7話 親友のバースデーパーティー
親父を椅子から突き落としたら、優梨奈はまるで長年愛用していた物の様に優しく腰を掛けた。昨日買って来たらしい新品の椅子だけれど。
うん、と微笑んだ真空夜は、台所に向かって歩き出す。クリスマスにも使用される様な派手なケーキを冷蔵庫から持ち出した真空夜は、それをテーブルの中心に置く。それを俺が優梨奈の前に押し進める。
ようやく、数日前から念入りに準備を整え始めてたバースデーパーティーが開催された。
「ハッピィバースデートゥーユー」
俺と悠と真空夜と親父と悠の両親で優梨奈を囲み、お約束の歌を歌う。全員から「おめでとう」と祝われると、優梨奈はケーキの蝋燭を吹き消した。
それを合図に、各々が手元の袋を持ち上げる。
まず初めに、悠が中身を取り出した。
「じゃーん! 優梨奈ちゃんお化粧好きでしょ? だから、とにかく色々揃えてみたよ! ……僕、全然分からないからこれでいいのか不安なんだけど」
「いいよ全然。欲しかったもんも混ざってるし、貰って嬉しくない訳ないだろ? サンキュー、悠」
悠は満面の笑みを溢れさせ、優梨奈も照れ臭そうに笑う。
続いては下から二番目の俺だ。俺は袋から、白馬に乗った王子様の模型を取り出した。
昨日忘れて買ったのこれだけだったんだよ。
「それ、あたし昨日買ったよ」
「……ごめん」
「気にすんな、嬉しいよ。よーいち貰えたみたいで」
「……やめろっての」
「どゆこと? 優梨奈ちゃん、どゆこと?」
含み笑いを浮かべる優梨奈に悠が不思議そうに問いかける。優梨奈は返事をしなかった。だからか悠が不満気にする。
俺達のちょっと気まずい雰囲気を崩す様に声を上げた真空夜は、袋に包まれた四角形の物を手渡す。ん? 中身は?
「内緒だからな? 優梨奈の好きな映画のDVDだ。後でこっそり観るといい」
渡された袋の中身を俺達に見えない様にして覗いた優梨奈は、ちょっとだけ頬を赤く染め、大きな眼を更に大きく開く。真空夜を反射的に見上げ、眼を輝かせている。
いや何を貰ったんだよ。そんなに嬉しいのか?
「サンキュー真空夜! あたしこれ凄い好きなんだよ。二ヶ月前に観に行って、一回でハマったんだ!」
……優梨奈の言葉を聞いて一瞬で確信した。二ヶ月前には俺と映画館に行った。それから暫くの間その映画の話ばかりしていて、それだけ気に入ったんだろうなぁって思ってた。
恋愛物の映画だが、主人公が真面目なアホでヒロイン達を上から目線で罵倒する。最終的には本編にあまり関わりのなかった親友を選ぶという、全く理解出来ない映画だった。せめて正ヒロインから選べよ。
一応親友キャラもメインキャラとして描かれていたが、主人公の背中を押すくらいしか出番無かった筈だ。
「おじさんもピアスサンキュー! 悠のお父さん達も、漫画とボールペン嬉しいよ!」
「ピアス?」
ぼうっと立っていたが、優梨奈のお礼の言葉で俺は現実に戻って来た。俺の割り込みにキョトンとする優梨奈は、袋からそれを取り出した。
「うん、ピアス。開けてみたいなぁっておじさんと話したんだけど、プレゼントしてくれたんだ」
優梨奈はエメラルドの様に透明感ある緑のピアスを顔の横で振る。俺は俺で自身が震えた。
優梨奈の手首を握る。あまり強くないくらいの力で、力は眼だけに込めて強く見つめる。優梨奈はその圧に耐え切れない様で、か細い声を出した。
「……何だよ。何か悪いのかよ」
「悪い! 優梨奈の孔雀の様に綺麗な身体の一部が欠けてしまうなんて……! そんなもん必要ない! 優梨奈は有りのままが美しいんだ!」
「気持ち悪いわ。知るか童貞」
「……それやめてくれないか?」
精一杯拒否したつもりが、逆に拒否された。俺今日心に亀裂入ってる。傷心してますよ。
大人しく隅に寄ったら、真空夜に腰を殴られた。それからボソっと「今日の目標を早速捨てる気か?」と低い声で怒られた。そうだった。誕生日なんだから優梨奈を楽しませなきゃなんねぇのに、何やってんだ俺。
「悪い優梨奈。これから第二部入る。まずは俺からだ! 刮目せよ!」
