2話 俺と友達と思い込みデート
デート(仮)が始まるまであと一時間程度だ。もう直ぐ本日最後の授業が終わりを告げる。
だが、優梨奈が部活に向かうかどうかは不明だ。『放課後』というのは、もしかしたら部活の後の時間を示すのかも知れない。
先に確認しておけばよかったな、失敗した。
本日は六限で終了だ。普段は七限と、長くて面倒だが開始したばかりの月曜なので一時間短い。
因みに、この南川町私立高等学校は、一週間に六日登校日がある、案外一般な学校だ。主人公の俺が通うには些か普通過ぎる。
まぁ、レベルの高いとこへ行くよかマシか。
「おっとチャイムだ。授業終わり! 寄り道しないで帰れよ!」
六限の担当だった大柄の男性教師・増渕は全体に手を振った。誰も返さないが。
それと、小学生や中学生じゃないんだから寄り道だって平気でするだろ。当然だ。
俺だって今日するし。優梨奈って幼馴染みだけど、デート紛いのことするし。
「何か陽一がキラキラしてて気持ち悪い」
「ビッッックリしたぁああ!! 急に出て来んなお前!」
優梨奈とのデートを楽しみで妄想していると、正面にぬもっと悠が割り込んで来た。急過ぎて心臓止まるかと思ったぞ。
因みにこの学校、制服は決まっていない。一応制服自体はあるのだが、必ずしもそれを着て来いとは言われていないんだ。それ故か悠はTシャツを着て来てる。
ラフな格好過ぎるだろ。ここ学校だからな一応。
つーか、悠以外は大抵制服だ。だからこいつは目立つ。凄く目立つ。
悠のTシャツは完璧に男物だが、容姿は女子そのものなので浮いてる。最早男装にしか見えない。
本当可愛いんだけどな、男の子なんだもんな。
「……つーか、何がキラキラしてるだ。ラブコメの主人公は大抵平凡な顔でもキラキラした演出がつくものだろ。俺は顔もそこそこいけてるんだから、当然だろが」
「それ自分で言ってて恥ずかしくないの?」
真顔で即返答する悠に、かなり腹が立つ。押し倒すぞこの男女。
両手を構えていざ押し倒さんとする俺に見向きもせず、悠は廊下の窓枠に腰をかける。腰よりも高い位置だから、ぴょんっと跳ねてからだ。
「降りなさい」
「それにさぁ、いつラブコメの主人公になったの? 陽一はさ」
「話を聞けっての」
仕方なさそうに窓枠からするりと降りた悠は、触れてしまいそうな程まで身を寄せて来た。
身長差二十センチ以上だからかなり辛そうに見上げて来てる。無理すんなよ。
「確かに僕だって、思ってるよ。陽一はカッコいいって。でも、それだけでラブコメの主人公とは言えないと思うなぁ」
悠は肩を竦めて、身体を左右に揺らす。……それにしても残念な思考を持っているみたいだな。俺が主人公と言えるのは、当然のことだろうが。
俺に人差し指を突きつけられたことに気がついた悠は、ぎょっと青冷めて引き気味になる。
「甘いぞ悠! お前はそれでも俺の幼馴染みの男子か! 腐れ縁と悪友とも呼べるポジションの人間か!!」
「ひゃっ!?」
悠が後ずさるのを逃さない様に人差し指を直接当てた。胸に当たってるからと言ってそんな声を裏返さなくてもいいだろ。悪いことしてる気分になる。
「いいか、まず昔から積極的に教えているが、家族には無いこの一部だけの白髪! これがどう考えても普通じゃないことを表してる! それに俺の周りは自然と美少女が集まる! 全員俺のこと好きじゃ無さそうだけど!」
多分、左胸の中心部だろう。男だとしても少しばかりは膨らみを持つその部分をグリグリグリグリ押して行く。そのまま大演説。
忘れてた。ここ学校だったわ。色んな生徒に見られてるけど、そう言えば皆俺のことはよく知ってるんだったな。一年の時に暴露してあるから。自分が主人公だって。
それより、壁際に追い詰められてグリグリ弄られてる悠の発する声が「あっん……」とか「はぅ……」とか色っぽくてヤバい気持ちが生まれそうだ。
「俺は多分、主人公なんだよ生まれついての。いいか? だから悠、お前は天然な男友達で構わないから、俺に無駄なラブコメテイストを味わわせないでくれ! いいな!」
「知らないよぉ……いい加減やめ、やめて……」
涙目で、上目遣いな悠に全身硬直。ダメだろ、男の癖にその可愛さは。反則なんてものじゃない。
