表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺に本当のラブコメをくれ!  作者: 源 蛍
二章『俺と姉とラブコメと』
23/23

3話『俺の姉と母親の約束』

 ──陽一。陽一は、辛いことがあっても無理しちゃダメだよ? 真空夜でも、()()()()()()()()んだから。


 分かった。やれるだけやって、面倒になったら投げ出すよ。


 ──そういう意味じゃない。限界まで頑張らなくていいって言ってるの。まったくおバカなんだから。


 でも母さん、俺前のテスト百点取れたんだ。


 ──だからそういう意味じゃないってば。そんなだから勘違いしちゃうんだよ、悠のことも、真空夜のことも。……優梨奈のこともね。


 姉貴が完璧超人じゃないことくらいは知ってる。泳げないし。


 ──……もういい。とにかく、私はあまり相手してあげられないから、代わりに陽一に任せるからね。


 任せるって、何を? 姉貴の下の世話?


 ──バカじゃないの? そうじゃないよ。


 じゃあ、どういう意味?



 ────真空夜に、寂しい思いをさせないでね。



「……分かんねーよ、それじゃ」


 チチチチ……と、小鳥が直ぐ近くで囀る。そんな朝、ベッドから起き上がらない俺は、懐かしい母の言葉で目が覚めた。


 真空夜を寂しくさせるな、か。夜中か緊急事態くらいにしか戻って来ない、あんたに言われたくないんだよ。

 いや、今となってはもう、二度と帰って来ないわけなんだが。


「よっと。ふぅ……悠に起こされなくなってから、全く自分では起きられなくなったな。もう八時じゃねーか」


 起き上がってスマホを見る。二時間前に優梨奈からメールが送られて来ていた。「まだ寝てそうだから昼頃に連絡する」って。

 お前、どんだけ俺が起きないと思ってんだ。流石に昼前には起きれるつーんだよ。


「……ていうか、静かじゃね? え? 大丈夫だよね皆いるよね?」


 いつも騒がしい悠と親父の声が聞こえて来ないので、不安になる。今日は補習の日でもないから、悠はいる筈なんだが。


「でも一応、悠の家は隣だしな。いなくても変じゃないし、真空夜なら買い物に出かけてる可能性だってある。親父だけが心配だが、よく考えたらあの人は仕事探しに出かけてくれていた方がいいな」


 二ヶ月経過しても、まだ見つからないんだもんな。あのオヤジ。飲んだくれてる場合じゃないってんだよ。

 ──ああ、そうだ。優梨奈に電話してみよう。


『もしもし? どしたよーいち』


 電話越しに、呑気そうな優梨奈がイメージ出来た。お前、今何か食べてんな? まぁ飴だろうけど。


「どうしたっつーか、連絡するってメール送って来てたのお前だろ? 起きたから、こっちからかけてみたんだよ」


『あー、それか。そう言えばそうだったな』


「忘れてたんか」


『いや、実を言うとよーいちと話したくなっただけで、用件は特にないというか』


 後半モゴモゴしていた優梨奈に、少しばかりキュンと来る。話したかっただけって、可愛いなコイツ。

 でも待て。優梨奈がデレることってあまりないぞ。裏がある気がする。


「まぁ、家離れてるしな。簡単には会いに行けないし……けどお前、何か企んでるな?」


『ほぇ』


 ドストレートに指摘してみたら、分かりやすいくらい動揺した声が聞こえた。やっぱりか。


「望みは何だ。聞くだけ聞いてやる、言ってみなさい」


『よーいち今日、お前らの母親の命日だけど、墓参り行かなくてよかったん?』


「えっ」


 ────えっ??????????


 反射的にリビングのカレンダーを見た。花丸が付けてある。

 墓参りって、書いてある。


『あたしは今日バイトあって行けなかったんだけど、よーいちは違うだろ? 真空夜と通話してたら、アイツは寝てるって言ってたから気になってさ』


「おお、おおおおおお……」


『ん?』


「ゆ、優梨奈。アイツらってもう車出してんのか……!?」


『まぁ出してるだろーな。でも、六時半くらいに話したから、もう着いてるんじゃね?』


「あ、後でまた連絡する!」


『おーう。忘れ物すんなよー』


 優梨奈との通話を終え、慌てて支度を整える。

 ああそうだ。五年前の今日、母さんは亡くなった。衝突事故に巻き込まれて、帰らぬ人となったんだ。

 だから毎年この日に墓参りしてたのに、完全に忘れていた。さっき夢に出て来たのは、怒ってるからだったのかも知れない。


「行って来まーす!」


 いつも通り家に頭を下げて、駅の方へダッシュする。因みに墓地までは相当遠い。だから早い時間に出るのだ。

 悪い、母さん。のんびり夢なんて見てる場合じゃなかったな。起こしに来てくれてありがとう。

 ……俺、誰かに起こされなきゃ目が覚めないのか!?


