トイレに行くのが面倒だという理由で夜な夜なおねしょを繰り返していた。今は身体つきも全然違くて、大人な感じだが中身は変わらないみたいだ。
「……先生、これ家でやっちゃダメ? 学校でやるには量が多過ぎて電車無くなるといいますか」
時間が不安で確認を取ってみると、静南先輩……じゃない先生は時計に眼を向けた。
「まぁ、最悪私が送るよ。真空夜ちゃんも悠ちゃんも」
「やっぱ残ってんのか悠」
「当然! あの子一つも課題終わらせてないからね。君よりも数倍の枚数課されているのだヨ」
「バカだなアイツ」
俺の数倍ってどんなだよ。俺でさえプリント四十枚だぞ。
つーかこの女送ってくってことは帰らせる気無いな? 優梨奈と帰る権利も失って、悠は更に時間がかかるだろうし、それで真空夜とも帰れなかったらラブコメイベントが何も発動しないだろうが。
「ラブコメなら、先生としたらいいじゃん。ね? 最近は教師と生徒の禁断の……って、珍しくないでしょう? ──明らさまに嫌そうな顔しないでよ」
「先輩とは本当に嫌だ。せめてお漏らし直してくれ」
「はいドーン」
「いってぇええええ!」
頭上から分厚い辞書落とされた。鼻血出るわ! 誰がこんな奴とラブコメしたがるんだよバカじゃねぇの!? 普通こんなことしねぇぞ!?
静南先生は心底楽しそうに笑う。眼以外。その声に導かれた様に扉を開けた真空夜は、俺達を見て眼を丸くした。
「おかしいな、課題を進めていたんじゃないのか?」
「あはは! その筈なんだけどこの小僧がやかましくてねぇ」
「俺は理不尽な打撃を受けているだけだ。これは補修じゃねぇ、拷問だ」
「殴るゾ」
だから先に言えっつぅんだよ。予告を後に言ったら報告でしょうが。つーか痛ぇ。
あとあんた、真空夜には敬語で話されなくてもいいんだな。差別か? 優秀な生徒とそうでない生徒を明確にする為の差別か?
時刻は午後六時四十分。それを確認した真空夜は、静南先生の前にしゃがんだ。椅子に座ればいいのに。
「私は陽一と帰りたいのだが、そろそろ終電になってしまう。もう帰らせても構わないか?」
「……ん、真空夜ちゃんの頼みなら仕方ないか。ただし、家で全てのプリントを終わらせること。悠ちゃんはまだ帰らせられる程終わってないみたいだから、私が送っておくよ」
「すまない。行くぞ、ゴミムシ」
「……陽一だわ」
何でこの担任は真空夜の言うことなら聞くんだよ。やっぱ差別されてんじゃないのか? あと悠ご愁傷様。後で家に行って慰めてやるからな。
今更何だが、前にうちの学校は私服制服自由だと話した筈だ。悠は基本Tシャツで、俺は制服。真空夜も基本制服だが、何故か今はワイシャツ姿になっている。
「真空夜、今日いつからその格好なんだ? 一時間ちょっと前に会った時は制服着てたろ?」
昇降口は二年と三年は隣だ。だからちょっとだけ声を大きくして、真空夜に話しかける。ここ響くからな、そんな大声は必要無い。
真空夜はよく分からなそうに首を曲げて、上に眼を向けた。
「その後直ぐだな。プールの掃除をした。水を被ってしまって、仕方なく上だけ脱いだんだ。……替えの服を忘れたから」
真空夜が小さな声で呟いた。正直、最後だけは聞こえなかった。
「けどここ、プールあったんだな。そういや去年はプール中止です! 幼虫が散乱してたのでとか言われた覚えがあるわ。今年は開くってことか?」
「らしいな。私は高校生活初めてのプールとなる。あまり、水着姿になるのは好きではないのだが」
「だと思った。しかも真空夜のことだし、虫が巣食っていた場所になんか行きたくないだろ」
「当然だ」
即答だった。まだクエスチョンマーク浮かべてないです。早いよ答えるのが。
「それで、何故急に服の話だ?」
「いや、何でも」
お前のシャツが濡れて透けてるんだよ、なんて言えない。怖いから。殴られるか死ぬ程罵倒されるかのどちらかしか浮かばない。
でもこのままじゃ真空夜の立派なおっぱいが公衆に晒されるって訳だよな。……恥ずかしがる姉を見てみたい俺を許してくれ。
という訳で教えなかった。
「ただいま。父さん、今日の夕飯は遅くなってしまうがそれでいいだろうか」
「構わねーよー。俺はお調子もんだからよ、取り敢えずはしゃいでりゃあ時間が過ぎるってもんさ。ハッハッハッハ!」
真空夜は人の眼なんて気にしなかったとさ。