20話 俺と幼馴染みと愛の告白
悠からの告白は、何度目だろうか。二日間に三回くらいされてるんじゃないかな。多いわ。
しかし俺が返事をしていないのも事実。それが、悠を不安にさせてしまっているというなら、ここで腹を括らなければならない。
でも正直に口に出すのが怖くて──
「た、例えば俺と付き合ったとして何がしたいんだよ?」
なんて誤魔化してしまった。
悠がキョトンとして、段々焦った様子になる。
「付き合うんだよ⁉︎ 恋人になりたいの! 手を繋いだり、ハグしたり、デートしたり……!」
「それいつもと変わらなくねぇか⁉︎」
「……確かに⁉︎ でもでも、やっぱ恋人になったら特別感があるっていうか……!」
俺にとっては、悠と手を繋ぐのもハグするのもデートするのも今更って感じなんですが。何度もしてるよね。
デートっていうデートは俺がすっぽかしたけど。
……よく考えたらあのデート、悠は本当に女子だったのに俺は男だって思い込んでたから逃げたんだよな? サイッテーじゃね? 思い出したら罪悪感尋常じゃない。
かと言って、付き合うかどうかってなったら何か違うよな。うん、そこは関係ない。
「これから、デートなら幾らでもする! 前のは悪かった! やっと真空夜が怒ってた理由が分かった。あの時の俺は本当に最低だった!」
「も、もういいからそれは! 付き合ったら他にその、ちゅ、ちゅー……とかしたいです」
赤面して眼を逸らす悠を見て、心臓がぶちまけそうな程跳ねた。可愛過ぎる。
でも、何か、今更悠を女子としては見れない。本当に女子だって知る前は、むしろ時々女子に視えてたってのに。
「キ、キスはな! その、カップルになれば当然だわな! 流石にそれは幾らでもってのは無理だな!」
「だから付き合いたいの!」
少し呆れた様な顔で、悠も喰い下がらない。
俺は自分が分からない。どうしてこうも突然に、悠を受け入れられなくなってしまったんだ。ヒロイン候補の一人だった、正真正銘の女子からの告白なのに。
やっぱり考えられるのは、チラつく男としての悠の面影。それがブレーキをかけている気がする。
悠と手を繋ぐのもハグするのもいつものこと。キスは、してみたいけど何か小っ恥ずかしい。
でも悠がそこまで言うのなら、俺も試そう。悠の想いを。
「じゃあ、悠。お前、俺が付き合ってやりたいことって出来るのかよ!」
これを全部頷いてくれれば、俺も受け入れるとしよう。そうすればきっと幸せだ。
悠がキッと真剣な面持ちになり、俺からの試練を待つ。覚悟は決まったみたいだな。
「毎朝俺の腹にダイブするのはやめろ!」
「分かった! ごめんね!」
「本当に痛かったし苦しかったです!」
「ごめんなさい!」
これは付き合うとか関係なく要望なんだが、悠は単純だから条件として出せば確実だ。
問題は、ここからの願望。
「弁当の食べさせあいをする!」
乙女か! なんて心で自分にツッコミ。いきなりハードなお願いをしてしまえば、確実にアウトだからな。
簡単な願望を聞いた悠は余裕そうに口元を緩め、大きく頷いた。その余裕も恐らくここまでだが。
「キスの時は軽めじゃなくて結構責めまくります!」
「……えっ⁉︎」
悠の顔が青ざめた。それから見る見る紅潮していき、躊躇った様に眼を逸らしてから頷いた。
「分かった。頑張る!」
「マジかよ。じゃあ、ここからはノンストップだぜ」
「何が⁉︎」
「俺が悠の部屋で可愛いかっこうさせて抱き締めたり添い寝したりする!」
「う、うん! ドンと来い!」
悠が少し戸惑いの表情を見せるが、構わず怒涛の願望吐露をしていく。
「俺は常に悠をエロい目で見ると思え! それに対して過度に嫌がるな!」
「つ、常に……⁉︎ う、うん!」
「部活の後はマッサージさせてください!」
「あ、お願いします」
「勿論嫌な手つきでだけどな!」
「う、うん⁉︎」
「そして首筋舐めさせろ!」
「……うん」
「正直キスで終われる自信ありません!」
「へんたーーーーーーーーーーーーーーーーい‼︎」
大声出されて、ビビって尻餅ついた。
とうとう我慢出来なくなったみたいだな、俺のセクハラ攻撃に。全部本心からの言葉だけど。
悠が、身体を震わせて懐いてない猫の様に俺を睨む。──あれ? これでよかったのか? あれ?