優梨奈の手を握り、それからパーティー会場であるリビング中央に仁王立ちをする。バッグから知恵の輪を三つ程取り出し、自分自身でカウントダウンを告げていく。
ゼロになり、俺は知恵の輪を全て衝突させた。耳障りな音に眉を曲げる俺達全員……だが俺は、満足だった。
足元に散らばる知恵の輪の輪。それは全て散り散りに、完璧に分かれている。何がどうしたのか分からないという顔をする優梨奈達に、ドヤ顔で説明をしてやろう。
「知恵の輪を一瞬にして解いただけでなく、元となる輪を三つ全て繋げてみせたんだ。どうだ、凄いだろう」
「へー、こんな手品用のオモチャ出てるんだ。元からくっついてる様に見える磁石の輪を、弾いて飛ばしてるだけなんだね。逆に繋がった三つの輪は、磁石でくっついてる様に見えるだけ……と。単純だね」
「……」
背後で知恵の輪のケースを取り出し、手品のタネを明かす悠。タネがバレたもの程情けないものは無い。俺に何か恨みでもあんのか。
真空夜が俺の手から繫がれた知恵の輪を奪い、それを引き離す。ただの磁石で、よく見られない限りバレることないと思ってたんだが。
輪が輪を通っていない時点で、変なのには気付くだろうけど。
そんな哀れな俺を見る優梨奈の眼は半分死んでた。物凄い詰まらなさだったんだろう。俺もだよ。
また隅の方へ逃げる俺の腕を掴んで阻止した優梨奈は、ぷっと笑う。
「情けないな、よーいち。それでも男かよ? 次は失敗するなよな?」
「……お、おう」
悠がバッグを漁らなければ失敗することは無かった。多分、無かったと思いながら、次の準備を始める。
俺は椅子に座る優梨奈の背後に回り、指をポキポキ鳴らす。一瞬で不安気な空気が漂い始めた。
「よーいち、何する気だよ」
優梨奈が凄く警戒心剥き出しのまま顔を向けて来る。俺は日頃の優梨奈の疲れを癒してやろうと案を考えたんだ。
必然的に女の子である優梨奈の身体に触れることになるこのおもてなしだが、悪く思うな。仕方なく触れるしかないんだ。仕方なく、な。
「いざ、参る!」
「は、はあああ!?」
俺が肩に親指を押し付けると、優梨奈は身体を仰け反らした。容赦なく指技を使い、優梨奈のここがいいんじゃないかってとこを探し出して行く。
一番反応のよかった肩甲骨付近の凝りを徹底的にほぐして行く。何やら不穏な視線を感じるが、何かやめられなかった。何か、ね。
「ちょ、よーいち……! やめ、やめろ……って! あたし別にどこも凝ってなはぁんっ! ……やめてよぉ」
「どこだ? どこが気持ちいいんだ優梨奈。言ってみろ。俺が指でもっときもちよくしてやるか──あがぁあっ!?」
「陽一……ド変態。一回頭冷やして来た方がいいと思うよ」
「悠、悠痛い! 髪の毛を毟り取るつもりか!? 俺が禿げてもいいのかよ!? 引きずんなって!」
俺は庭に放り捨てられた。あちこち段差とかに打ったせいでめちゃくちゃに痛い。今度は俺が癒されたいくらいだ。
それより、マッサージしてやってただけなのに何が変態だ。……世の中にはマッサージ如きを『変態的な行為』と取る人間が多くて困る。老人達は口を綻ばせて喜ぶのに。
テーブルに伏しながら優梨奈は俺を睨む。あの表情を見る限り、余程嫌だったんだろうな。悪いことした。
でも、マッサージくらいで何でそんな睨む?
それよりさっきの悠、顔が仏頂面で何か恐ろしかった。
庭で星を数えている間、中では悠が天の河さんのネタを披露して盛大に滑っているのが視界に入った。だから言っただろ、やめておけって。
しょんぼりする悠に続いて、真空夜がブレイクダンスを魅せる。お前そんなことまで出来るのか? ──後で訊いたら、今日の為に練習したんだそうだ。
真空夜の超人芸に呆然とする優梨奈に、親父が変顔を見せる。ガキをあやしてる訳じゃないんだぞ。勿論受けはよくなかった。
悠の両親は優梨奈の耳元でこそこそ何かを呟く。段々優梨奈が真っ赤になっていって、強制的に終了した。耐えられなかったっぽい。……何を言ってたんだ?