 *


「何か言うことはあるか、陽一」


「……滅相もございません」


「ならよし。来年も忘れたなら、命はないぞ」


「肝に銘じておきます」


 墓地で合流した真空夜に、閻魔大王のイメージが重なる。先にメールでも謝っておいたが、ちゃんと頭を下げておいた。

 ここに来た面々と、墓石に。

 でもさ、起こしてくれりゃあ、よくね? 悠の得意なダイブとかでもいいからさ。


「てか、静南先生も来てるの珍しいな。最後に母さんの墓参り来たのって、三年前じゃね?」


「うん、まぁ……ね。あんなにお世話になったのに中々来れなくて、申し訳ないね」


「……いや、気にしなくていいと思うぞ。母さん、そういうのは気にならないタイプだと思うからさ」


「ありがとう、陽一君」


 静南先生は、いつも通りの目だけ笑わない笑みを見せる。更に今回は苦笑いだったため、心底嬉しくなさそうだ。

 因みに、三年前静南先生は十七歳。きっと、進路に関する面倒ごととかが多くて、時間が作れなかったんだろう。

 そもそも、小学生時代からの付き合いだからといっても、家族じゃないんだから謝る必要もないだろ。


「陽一〜! おはよ」


「わざわざ大声で呼ぶから何かと思ったけど、挨拶しに来ただけかよ。可愛い奴だなお前は本当に」


 神妙な雰囲気が一瞬にして和んで、懐いた犬みたいな悠の頭を撫でる。ちょっと恥ずかしそうな顔をされた。


「も、もう。私が女の子ってこと分かってるのに、そんな気軽に可愛いって言っちゃっていいの?」


「ああ、それもそうか。ついうっかり自然と。次からは気をつける」


「……言って欲しくないとは言ってないもん」


「……おう」


 何なんだよ、コイツは。そんな上目遣いで見られると、いちいちドキドキして仕方ないんだわ。やめてくれ。可愛いけど。

 ふと、直ぐ傍に静南先生がいるのを思い出した。この人のことだからからかってくる──と思ったが。

 俺のことを、見てもいなかった。ずっと墓見てやがる。


「……あ、陽一君」


「ん? どうした?」


「私今勤務中じゃないから、『先生』じゃなくていいからね」


 不意に、そんなことを言われる。なるほど、たまにいるよな教師キャラにこういうの。オーケー理解した。


「じゃあ、静南先輩で」


「うん、よろしい」


「私は静南ちゃんって呼んでるよ!」


「悠ちゃんもそれでよし!」


「私は静南、と呼び捨てだな」


「真空夜ちゃんなら可!」


「あんた本当真空夜には甘いよなぁ……」


 まぁ、仲良いだけなのかも知れないが。真空夜と静南先輩は、何気に九年の仲なんだし。

 こうして見ると、俺が「幼馴染み」と言い表す悠より長い付き合いの人、結構いるな。静南先輩に優梨奈に。

 でもまぁ、思い出が一番多いのは恐らく悠だ。優梨奈の方が四年くらい長いが、家が隣な分、悠は会う回数で上回る。今となっては、ほぼ家族だ。


「……ん」


 背後で、姉のボソッとした声が聞こえたので振り返る。手に持っていたバッグの中を見て、何やら固まっていた。

 今更だがそのバッグ、新品か? ほつれた部分はなさそうだし、何より見たことがない。

 バッグに興味を持っていたら、真空夜がチラッとこっちを見た。はいはいどうなされました?


「どうした? 真空夜」


「すまない、財布を車に置き忘れたらしい。取って来るから、先に中に入っていてくれ」


 親父の元に鍵を取りに向かう真空夜の背中を、思わずじっと見つめる。


()()()……? 財布を? あの真空夜がか……?」


 信じられねぇ。これまで真空夜は、物事を忘れることはあれど物を忘れたことは、ないとも言える。

 財布に関しては、何処かで取り出すことがない限り、ずっとバッグの中に仕舞っておくような奴だぞ。そこは普通かも知れないが。

 とにかく、ここ最近ずっとだが、真空夜の様子がおかしい。


「陽一、マーヤが……」


「ああ分かってる。アレは調子が悪い時の真空夜だ」


 しかも、絶不調。風邪を引いても熱を出しても平然としている真空夜が、短期間でいくつも物忘れをしている。

 変だ。寂しい思いはさせていない筈なのに。まさか重病にかかってしまったとか……?


