1話 『俺と夏とおかしな姉』
再開&二章スタートです!
──お久し振りです。この南川町で恐らくラブコメであろう物語の主人公を担っております、荒巻陽一でございます。いかがお過ごしでしょうか。
こちらは現在真夏。サンサンどころかギンギラギンに睨みつける太陽で半端じゃなく暑いっス。気温は三十度を越えました。
今日で一学期が終わりまして、夏休みへと突入することになりますかね。遅刻多かったせいで補習を免れませぬが。
ところでお一つ、最近の姉についてお話ししてもよろしいでしょうか。お時間取らせていただきます。
自分の一つ歳上の姉である荒巻真空夜なのですが、最近妙におかしいんですよね、行動が。落ち着きがないと言いますか。
まぁ、もう高校三年生だし色々考えることもあるだろう、ってのは分かってんですが、それを差し引いてもおかしいと思うんですよね。
毎年六月初めに必ず購入していた殺虫剤も買い忘れるほど、疲れてんのかねぇ──。
「陽一、何その怪文」
俺の「幼馴染み」、尾長悠が、俺の日記を勝手に読む。
「何処が怪文だ、実に綺麗な日本語だろ。何故か静南先輩にノート一冊分書いて提出しろって言われたから仕方なく書いてんだよ」
「へぇ、鼻で笑われそうだね」
「何だとおい」
「それと陽一、静南先生。だよ」
「あーはいはいすんませんっした」
静南先生とは、小学生の頃からの知り合いであり俺の担任である、まだ二十歳のパンツにシミをつけるのが得意な人だ。その上、目だけが笑えない独特な呪いにでもかかってんじゃね? って感じで、「殴るゾ」って言いながら殴るような人。
真空夜からは呼び捨てされても注意しないのに、俺が「先輩」って呼ぶと注意してくるんだよな。意味分からん。
「陽一……今さ」
「あ、悪い悠後にしてくれ。今日は終業式だってぇのに課題で居残りさせられそうなんだ。時間内に終わらせたプリント届けねーと」
「うーん。じゃ、ここで待ってるね」
「おう、扇風機勝手につけちまえ。暑いから」
悠を教室に残して、さっさと職員室へ早足で向かう。走って生徒指導に呼ばれてもロスで居残り確定になるしな。
……悠とはもう、すっかりいつも通りだ。
告白を受けて振ってから、既に二ヶ月ちょい経ってるんだから、当然かも知れないが。
「でも、悠が女子の制服着てると心臓が休まらねぇ。何であんな可愛いんだあいつ。何であんな肌綺麗なんだよ。そんで距離が近いんだよ……」
「ふむ、陽一君は幼馴染みにムラムラしてて集中出来なくて、こんなバカみたいな日記を書き上げた……と」
「し、してねーよ!」
てかバカみたいって酷くないか。日記って何書きゃいいのか分からなくて、最近の真空夜についてちょこっと記しただけだってのに。
静南先生は他の先生がいるのも気にせず、テキトーに日記を読みながら平然と続ける。
「陽一君って結構哀れだよね。毎朝可愛い可愛い自分LOVEな幼馴染みが抱きしめに来て、可愛くて巨乳な姉が隣の部屋にいる上無防備だし……色々溜まりそうだよね」
「先生、さっさと日記全部に目を通して、さっさと解放しくさって下さりませんかねぇ」
「もし、身近な女の子との距離が近過ぎて限界が来ても、がっついたらダメだかんね。ちゃんと相手の気持ちも考えて……」
「読み終わったんなら返せ! 引き出しに仕舞うなそれは俺のノートだ! そんでその可愛い可愛い幼馴染みが教室で待ってるからもう行くな⁉︎ 用事があんなら今の内だぞ!」
「悠ちゃん華奢だから優しくね?」
「さようなら‼︎」
逃げるようにして職員室を飛び出した。心臓バクバク言ってる。
気づいたけど、教員が全部ニヤニヤして俺を見てた。俺と悠の関係を完璧に勘違いしていやがる。
悠で、悠なんかでムラムラなんて……し、しな、しない……し。
「よっ。何で蹲ってんだよーいち。腹痛いのか?」
「どわぁあっ⁉︎」
悠をベッドに押し倒す想像をしてしまって危険な状態。そんな時に背後から話しかけられて、背中を向けたまま振り返った。
「ゆ、優梨奈か。ビックリさせんなよ」
「いやお前がビックリし過ぎなんだろ。別に驚かしてないし。声かけただけじゃん」
「そ、そうだけど……」
俺の親友、優梨奈が絶妙なタイミングで現れてしまった。これはいかん。
