4話 俺の幼馴染みのバースデーパーティーについて。
弾ける陽射しに串刺しにされる朝。今日は珍しく悠にダイブされなかった。
逆に不安になって騒がしい一階へ駆け下りて行く。リビングを飾り付けする親父と悠の両親と悠と真空夜と眼が合った。それってまさか優梨奈のバースデーパーティー用か? まだ二日はあるぞ。
にしてもまた、派手に装飾したなぁ。猫についてそうな鈴とか何の為に飾ってんだよ。
珍しく俺から眼を逸らす悠に寄ると、横から真空夜に肘でど突かれた。痛いんですけど姉上。
「これを向こうの柱に引っ掛けろ。安心しろ、まだ学校まで十分はある」
「あー、了解。だけど確認。その十分って、家を出るまであと十分? それとも授業開始まであと十分?」
うちの時計はほぼ全て壊れているから、大人しくスマホ覗いた方が楽だよな。バッグの中だから俺は見れないんだけど。
「後者だ」
「さっさと行きましょう姉上。悠、遅刻確定だけど行くぞ学校! 何でわざわざ朝に飾り付け始めてんだよ! 誕生日の前日でいいだろ!?」
埃とかも多少被っちゃうだろうし。てか、コイツらってやっぱ何処かズレてるよなぁ。
「陽一も、今の今までぐっすり寝てた癖に。人のこと言えないよ」
「珍しく飛び乗られなかったからかもな。いいからその玉手放せ悠」
「したもん! 起きなかっただけだもん! お父さん玉よろしくね!」
悠は手に持っていた手毬の様な見た目の小さな玉を父親に託す。あのね、ツッコミたいのは山程あるんだけど、お父様も仕事に向かったらどうですかね。
うちの親父はハローワーク行ってた癖に特に何の説明も無いしよ。
それより母さん、時間無いから行って来ます。遅刻確定の学校へ。
電車が途中で、動物が線路に入り込んだとのことで暫く停止した。その為、学校へは一時限目の授業が終わる頃に到着した。
電車のことを言い訳にしても、その電車に乗ってる時点で遅刻なので酷く怒られました。姉弟揃って、ついでに隣人の幼馴染みも。
二時限目は合同体育だった様で、暑いのを理由に体調悪くなんねぇかなとか期待してたけどダメだった。すこぶる健康。クソッ、こんな日に何で飛んで来ないんだ悠め。
「一時限サボったっぽいなよーいち。あたしは別のクラスだったから知らねーけど、間抜けだな」
合同体育では別のクラスである優梨奈とも勿論一緒だ。だが基本的にクラス対抗なので、話すことは出来ない。それでも寄って来るのが優梨奈だ。
あれ? 昨日コイツ朝会中に近づいて来てたよな。
「まぁいいや。それより、仕方ねぇだろ? うちの時計は全てイカれちまったんだから」
「いや新しいの買えよ」
「買う金がありゃ買ってるよ。んなこと当然だろうが」
「んじゃあバイトでもしろよ。あたしがバイトしてるうどん屋にでも来るか?」
「お、じゃあ考えとくわ。先輩にお前居るなら安心出来るしな」
「へへへ、おう。まぁ無理はしなくていいかんな」
「おーう」
子供みたいに笑う優梨奈に手を振り、ようやっと担当教師の元へ歩いて行く。かなり呼ばれていたらしく、俺も優梨奈もそれぞれ説教を受けた。
さっきのバイトの話。ヒロイン候補と同じバイト先で手を取り合って働く。それはラブコメならそこそこ王道だよな。俺にとっても理想だ。
優梨奈は可愛い顔してるから、もしバイト先でぶりっ子してて悪い男にたかられてたら不安だな。うん、まずは電話するとこから始めてみるか。……そりゃ普通だな。
「あて。ん? お、ああ何かと思ったらボールが頭にヒットしたのか。メンゴメンゴ」
バレーボールをやっていたんだが、忘れてた。普通バレーボールで頭にヒットはしないと思うんだけどよ。狙いませんでした?