「ふっ。その程度の曖昧な気持ちじゃ受け取れないな」
「陽一が、ここまで変態だとは思ってなかった。寒気がするよ!」
「悠の願望は、キスは恥ずかしいけど全部聞くつもりだった。キスしたその先を認められないなら俺の彼女になるのはキツいぜ」
「キモい! キモ過ぎ! 陽一の彼女になる人絶対変態じゃん!」
「今お前俺の彼女になりたいって言ってたんじゃねぇの⁉︎」
「それに対しては拒否したでしょ⁉︎」
俺も悠も、少し興奮気味になってベンチに腰掛けた。悠がいつもみたいにくっついてこないどころか、スペースを空けてる。
怯えられちまったみたいだな。でも、好きな奴とは誰だって……なぁ?
「……陽一はさ、私のこと彼女にする気ないでしょ」
ふと、俯いたままの悠が、肩で息をして呟いた。
多分、そうだよな。いや間違いなくそうだ。俺は悠と付き合いたいとは、思ってない。
「ああ、その通りだ。何かよく分かんねーけど、俺は悠の気持ちに応えられない」
「そっか……」
悠は声のトーンを一気に落とした。本気でショックを受けてるみたいで。
「悪い。俺はさ、悠のこと好きだよ。好きなんだけど、付き合いたいかって言ったら別みたいなんだ」
「……どういうこと?」
「俺がラブコメ好きなの知ってるだろ? そんで、悠がいて真空夜がいて優梨奈がいて、俺が主人公のラブコメがあるんだ」
「……何処に」
「今、ここに」
悠が心底気持ち悪い物を見た様な眼になる。そんな顔されて、素直に「ありがとう! 俺も好きだ!」なんて言えるとでも。
空に飛行機を見つけ、進む光景を見つめながら柵に寄りかかった。
「俺は多分、このラブコメをまだ終わらせたくないんだと思うんだよ。まだあと一年、俺の高校生活は残されてるから」
青春ラブコメと言えば、高校生だろう。俺はまだそれを満喫しきれていない。
青春っぽいことは、出来てない気もしないでもない。友達がもっと欲しい──訳でもないな。
「その一年が経ったら、マーヤ卒業しちゃうよ? ヒロイン枠から外れちゃうんじゃない?」
「バーカ。俺がヒロイン候補にしたかっただけで、真空夜とのハッピーエンドは絶対にないんだよ。俺達は姉弟なんだから」
「そっか。そだったね」
悠がまた眼を逸らす。何処か切ない表情をしている。
真空夜とは仲がいいから、その分何か複雑な感情でもあるのかも知れない。俺には知り得ないことだけど。
「真空夜だけじゃない。例えば優梨奈も、俺のヒロイン候補なだけだ。多分あいつは、俺をそういう眼で見てないからな」
「優梨奈ちゃんは、陽一のこと好きだよ。友達としてだけど」
「そ。そういうことだよ。それ以上には、なんねーの」
優梨奈の普段の態度から、俺は恋愛対象じゃないことが丸分かりだ。馬鹿騒ぎ出来る友達──または第二の家族くらいにしか思ってない。
真空夜も俺を嫌いだと思うし。
「悠も元々、男だと思ってたから候補からは外れてる。それがきっと、今の俺の答えに繋がると思うんだ」
居た堪れなくて悠から眼を逸らした。隣で、悠が「そっか」と呟いたのが聞こえた。
俺の心境はきっと、全部打ち明けられた筈だ。これ以上は何も言えない。
「ま、仕方ないね。んしょっ」
悠はベンチから跳び、俺に振り向いた。微かに切なげな雰囲気を醸し出し、苦笑する。
「これから、どんどんアピールを続けるからね。絶対に諦めないと思うから。陽一に彼女が出来るまで」
「……貴重な青春、棒に振る様なもんだぞ。つーか、振られたってのに元気だな」
「全然大丈夫じゃないよ? 内心、行き所がないくらいにはボロボロだし。でも、気にしたらダメだかんね。私は諦めないし、頑張って陽一の理想に近づくから」
「ああ、楽しみにしてる」
悠は最後に笑顔を見せて、校舎の中へと駆けて行った。もう予鈴が鳴る時間だってのに、教室まで戻る気力がない。課題増えるけど、サボるかな。
一言、悠に言っておけばよかった。……いや、言わなくてもよかったのかも知れない。どっちが正解なんだかは、運命にしか分からない。
──悠は既に、俺の理想のヒロインだってこと。
「陽一、一緒に帰らないか?」
「真空夜、まだ残ってたのか」
「担任の手伝いをしていてな」
悠に連行されて、置き去りにしていたバッグを取りに教室まで戻ったら、真空夜に声をかけられた。何か最近、向こうからが多い気がする。
相変わらず、先生達の手助けして優等生としてのイメージを保とうとしてるのか。今日サボろうとしてたくせに。
