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俺に本当のラブコメをくれ!  作者: 源 蛍
一章『俺と幼馴染みとラブコメと』
15/23

15話 俺の幼馴染みの失踪

 (はる)とは八年前の夏からずーっと、ずーっと一緒にいる。家も隣でほぼ毎日どっちかの家で遊んだりしてる。素直にめちゃくちゃ楽しい。

 だからこそか、今の悠が素っ気ないのが泣ける程に寂しい。


「陽一君? 何寝てんの顔上げなさい。プリントは終わってないでしょうよ」


静南(せいな)先生、頭を名簿で叩かんでくれ。あと寝てねーよ」


「じゃあどうして机に伏せてるのかナ?」


「悠が素っ気なくて寂しいんだよ」


 静南先生がすっとぼけた声を出す。「あー」と続けて、微妙に笑った気がした。

 人が悲しんでるの見て笑ってんじゃないよ。


「悠ちゃんはむしろ、陽一君にベッタリだったもんね」


 静南先生は頬杖をついて笑う。今度は馬鹿にした笑い方じゃなく、懐かしんでる様に。


「悠は多分俺が好きだ」


 恋愛対象としてな。──って意味だったんだけど。


「ベタベタだもんね、悠ちゃん。デレデレ」


「デレデレなのか? いやまぁ、うん。そう見えないこともないか」


「ベタベタでデレデレで甘々でトロトロでびちょびちょだもんね」


「後半何がございました?」


 悠さん濡れたんですか? トロトロとびちょびちょだけよく分からなかったんだが。

 びちょびちょは雨に濡れたとして、トロトロって? 何? 溶けた? 何で?

 それに悠の場合、びちょびちょは汗での可能性もあるか。今度一緒に風呂入って身体洗ってやるのもいいかも。


「今避けられてるんだった……」


 ふざけあって風呂入る想像してたら、それが一瞬で瓦解した。バリーンってな感じに。

 高校生になって一緒に風呂入ってくれるかも怪しいしな。でも悠なら「いいよー」って言いそう。うん、大丈夫だ多分。


「陽一君ってアダルトな本は何処に隠すタイプ?」


「急過ぎて聞き逃すとこだったわ」


 聞き逃してもよかっただろうけど。

 静南先生、今日は心底楽しんでるみたいで何よりだ。昨日の悲しそうな面影は見当たらない。

 単純そうだもんな。子供より子供っぽい人だし。

 お菓子あげれば喜んで全部忘れちまいそう。


「分かった。ありがちだけどそこを突いてのベッド下だ!」


「やけに元気だね。全然違うわ」


「机の引き出し? 洋服箪笥の中? 本棚に紛れ込ませてるとか? ……もしかして学校の何処か⁉︎」


「な訳ねーだろ。どれも不正解だ」


「えー、じゃあ何処に隠してんのよ」


「実は持ってない」


「はぁ?」


 何をそんなに驚くことがあるのか、静南先生は大口を開けて固まった。


「来るべき、ラブコメイベントを待ってそう言った物は買わない様にしてる。いつか恋人出来た時とか、家に遊びに来たりするだろ?」


「あー、そういう……」


 呆れ顔で溜め息を溢した静南先生は、名簿を上から順に眺めて行く。何か気になる生徒でもいたか?