「いやぁ悪いね。君がいかにも間抜けな面をしているものだったから──」
「先生、脳震盪起こったんでちょっと保健室行って来まーす」
「スルー!? スルー!?」
相手クラスだった、やけに格好つけた男子生徒が取り乱す。自分を指差したまま、宙を舞う放ったばかりの言葉回収して行く。
残念ながらお前と関わるつもりは無いね。ラブコメの主人公はモブと必要以上に会話を交わすことは無い。必要なのはヒロイン達とのコミュニケーションだけだ。
担当教師の返事を聞きそびれたのに気がつくのは保健室に辿り着いてからだった。
「あらあらどうしたんだい? 何年何組のどちらさんかねぇ。ジャージ着てるってことは体育かい。怪我でもしたんかい?」
「あ、特にそんなんじゃないっス。失礼しましたー」
保険医の老婆、中村さんが口を開けて固まる。悪い悪い、単に抜けたかっただけで全然大したことはないんだよ。脳震盪もうっそ〜ん。
保健室からUターンして、血が凍りつくのを悟った。いや、イメージの話なんですけど。
とりあえず、逃げ出したいくらいには今の状況は絶望的なものだった。
「……何をしている陽一。今の時間は授業の筈だろう。保健室に用がある訳でないのなら、何故この様な場所を彷徨いている」
──汚らわしいものは虫に例える、家族きっての鬼が仁王立ちで進行方向を塞ぐ。保健室は廊下の端なので、後ろは壁。逃げ場はない。
何年か前からだけど、この姉のこの口調は一体何から影響したものなのだろうか。何処かの軍隊の、隊長とかか?
「ああ、あのさ、体育で頭ぶつけたから保健室に来たんだけど、大したことないなぁって事で戻ろうとしてたんだよ。真空夜、そういう訳だから道を開けてくれ」
そのまんまを答えた。少しくらい隠してた方がいいだろう、とか批判が聞こえて来そうだけどそれは逆効果だ。
あまり大袈裟な内容にしてしまうと、何故Uターンしてるのかって説明が難しくなる。自然なものの方が、周りに溶け込めるだろ? それと同じだよ多分。
「まぁいいけど」
「いいんかい」
真空夜は偶に凄い軽い。怒るのかと思いきや今みたいに簡単にスルーさせてくれることもある。コイツの心が読めないよ全然。
真空夜は俺の腰辺りに目線を落とすと、不満気に鼻息を漏らす。
「まだ優梨奈のことは誘えていない様だな。今朝は遅刻な上今は授業中……無理もないか。昼休みにしっかり伝えておけ」
「ん、ああ悪い忘れてた。さっき絶好のチャンスだったんだが。つか、そんな急ぐことか? 明日でも明後日でもいいんじゃないのか?」
今日は四月二十九日。優梨奈の誕生日である五月一日まではまだある。当日サプライズって手も有るだろうに……皆何をそんなに焦っているんだか。
真空夜は立ち止まりはしたものの、振り返らずに去って行った。直ぐに曲がってトイレ入ってったけど。
よく分かんねぇ姉だな本当に。まぁ一応、言う通りにはするけどさ。
真空夜に指示された通り、昼休みになって優梨奈を捜す。教室には居なかったし、体育館にも姿は見えなかった。何処に居やがる。
普通ヒロインは主人公が行く先で待ち構えているものだろ。
「お、サッカー部は昼練か。まだ十分しか経ってねぇけど、昼飯食べる時間あったのか?」
うちのサッカー部は、女子部と男子部で一応分かれている。だけど練習自体は合同で、めちゃくちゃなイメージが強い。
大した強さも無い癖に、チーム毎の練習を欠いているからいつまでもチームワークが取れないんだろうが。顧問変えちまえ。
サッカー部と言えば、当然俺の隣人幼馴染みも部員な訳で──
「あ、居た。アイツ中央のポジションなのか? 積極的にボール狙いには行ってるけど、あれじゃチームワークは取りにくいだろうな。おーい悠! 優梨奈見なかったかー!?」
練習中すみません、と監督に頭を下げる。あれ、顧問だっけ。とにかく頷かれたから多分大丈夫。
俺の呼びかけに気がついた悠は、二階の廊下から見下ろす俺を見上げて天使の如く癒しの笑顔を見せる。
「陽一、どーしたのー?」
地味〜に遠いから間延びして聞こえる声で、俺達は周囲との世界を遮断した。せめてフィールドから出ろよ悠さんや。危ないわ。
「優梨奈見なかったかー?」
「見てないよー?」
「まぁ見る訳無いか。練習中だもんな。悪いー! 邪魔してスンマセンっしたぁー!」
サッカー部一同に頭を下げ、廊下を進んで行く。そろそろ優梨奈が出て来てもいいと思うんだが、姿が映る気配すらして来ない。