「で、一緒に帰るのか? 帰らないのか?」
真空夜が不機嫌そうに溜め息を吐く。制服はバッグに突っ込まれてるのがはみ出して見えてて、今こいつはワイシャツだけだ。ブラが透けてる。ピンクのブラが。
ブラから直ぐに眼を離して、脳内に悠と優梨奈を浮かべた。
「悠と優梨奈は一緒に帰るかな」
「いいや、あの二人は既に帰宅した様だ。悠はつい先程な。優梨奈はとっくにだ」
「ああ、そうか。まぁ、何となく分かってたんだけど」
悠は、振られたばかりで気まずいだろうしな。悪いな。
優梨奈は待ちもしないしバイトあるしで仕方がない。
「陽一? もしかして、悠と何かあったのか? 先程悠と遭遇した時、元気が足りなかった様に見えたが」
真空夜が、顎に人差し指を当てて首を傾げる。この表情、可愛いんだよなぁ。この分かってなさそうな顔が。
しかし、やっぱ長いこと一緒に過ごして来て、かつ仲がいいからか、真空夜は悠に対して目ざとい。
「んまぁちょっとな。俺から教えるのも何だし、後で悠に直接聞いてみろよ。帰ろうぜ、真空夜」
「ん? うん。そうしよう」
家に帰るまでの間、真空夜はいつもより距離が近かった。気持ちとかの話じゃなくて、実際に。肩が触れたりするくらい。
その度ビックリしてるから、もうちょい離れりゃいいのにって呆れた。こういう時、頭が働かないのかこいつは。
「おっかえり〜!」
「お! よーやく帰って来たのかお前ら。よっしゃ! 久々に全員でゲームしようぜ!」
「「……あれ?」」
俺と真空夜は顔を見合わせた。何故か、先に帰った悠と優梨奈がうちのリビングでテレビゲームをしてる。それ俺の何だけど。
テーブルの方には、何故かうつ伏せに倒れている俺達姉弟の親父が見えた。
「おい、親父。何で死んでんだ。これどんな状況か説明してくれ」
「私も少し、戸惑っているのだが。悠はまだしも、優梨奈までいるのは驚いた」
「……おう、二人共帰ったか。お帰んなさいお帰んなさい。そんなことよりアレどうにかしてくれ」
親父が、疲れ切った顔で俺達を見上げる。指差された先には、酔い潰れた静南先生がいる。
「何であんたまでいるんだよ⁉︎」
「静南⁉︎」
「おぁれぇ〜? 二人共お帰り〜。お酒飲む?」
「「飲むか!」」
俺達まだ未成年だぞアホ教師! 呑んだくれてまたパンツに染みでも作るつもりか⁉︎
つーか、あんたがこの家来んの何年振りだよ。小学生以来じゃねぇか。
俺にキレたくせして、俺らの家で堂々と床に寝転がってんじゃないよ。パンツ見えてんぞ。
「陽一! ここ皆でクリアしよ!」
「よーいち、真空夜早く来いって!」
「ちょ、引っ張るな悠。やんっ。優梨奈腰触るな!」
「あ、悪い」
「おいおい。何で今日のうちはこんなにもうるせーの? ねぇ? 一番おかしいのは、ここに教師がいることなんだけども」
「細かいことは気にしなくていいゾ〜」
「するわ」
結局は、俺ら一緒に過ごせることが一番の幸せなのかも知れない。何て切に思う。
男装してた、サッカー少年少女幼馴染みがいて、超努力家で虫が苦手な怖いけど可愛い姉がいて、常に飴を口に含む人を童貞と罵る親友がいて、アホな親父がいて、染み付きパンツの鉄仮面女教師がいて──理想のラブコメを手に入れたい俺がいる。
やっぱりまだ、俺が夢見た学園ラブコメとは程遠い。つーか、ヒロイン達のイメージが違い過ぎる。
幼馴染みは献身的な女子がいいし、姉は包容力があってほしいし、親友は一方的じゃなくて共に笑いあえる楽しさがあるべきだ。俺の求めるラブコメとは、そういうものなんだ。
「陽一! はーやーくー!」
「陽一すまん、このゲームってどうやるんだ?」
「よーいち! お前最弱キャラにすんぞ。おせーから」
ヒロイン達に急かされたが、寝ちまった静南先生の顔にそっとハンカチをかけた。
「俺、この猿がいい」
悠達に紛れ、ゲームのコントローラーを構える。あれ? 俺だけレベル低く設定されてやがるし。何だおい。
小馬鹿にした様子のヒロイン達との、ちょっと特殊な恋愛模様にも思える自分の学園生活二年目を見据え、
「俺に本当のラブコメをくれ!」
──と、盛大に叫んだ。親父と静南先生が飛び起きる。
「「「うるさい」」」
「すみませんでした」
ヒロイン達にハモられて、静かにゲームを進める。
第一章完結です!
この作品は全五章予定です。これからもよろしくお願いします!