 俺と同じ考えの奴はいないと思うけどね。俺は主人公として粗相の無い行動をしてるつもりだし。

 名簿から目を離した静南先生が俺に視線を移す。うん、と頷いてから満面の笑みを浮かべた。


「陽一君とラブコメしてくれそうな生徒はうちのクラスにいないね!」


「その笑顔だけ満点!」


「だからyou、私とイチャイチャしようよ!」


「嫌だわ! 教師とラブコメなんて俺的には要らない!」


 と、静南先生の眉がピクリと動いた。


「──なら、悠ちゃんとイチャラブしなさい!」


「男だわ」


 そこが途轍もなく残念なくらい可愛いけど。しかも今避けられてる。


「じゃあ真空夜(まあや)ちゃんは?」


「姉だわ」


 顔や敏感なところは高得点だけど、あの鬼面にあの王様の様な態度。そしてとっても恐ろしい。絶対ムリ。

 そもそも、優しさが俺に向けられないからあっちから願い下げってことだろ。


「その二人がダメなら、優梨奈ちゃんか!」


「『優梨奈ちゃんか!』じゃねーから。あいつは俺を好きじゃないし、嫁候補から外れてんだよ」


「諦める他なくない?」


「何であんたら四人だけが候補なんだよ⁉︎」


 半分以上アブノーマルじゃねぇか。優梨奈だけだぞ普通なのは。

 名簿をテキトーにぶん投げた静南先生は、前方の席に腰を下ろした。──ん? この人さっきまで机に座ってたのか。教師のくせに。


「静南先生、今日は悠と一緒に帰れるかな」


 ふと考えて、そのまま声に出した。

 静南先生がキョトンと首を傾げて、俺の顔を覗き込む。プリント書きにくいんですけど。


「陽一君も悠ちゃん好きなんじゃん? 一緒に帰りたいなんて」


「好きだよ、昔から。弟か妹みたいに可愛くて、ずっと」


 だから今の状態が凄い悔しい。優梨奈ともそうだが、一生仲良しでいたかったのに。

 今の俺と悠は、何処かギクシャクしてる。

 悠とデートすることになった、あの日から。


「妹、ね。……そうだなぁ、君らは本当の兄弟みたいな感じだし、簡単に仲直り出来ると思うけどなぁ」


「そうなら、苦労せずにいられるんだけど。正直真空夜とか悠が、何がそんなに嫌だったのかさっぱり分かんねー。女装されて嫌なのはこっちなんだが」


「本当に嫌だった? 悠ちゃんの女装姿」


「……結構満足でした」


 クッソ可愛いから。普段はTシャツに短めのデニムパンツってことが多い悠は、どっちかというと男の格好の方が想像つかない。それだけなら女の子っぽいし。

 何より顔は超絶美少女で、身体は細いし軽いしいい匂いだし女声だし……女装デートは男側からしたら、本当に女の子とデートしてる気分になれる。

 だけどそれでも、悠が男だという事実は変わらない。


「俺は悠の女装で喜んじまう様な残念な奴ではあるけど、ノーマルなんだよ。男はダメなんだ」


 ラブコメの主人公らしく男友達が一人は欲しかったけど、作れなかった程に苦手だ。親父みたいなアホの方がいい。

 俺以上にアホな同級生なんて、あまり見かけないしな。悲しいけど。


「悠ちゃんが女の子なら、よかった?」


「……は?」


 静南先生は完全に俺の心を見透かした様だ。

 俺が常日頃から願っていることを、簡単に当ててみせる。そんなに分かりやすかったか? 俺。

 待ってる様な笑顔を向けて来る静南先生に根気負けして、俺はこれまで隠していた本心を打ち明けた。


「うん、そうがよかった。悠は俺にとって最高の女の子になってる筈だったから」


 ダイブしてくるのは減点させてもらうけどな。あれはマジでいつか死ぬ。


「そっかぁ……。そうだよね。うん、知ってた」

 

 静南先生は俺から目を逸らして、机に軽く寄りかかった。また、少し切ない表情をしてる。


「知ってたのかよ? 俺、言ったことあったっけ」


「無いよ。でも、何となく分かっちゃうんだよね。──ずっと君を見てたから」


「ふーん? 見守っててくれてサンキュ。これからも俺のラブコメを見守っててくれるとありがたい」


「ははは、まぁ頑張りたまえよ」


「……応援する気もないだろ」


 静南先生は俺を無視して笑う。笑い続ける。でも、何か……本心で笑ってる様には見えなかった。

 最近、俺の周りの連中が全く分からない。親父は時々ハ○ーワークに行ってるってことしか。

 何て謝ればいいかはまだ思い浮かんでないけど、せめてお詫びの印としてプレゼントを渡そうと考えた俺は、雑貨屋に来た。


「悠は可愛い物が好きだよな。ヘアピンは前に買ってたし、縫いぐるみ辺りでいいかな」


 このチンパンジーの縫いぐるみなんかどうだろう。飛び跳ねたり、すばしっこい悠にピッタリじゃないか?

 別に女の子にプレゼントする訳じゃないし、気を遣う必要もないだろ。

 ついでに、真空夜にリップクリーム・優梨奈に飴・親父用にガラガラを購入して外に出た。


「……あ、皆に買ったら謝ってる感無いか。しまった。一応弁明しとくか、『皆のはついでです』って」


 それはそれで真空夜達にキレられそう。怖いよー怖いよー誰か助けてくれー!