俺のヒロイン達にこんな状態見せるわけにはいかない。……悠には、男だと思ってたせいで見られた時もあるけど。
「で、どうしたんだよ。お前が下校時刻過ぎても残ってんのは珍しいな」
深呼吸をして、感情の昂りを抑え込んだ。これでもう大丈夫。
優梨奈は普段通り飴を口の中で転がして、ニッと笑う。流石、三人のヒロインの中で最もバランスが取れた美少女、ただただ可愛い。
「よーいちと一緒に帰ろうと思ってさ。ま、訊いてみたいこともあるし?」
「何だよ、今ここで訊けばいいだろ」
「真空夜って泳げないじゃん? プール見学してたのか?」
何で、そんなことを聞きたがるのか。それを知って何の得があるのか分からん。
俺は数日前に何日間か行われた水泳の授業を思い浮かべる。そういや、各自水着持参だったな。優梨奈も、その他の女子も。
……あ、えーと、真空夜はと。
「見学してたらしいぞ。ただ、その間にもアリとかに怯えてたってのは真空夜のクラスメイトが何故か教えてくれた。その光景が可愛かった〜とか言ってさ」
「ふーん? 真空夜の怯えっぷりは可愛いよか怖えけどな」
「俺もそう思うよ。あんな絶体絶命に追い込まれたみたいな顔して絶叫するのの、何が可愛いんだか」
「なー。……んでさ」
カブトムシに向かって殺虫剤をぶっかけようとした、小四の頃の真空夜を思い出す。あの頃から、真空夜は変わっちまったんだっけな。
素が甘えん坊で本当に可愛いと思えた姉が、突然人が変わったようになってしまった。それは当時、かなりショックだったのを覚え──
「真空夜って、その間水着姿だったのかな」
「……え? ああ、えっと……」
ちょっと前の真空夜を思い浮かべる。嫌々水着を買っていたから、多分水着姿で見学してたんじゃないかな。そういうところは真面目だし。
そういや、真空夜が選んだ水着は、少し厚めな白いビキニだった。真空夜はスタイルがいいから、注目を集めたんじゃ……
「スケベ」
「急に何だよ!」
「今真空夜の水着姿想像してたろ。バレバレなんだよ、鼻の下伸ばしやがって。あー汚らわしい」
「何でそんなこと言われなきゃいけねーんだ! 真空夜の水着姿想像したのは認めるけど!」
ついでに、優梨奈の水着姿もフラッシュバックしたけど。
こいつは俺と仲良いからか、授業の自由時間ずっと一緒にいた。真空夜ほどデカくはないが、充分に育った胸が谷間をはっきり作ってて……
「変態。ほら、早く帰んぞ。今日はバイトないけど、長居したら怒られるからな」
「だから、その、変態じゃねー……し。と、先に教室行くぞ。悠迎えに行かなきゃ」
「ん? 今日はチビも一緒か。……ってそりゃそうか。終業式に部活なんてないよな」
「おう、だから久々に三人で帰ろうぜ」
「真空夜は?」
「アイツは用事があるらしい。また先生の手伝いでもしてんじゃねーの?」
「そっか。んじゃあ仕方ないな。チビんとこ行こーぜ」
先にさっさと歩いて行く優梨奈が少し、寂しそうに見えた。でもノリが変わらないから錯覚だろう。または勘違い。
……そう言えば悠とのデートを放ったらかしにした時、事情は知らなかったらしいけど、優梨奈は「見逃すことだけはするなよ」って言っていた。
もし、もしも、だ。俺が優梨奈のことで見落としてることがあるなら、それが知りたい。
「あ! 優梨奈ちゃんも、一緒に帰るの……?」
「悪いか? あー、チビはよーいちと二人きりで帰りたかったとかそんなとこか。百年早えよ」
「もう何度も二人だけで帰ってるし〜。お家だって隣だから陽一の部屋にダイブすれば二人だもーん。百年早いのは優梨奈ちゃんじゃないの?」
「はっ! あたしは別によーいちと二人きりで帰りたいなんて思わねーよ。こんな変態と二人きりとか何されるか分かんねーしな」
「何もしねーよ! 悠はダイブしてくんなよ⁉︎ つーか何で口論してんだお前ら!」
普段は仲よさそうなのに、何でたまにこう言い合いが始まっちまうんだろう。お互いに家族みたいに思ってるんじゃないのかよ。
悠が右腕に、優梨奈が左腕に抱きついた何だか恥ずかしい状態で帰路を歩く。美少女二人に挟まれてるからか、周囲の視線が痛い。
もっと痛いのは、何故か締め付けられる両腕だ。