結果的に見ると真空夜以外全滅ってとこだ。もうネタが全然無いんだよ、毎年やってるから。
第二部の『芸』が終わり、優梨奈だけでなく俺達もケーキや菓子などを食べる。夜飯代わりだからしっかり食っておこう。
途中メロンソーダを取り出した悠は意を決して立ち上がった。
「僕、飲みます! 苦手な炭酸ジュースを飲みます! 頑張るぞー!」
「おお、頑張れチビ!」
「行くぞおおおお!」
悠は確か特技が一気飲みだった様な。だからか、物凄いスピードでメロンソーダを飲み進めて行く──が、段々表情が歪んで来て眼を回す。リタイアだ。
「炭酸はやっぱり……シュワァでパチパチが@#$$¥」
「最後の方何て言いました? そんなにふらふらするくらいなら飲むなよ。ほら、ソファで転がってろ」
「陽一ありがとおぉぉぉ……」
まるでアルコールで酔ったみたいに肌を紅潮させ、倒れる悠。時々痙攣してるのが気になるが、ひとまず転がしておいた。
悠を心配そうに見てた優梨奈はやがて微笑み、悠の代わりに一気飲みに挑戦。噎せたからリタイア。やめておけばいいと言うに。
……で、何故か最終的に俺に回って来た。悠と優梨奈の飲み残しを、俺が飲み干せ、と。まだ半分近く残ってんぞ。
「……いいんだな、お前ら」
「は? 何が? よーいち男だろ、寧ろ一気に行っちまえ」
「お願い陽一、僕達の仇を……」
お前死ぬのかよ? と悠を細めで見る。そもそも優梨奈は男の悠と間接キスしてる訳だし、俺だとしても気にしないのか。
仕方ないと決心し、メロンソーダを一気飲みする。……中途半端なものを一気飲みというのは間違ってる気もするが。
その間悠と優梨奈と真空夜がメガネザルみたいに大きく眼を開けて、じっと見つめて来るのが凄い気になった。集中出来るかよ。
上体を起こした悠は、パーティーの時必ず所持しているカ○ピスを口直しに飲んでいる。そんなに嫌なら飲むなっつぅんだよ。
優梨奈は俺と一緒の縁側に腰掛け、夜空満天の星を眺めていた。視界に太腿が入るだけで夜なのに眩しい。だから何となく眼を逸らしておく。
気を紛らわせようと星を数えてたら、優梨奈は脇腹をつんつんと人差し指で突いてきた。
「どうした? 何かあったか? 優梨奈」
俺が無言の呼びかけに応じると、優梨奈は微笑みながら首を振った。体育座りで太腿に頭を預けてるその体勢が可愛くて、じっと見ていたいくらいだ。
「何で、呼んだ? 何か用が有ったんじゃないのかよ?」
「ううん。やっぱ好きだなぁって」
「……え」
「お前ら全員、大好きな家族だって思ってるよ。いつもありがとうな? これ毎年言ってるけど」
「ん、あ、ああ」
告白受けたのかと思って鼓動が激しくなった。何か恥ずかしい。そうだったよ優梨奈にとって俺達は家族も同然なんだった。そうだったそうだった。
俺達が暫く見つめ合って笑ってると、親父がドシドシと足音を立てて優梨奈の元へ来た。少し酔ってんなこのじじい。
「優梨奈ちゃん、ちょっとまた変顔披露するからこっち来な。俺はお調子もんだからよ、満足するまでやめねぇのさ。はっはっはっは!」
そう言って去って行く。悠の両親も笑顔で手招きしてるから、優梨奈は頷いた。それから俺に眼を向ける。
「行って来るな、よーいち。もっと楽しんで来る」
「おう、行って来い」
優梨奈は花咲いた様に満面の笑み見せ、部屋に戻って行く。また星を数え始めた俺の元に、今度は悠がやって来た。
さっきから星三つくらいしか数えられてないんだよね。ちょっと邪魔しないでくれないか?
「陽一、律儀にまだ頭冷やしてるの? もうそろそろ冷めてもいい頃だと思うけど」
「違ぇよ。風に当たって星を数えてるだけだ」
「星は流石に数え切れないよ?」
「んなこと馬鹿でも分かるわ」
悠は遠慮がちに笑うと、俺の左側に腰を下ろす。いつの間に着替えたのか、悠は涼しそうな薄めの白い半袖の服を着ていた。倒れてたんじゃないのかお前。
俺を真似て空を見上げた悠は「寝そうだからやめとこ」と呟いて視線を部屋の中へ移した。寒々とした眼の真空夜と優梨奈が見える。やっぱ詰まんねーのか親父の変顔。
「やっぱさ……皆と遊ぶのはやっぱり楽しいよね」
悠は小綺麗な横顔を俺に向けて、小さな口を緩めた。相変わらず男と思えない程小さな顔だ。首細いし色白だし小さいし顎も細いし。
「そうか? 俺は美少女に囲まれたハーレム生活の方が何倍も好きだけどな」
「キモいって」
悠の容赦ない軽蔑の眼差しに、表情が失せた。そもそも本心ではそんなこと思ってもなかった。普通にこのメンバーでアホやってる方が楽しい。
でも何となく、主人公としてはぶっきら棒に返事するのが王道かなぁとか無駄な考えが邪魔をしてきたから。仕方ないだろ。
……カメラ持って来りゃよかったな、と心でぼやいて、優梨奈の笑顔を脳内アルバムに追加した。