何か、エロ可愛い過ぎて自然と手を離した。
「……今言ったばかりだろ。俺に無駄なラブコメテイストを味わわせるな」
なるべく平常心気取って、エアメガネの位置を正す。俺は男にキュンとしたくないのに、俺はそっち系の人間じゃないのに! 下手をしたら悠に堕ちてしまいそうで怖い。
「だから、そんなつもりないのに……」
「お、居た居たよーいち。あん? 何だチビ居るのかよ」
悠が目を逸らすと同時に、背後から幼馴染みの軽〜い声色が聞こえて振り返った。
「げっ、優梨奈ちゃんじゃん。何? 何か用?」
「チビには用ねぇよ。よーいち、行こうぜ!」
「おい引っ張んな!」
俺が優梨奈に腕を引かれると、反対側の腕を悠に掴まれた。千切れる千切れる痛い痛い。
……ずっと睨み合ってるこの二人、実は昔から中が悪いらしい。何やら馬が合わないとのこと。
非常識なのはどっちもどっちなんだけどな。
「優梨奈ちゃん、陽一に何の用?」
先に沈黙を破ったのは悠だった。どっちも俺の幼馴染みだが、仲悪くて悲しいな。
「よーいちとあたしは今から買い物に行くんだよ、二人でな」
「何で二人で?」
「あたしが一緒に行きたかっただけだし、別にいいよな? お前保護者とかでも何でもねぇんだし?」
「うぅぅ……」
唸るな悠。猛獣かお前は。てか本当お兄ちゃん大好きっ子だな。寂しがり屋なのか?
だが、優梨奈の予定がズレればデートは無しになってしまうかも。ならば、少し可哀想だが悠を引き離そう。
そもそも家隣だからいつでも会えるし。
「なぁ、悠」
なるだけ爽やか系イケメンを意識して悠の手を握ると、悠は一瞬赤くなって直ぐ青冷めた。何でだよ。
反対に、優梨奈は歳上として譲ってやったのか手を離してやはり飴を舐めている。何でだよ。
「な、何陽一。何か、キモい」
「殴るぞお前」
「殴んなよよーいち」
「殴んねぇよ」
可愛い顔に痣出来たら悠がくれる唯一の癒し部分が消えてしまうからな。それは、マジでごめん。迷惑かけられるだけはごめん。
「俺は今から、優梨奈とデートしに行くんだ。だから家に帰ったら遊ぼうな」
「いやいやちょっと待ておい。何だデートって」
「そもそも悠、お前部活大丈夫なのか? サッカー部厳しいだろ?」
「あ! 忘れてた! 分かった陽一家でね、またね!」
「おーう」
「聞けよお前ら」
やっぱり部活のことを出しゃ一発だったみたいだな。『デート』って単語出した瞬間闇に満ちた表情に変わったからまずったなって焦ったけど。
背後から優梨奈が呼んでるし、そろそろデートにでも向かいますか。
「痛え!!」
振り向いたら殴られた。人に殴んなよって言っておいてお前は殴るのかよ。
「あのな、いつあたしとよーいちがデートすることになったんだよ。馬鹿かお前。あたしは本屋に寄るの、ただついて来てって言っただけだろ。舞い上がんな童貞」
「おまっ! 廊下のど真ん中で何言ってんだ!!」
「知るかよ。大体、何で好きでもねぇ奴とデートなんだし。そんな気持ちでついて来ようってんなら、やっぱいいわ気持ち悪い」
好かれてなかった……思い切り。しかも、完全に嫌がられた。本当に舞い上がり過ぎたかもな。
ていうか、俺は女子と遊んだり買い物したりするのがデートなのかと。勘違いだったのか。
俺は、モブキャラにはどう思われようが興味がない。だけど、ヒロインポジションのキャラ達には絶対に嫌われたくないんだ。
いや、嫌われるんだとしたら、それはラブコメの主人公として有ってはならない結果だろう。
「悪い、本当に舞い上がってた。今まで何度か買い物一緒に行ったじゃんな。それと同じと思っときゃよかったんだな」
少しばかりチキンかも知れない俺は、周囲の眼を確認してから優梨奈に謝罪した。
それに対して優梨奈は「んー」と唸ると、右眼を閉じてクスクスと笑った。
「な、何で笑ってんの」
「あ? いや、お前のおもしれー顔見れて楽しいからな」
Sな発言だった。かなりの衝撃を受けた直後、そういや片鱗は見えてたなって納得した。
瞬く間に謝る気力が失せたが、俺に背を向けた優梨奈は優しく微笑んでくれた。
「行こうぜ、思い込みデート。別にお前となら嫌じゃねぇし? さっきのはからかっただけだから心配すんな」