──耳に暖かい感触を覚えた直後、強く引かれた。耳が取れるなんて冷や汗をかいたけど、悠お気に入りの天の河さんのネタみたいだったからやめておく。
「デカい声で呼ぶな! 何の用か知らないけど、あたしトイレ行ってたんだよ。よーいちが捜してたって聞いたから追ってたら……」
俺の耳を引き千切ろうと閻魔様の如し制裁を働いたのは優梨奈だった。俺はとっくに着替えたけど、優梨奈はまだ体操服姿。何か体操服って、そこそこ発育のいい女子が着るとエロいよな。
とか考えつつ、一応直視はしない様にして優梨奈を撫で撫で撫で撫で……殴られた。
「何の用だって聞いてんだ。何で頭撫でんだバカ。さっさと用件済ませよ。あたしだって暇じゃねぇんだ」
「悪い、ちょっと可愛かったもので。でも何か忙しいのか?」
「あー、ちょっと補習っつうか。まぁやらなかった課題を済ませるんだよ。……てか可愛いって……」
最後の方はよく聞こえなかったけど、やっぱコイツは『呑気な幼馴染み』ってポジションが合うのかも知れないな。……あ、呑気な幼馴染みは悠もか。
そもそもな、主人公の幼馴染みのヒロインが二人いるってのがおかしいんだよ。──あ、違う違う。悠はヒロインじゃない。一番ヒロインっぽいけどヒロインじゃない。
よくよく考えると、俺の周りに『ヒロイン』と呼べる女は優梨奈一人しか居ないのかも知れない。
悠は容姿こそ美少女だが男だ。真空夜は容姿もそこそこよく、努力家タイプだが姉だ。妙にキャラが凝っている気がするけど。
その二人に比べると優梨奈はノーマルタイプかも知れない。単純にボーイッシュでガサツな、よく見るキャラだ。幼馴染みだし、女だし、美少女だし。
……やっぱ優梨奈ルートが一番ちゃんとしてる感じがするな。
「早くしろってんだよ。遅ぇわ。トロい奴見るとイライラしてくんだよ」
問題は優梨奈が俺を好きじゃないとこなんだけどな。
通常の恋愛シミュレーションゲームを想像して欲しい。どの攻略対象キャラも、初めはツンツンすれど段々デレっとした部分が露わになって来る筈だ。
でも優梨奈は違う。悠よりも長く親友として幼馴染みとして過ごして来たが、ラブコメ要素はあまり無い。デレっとした部分も殆ど無い。
もしかしたら、攻略対象キャラではないのかも知れない。ただの友人キャラなのかも……。
その場合俺のラブコメは何処へ向かう? 真の攻略対象キャラはいつしゃしゃり出て来るんだ?
そろそろ、優梨奈がマジギレしそうだから本題に移らないとな。殴られるのはごめんだ。
殴られるのもラブコメ主人公の仕事だが。
「ほら、コレだ。バースデーパーティー。五月一日、午後六時からうちで開催する。勿論、来てくれるよな?」
俺はポケットから取り出した悠特製招待状を優梨奈に押し付ける。ごめん、余所見しながらだったせいでちょっと柔らかいものに触れた。許して。
「……分かってるよ。いつも二日前くらいに渡されるからちょっとそわそわしてたんだ今日は。だから体育の時間近づいたのに渡されなくて、今年は無いのかもって、ちょっとびびっちった」
優梨奈は小さな声で呟いて、招待状を宝物みたいに抱き締めた。今年もくしゃくしゃ。来年また作ることになりそうだな。
俺が招待状を渡さなかった所為で不安にさせちまった、ってことか。まぁ、安心しろよ優梨奈。お前が誰かと結婚したとしても、俺達はきっとお前の誕生日を祝い続けるから。
──そっか、多分こういうことだ。優梨奈は俺のことを好きじゃない。けど、多分『家族』として好いてくれてる。
俺達姉弟と悠は、優梨奈にとっては家族みたいなものだ。だからきっと、恋愛対象にはなり得ないんだ。
「よーいち、大好きだぞ。真空夜も、悠も、親父さん達もみんなみんな、大好き。ありがとう」
「いや、気にすんな。俺達もお前のこと大好きだから」
「へへへ……」
優梨奈はその後、教室に戻るまでずっと笑顔だった。クラスまで送って行って(隣だけど)、クラスメイトに訊かれたら笑って誤魔化す。優梨奈は本当に幸せそうだった。
優梨奈は攻略対象キャラじゃなかった──のかも知れない。だからラブコメ要素は期待しないでおこう。
だとしてさ? 俺のお相手のキャラは誰なの? 悠なの? 真空夜なの? このラブコメはBLなの? それとも禁断の姉物なの? 俺はなるべくノーマルなラブコメが良かったんですけどね……。
こりゃまた、俺の理想のラブコメには程遠い。