「……すみません、もうちょい優しく掴んでくれませんかね」
「あ、ごめんね陽一」
そろそろ苦しくなってきて、何かギスギスした雰囲気が不安で遠慮がちに頼む。悠は直ぐに反応してくれたけど、優梨奈はスマホを弄ってて気づかない。歩きスマホはやめなさい。
「ん? 何か言ったかよーいち」
「腕が痛くて苦しいから緩めてくれって」
優梨奈の場合は胸のクッションがあるからそれほどでもないんだけど、それに挟まれるのも中々キツかった。
優梨奈は気づいたように腕を見て、少しだけ緩めてくれた。
「悪い悪い。ところでよーいち、今度の日曜バイト入れる?」
「んぁ? 俺が暇なことくらい知ってんだろ? いつでも多分大丈夫だ」
「オッケ。んじゃ店長に言っとくから日曜な」
「おう。わざわざ悪いな」
「貸し一つで菓子一つくれよな」
「んじゃあスーパー寄って行こうぜ」
俺は優梨奈と同じレストランで働いてる。要領悪過ぎて足引っ張ってばかりなのが心苦しい。
優梨奈と笑ってたら、右腕が少し強く握られた。悠がじっと俺を見つめてる。上目遣いって美少女にされると焦る。可愛いが過ぎて。
「私も陽一達と一緒にバイトしたい」
わがままを言う子供みたいだ。これは多分、俺と優梨奈が一緒に〜ってとこに嫉妬してるんだ。元々俺大好きな甘えん坊だし、間違いないだろう。
悠は俺にとって最高のヒロインだ。唯一嫌だった朝のダイブもなくなって、制服も女物になって、一人称も「私」になって一層、魅力が上がった。でも何故か男子サッカー部は辞めてない。
それと二ヶ月前までは「僕」だったから違和感が凄い。まだ慣れない。
容姿とこの甘えん坊なところが俺にとっては最高であり、しかしまだ……何というか、悠の気持ちには応えられない。
「この飴美味しそ〜! あ、でもちょっと高めかな。でも美味しそうだなぁ。買っちゃおうかなぁ」
──子供っぽ過ぎるからかも知れない。
目をキラキラ輝かせて値段を睨む悠に呆れて、見ていた飴を一つ買い物カゴに入れた。悠が目をパチクリさせてる。
「陽一も食べたかったの? ちょっと高めだよ?」
「ちげーよ、買ってやるってこと。俺はもうバイトして少し余裕が出てきたから、仕方なくな」
「……大好き」
「……どうも」
照れ臭そうに微笑む悠から目を背けて、心臓が飛び出しそうだけど平然とした態度で優梨奈の方へ歩く。まだどの菓子を選ぶか迷ってるらしい。
「優梨奈、コレとかどうだ?」
「あたし辛い物は好きじゃ──よーいち、うるせーんだけど」
「……言いふらさんでくれよ頼むから」
「チビに興奮でもしてたのかスケベ」
「違うし。可愛くてちょっとときめいただけだし」
「はっ! ちょっとでこんな聞こえるとか病気かお前」
優梨奈は馬鹿にした様子で、俺の胸を突く。グリグリするのはやめてくれ痛いから。お前の爪は長いんだから。
てか簡単に聞こえる程鼓動ヤバいのか。悠からはちょっと離れていよう。可哀想だけど。
優梨奈に辛い物ばかり進めたら股間を蹴り上げられて、今度は別の意味で心臓がバクバク言う。死んだかと思った。
「そういや、最近マーヤ変だよね。何だか、浮ついてるみたいで」
家の前までやって来て、悠が首を傾げる。やはり幼馴染みで家が隣だと異変に気づくか。
俺は頷いて、悠の耳元でなるべく小さく言う。
「落ち着きないよな。アレ、もしかして彼氏でも出来たんじゃね?」
「えっ、嘘…………。そんな筈は……でも、うーん。ないとは言い切れないけど」
「よし、じゃあ何か分かったら連絡するわ」
「いや、まだお昼前だし僕も陽一達と食べる」
「あ、そっか。んじゃ入ろうぜ。こっそり真空夜にも注意してみよう」
帰宅して早々、慌ただしく動き回る真空夜と遭遇した。エプロンのままたわしなんて持って何してんだこいつ。
「あっ、お帰り二人とも。私より下校は早かったらしいのに今更か? 寄り道でもしてたのか。それと食器洗うの忘れてたんだ、直ぐ支度するから昼食まで少し待っててくれ」
「あーうん。まぁ、そんな焦んなくてもいいから。な」
いつもなら食器を洗うことなど忘れもしない。真空夜らしくない失念だ。
俺と悠は見合って、「やっぱ変じゃね?」と目だけで通じ合う。
 