「優梨奈、お前本当はどう思ってんだよ」
「キモいって思ってるけど、まぁ別にいいやとも思ってる」
「ああ、そう」
もう半ば諦めた感じで優梨奈について行く。校門を過ぎたところで優梨奈は振り返り、手を差し出して来た。
「ん、デートなんだろ? 手繋ごうぜ」
ちょっとだけ照れ臭そうに髪を弄った優梨奈は、夕焼けに焦がれて煌びやかに髪を靡かせ、微笑んだ。
眼を奪われるどころか心を奪われそうになり、不意に眼を逸らしてしまった。それでもしっかり、優梨奈の手を握る。
「周りに勘違いされても知らねーぞ? 優梨奈」
「別に? 心配しなくたって大丈夫だろ。あたしは別にお前のこと好きじゃねぇんだから」
「そうかよ」
答えになってねぇよって、横で笑う幼馴染みに心でツッコミ。でも要するに自分が誤解を解くってことなんだろうな。
優梨奈、年々と美少女になっていってる気もするけど、何でこんな性格になっちまったかなぁ。俺はヒロイン候補に男勝りな女子を入れたくないんだけど。
「でも現状、一番ヒロインに相応しい奴なんだよなぁ」
「ん? 何か言ったか?」
「いいや、別に。日が暮れる前に本屋行こうぜ」
「おう!」
小さめな声で呟いておいてよかった。学校から出たら結構直ぐに大通りだから騒音で聞こえてなかったみたいだ。
流石にヒロイン候補とかに拘ってたらいつか嫌われんのかなぁ。それは嫌だな。
道の途中、張り紙に『四月四日〜四月三十日まで』と書かれていたのを目撃した。
そう言えば今日は四月二十八日。優梨奈の誕生日の五月一日まであと三日だ────。
「おー! これこれ、これ探してたんだ。見てみよーいち!」
「何々? お、お前料理なんてすんのかよ。それはビックリだわ」
本屋ではしゃぐ優梨奈に手招きされ、手に持つ本を覗き込むとそれは料理本だった。
ガサツな印象が強い優梨奈が料理に興味があるなんて意外だったので驚いたら、鼻で笑われた。
「クソじじいとババアは弁当なんて作ってくれないからな、あたしが自分で作るんだよ。バイトしなきゃ金なくて難いけど」
自分の両親クソじじいババア呼ばわりすんなよ。育ててくれたんだから──って、コイツの場合ほぼ全部自分でこなしてきたのか。何か親父さん達、急に厳しくなったからな。
でも、優梨奈の弁当いつも美味そうで綺麗なイメージあるけど、自分で作ってんのか。凄いな。
「ん〜? どうした? よーいち」
「あ、いや」
じっと顔を見つめていたらしく、悪戯な笑顔で顔を覗き込まれた。またからかう気だろうな。
「分かった! あたしの手料理食べたいんだな? もっと上手くなってからだけど、作ってやるよ」
「あ、マジ? ちょっと食べてみたいな」
ちょっと的はズレてたけど、まぁ間違ってはいない。だから正直に答えたら、優梨奈はお花満開の笑顔を咲かせて頷いた。
「愛妻弁当作ってやるよ」
「お前は妻じゃないだろ」
「あたしを妻にしたい?」
「いーや別に」
「はっはっは!」
二人で笑ってたら店員に注意を受けた。うるさかったらしい。どうもすみませんでした皆様。
てか今更気がついたけど、お前店でくらい飴食うな。何でそれは注意受けないんだよ。何で笑ってて飴落ちないんだよ。
「んじゃあよーいちも何か買えば? 一冊くらいなら買ってやるけど」
「いや、むしろ俺が買ってやるよ。何冊? 合計幾ら?」
「あー、うんとね。五冊で、三千八百円」
優梨奈は凄く申し訳なさそうに値段を計算した。だが、実は俺色々と金儲けはしてるからそのくらい余裕なんだよ。自分のは買わんけど。
「よし、待ってろ」
「えっ」
優梨奈から五冊料理本を奪い取り、レジに並ぶ。三千八百円って、地味にキツいな。今更だけど。
会計を済ませて紙袋を渡すと、優梨奈は両手でそれをぎゅっと抱き締めた。少し照れてるみたいで、やっぱりキュンと来る。
「ありがとう……。よーいち、本当にありがとな」
小さな声で、本当に嬉しそうに礼を言う優梨奈を見て、金は減った筈なのに得した気分だった。
だから笑って首を振ると、優梨奈はいつもの品のない大笑いでなく、柔らかく愛らしく微笑んだ。
「暗くなる前に帰るか」
「もう暗いぞ、よーいち」
……本当だ。