「真空夜!」


 弟としてもかなり心配なので、車に向かう真空夜に着いて行く。目を大きく開いてキョトンとする様は、ぶっちゃけ普通に可愛い。

 ……じゃなくて。


「真空夜、お前最近無理してるだろ? 体調悪そうだし、何かあるんなら俺達に頼って……」


「何を言ってる? 私が体調を崩しているだと? 生憎すこぶる健康だ」


「いやでも、お前が忘れ物するなんて……」


「私も人間だ、そのくらいする。舐めるな、私は自分の体調管理くらいしっかり出来ている」


「そうかも知れないけど……」


 心配してやってるのに、何故か不機嫌そうにされる。この姉は本当、何考えてるのか分かんねぇ。

 俺達に心配されるのが嫌なのか? だとしたら何故。俺達のこと、頼りにならないって言ってるようなものだろ、それ。


「真空夜、正直に話してくれよ。最近何があった? 何でそんなに、いつも通りじゃないんだよ」


「陽一、ここは墓地だぞ。下らん話はするな」


「下らないわけないだろ! 俺は、お前のこと母さんに頼まれてるってのに!」


「余計なお世話だ」


 ──真空夜の、コンクリートすら貫いてしまいそうな、鋭い目つきに萎縮した。

 何だよ、余計なお世話って。真空夜お前、母さんのこと否定してるんだぞ、それ。


「陽一。私がお前を助けることがあっても、私がお前に助けてもらうことなどはない。自惚れるな」


「何で、そんなこと……」


「私は、平気だ。何ともない。陽一には体調を崩しているように見えたのだしても、それは勘違いだ。気にするな」


「……分かった」


 俺が諦めると、真空夜は「うん」と頷いて車を開ける。そのまま置いてある、理解不能な状態の財布が見えた。

 なぁ、やっぱりそんな置き忘れするのおかしいって。真空夜……。


 *


 夕暮れ時、ようやく我が家へ帰還すると、真っ先に車を降りた真空夜が背筋を伸ばしていた。


「んーっ、やはり、うちが一番だな。ただいま、母さん」


 そう呟いて、足取り軽く家の中へ入って行く。その様子をボーッと見ていたら、右腕にギュッと、悠が抱き着いて来た。

 俺と同じ心境なのか、不安そうな顔をしている。だから頭を撫でた。


「アイツが大丈夫だっていうんだから、そうなんだろ。頑固だから、俺達じゃ何もしてやれねーよ」


「かも、ね。でもマーヤは多分、自分がどんな状態なのか、理解してると思うよ」


「ああ、分からないわけがない。辛いのを誤魔化そうとしてるんだろうけど、あんなに必死だと、むしろ逆効果だってんだよ」


「マーヤ、何ともないといいね」


「おう、そう願っておこうぜ」


 悠とは、今日は家の前でお別れ。直ぐ隣だからいつでも会えるんだけど。

 家に入るまで見送ってたら寂しそうに振り返るの、持ち帰りたくなるからやめて欲しい。二ヶ月前までと違って、俺とお前は「男と女」って関係になってるんだから。

 間違いが起きたら大変でしょうよ。我慢出来る自信ないよ俺。


「──すまないな、二人とも。帰りにコンビニででも夕飯を買うつもりだったのを忘れていた。即席のうどんで我慢してくれ」


「いや別にうどん美味いけど」


 本日二度目の「忘れてた」。とうとう家事関係も抜けるとは、思った以上に深刻みたいだ。

 なのに特に何も気にしていなそうな親父に、凄ぇ腹が立つ。お前の娘様子おかしいんだが? あ?


「おおそうだ真空夜。一応、俺の準備は間に合いそうだぞ」


「準備?」


「そうか、私の努力が水の泡にならずに済んでよかった。近々、予定でも立てよう」


「だな。俺はお調子もんだからよ、ここぞとばかりに張り切っちまうぜ〜」


「いやだから準備って何?」


「お楽しみだ」


 真空夜に睨まれて黙り込む。セリフと表情があっていないんスよ、お嬢さん。楽しみに出来ねーのよそれじゃ。

 それより、親父の準備が間に合わなかったら無駄になる予定って、何のことなんだろうか。そんなもんなさそうだけどな。


 何やら秘密主義な二人を他所に、黙々もうどんを啜る。冷えてて美味い。

 因みにこの時、何だかよく分からないけど……凄く嫌な予感がしていた。

 その()()が無事に済むなんて、全く思えなかったんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