 ブー。ブー。


「ん? 着信? 誰から?」


 悠のお母さんからでした。悠から電話がかかって来るなら分かるけど、お母さんからかかって来るのは珍しい。

 どれくらい珍しいかと言うと、宝くじで高額が当たる時並みに。

 つまり普段は電話なんてかけてこない訳で、何か急ぎの用事があるのかもと察して直ぐに応答した。


「もしもし、悠のお母さんだよね? どしたの? かけて来るなんて珍しいじゃん」


 番号交換してたことすら忘れてたよ俺。


『悠、今一緒にいる? 陽一君の傍にいる?』


「……何か焦ってません? どうかした? 悠は今日学校じゃないしいつもみたいに寝てるんじゃねぇの?」


 少し息が上がってるお母さんに影響されたのか、俺の鼓動が早くなってく。

 そんなこと知る由もないお母さんは、泣きそうな程震えた声で答えた。


『悠が何処にも居ないの……!」


「……えっ?」


 俺はスマホを握る手を強く握った。気を抜いたら落としてしまうくらい、衝撃を受けたから。


『家の何処にも居なくて、陽一君の家にも居ないみたいで……学校には勿論行ってないし、バッグも置いてあるの。でも今日何処か外出するなんて伝えられてもないから……それで……』


「ちょ、ちょっと落ち着いて。それって悠が家出したかもってこと?」


『荷物は全部置いてあるからそれはない。あの子バカだけど、外出する時は必ず鍵を持って行くから』


 鍵を持ってってない。家の鍵のことか? それとも部屋の鍵か?

 今さらっと「バカ」って言ったよな。ちょっと可哀想だろ。

 しかし荷物を全部置いていって行方不明……で、何処に出かけたのかは誰にも話してない。きっと真空夜が捜し始めてる頃だろうけど、あいつこういう時に要領悪いから無駄だ。

 焦り過ぎなんだろうな、皆。


「分かった。俺も捜す。見つけたら直ぐに連絡するし、そっちが見つけたら連絡くれ。優梨奈にも一応メールで伝えとくから」


『ありがとう陽一君。よろしくね』


「うん、見つけるよ。悠は絶対」


 悠のお母さんとの会話を終了し、俺は直ぐにメールを開いた。悠のアドレスを確認して、今何処にいるのか聞いてみる。

 既に真空夜や悠のお母さん達も試してはいるだろうけど、俺の時だけ返事をするなんて可能性もあるかも知れない。

 結果、返事は五分待っても来ない。悠の返信は基本五分以内なのに。既読もついてない。


「……俺がデートすっぽかしたから、とか言わないよな。悠。出てくれ」


 電話をかけても反応無し。これはもしかしたら、スマホを家に置いてったパターンかも。

 そうなると捜すのは困難だ。位置情報も掴めないし。


「もし、もし悠が誰かに連れ去られたりしてたら……」


 優梨奈にメールを送って、そんな想像をしてしまった。

 最悪の想像が次々と浮かび上がって来て、どれが本当の最悪なんだかさっぱり分からない。

 でも俺にとっては、俺の傍から悠が居なくなること自体が最悪なんだ。悠も真空夜も優梨奈も親父も皆、俺の傍から消えないでほしい。


「悠……! 悠何処だ……!」


「よーいち!」


 気づいたら走り出していて、住宅街で名前を呼ばれた。この「う」を発音しない呼び方をするのは、ただ一人。

 俺の親友だ。


「優梨奈! 悪い急にメール送って。悠が行方不明なんだ」


「それはメールで聞いた。それより、ここら辺は捜してみたけどいなかった。別の場所だ!」


「そうか、だよな。こんな分かりやすい場所、真空夜もとっくに捜した筈だ。もう日が暮れちまうから、優梨奈は帰っててくれ! 俺が一人で捜す!」


「はぁ⁉︎ え、おい⁉︎」


 優梨奈は服を着崩していた。多分、メールを見て直ぐに捜してくれたんだろう。

 直ぐに別の道に走る。直ぐ近くの池の周辺に、デートしたルートを全て辿った。だけど悠は居ない。

 思い出の場所を巡っても、悠は居なかった。


「俺達に会いたくないんだとしたら、知らないとこにでも行ったのか⁉︎ でもその場合、スマホを持ってなかったらあのバカは道に迷うだろ!」


 何せバカだから。あいつ周り見ないから、道すら覚えられないんだよな。


「……はぁ、疲れた」


 全力で走り過ぎて、普段の運動不足が禍して、疲れ切って公園のベンチに腰を下ろした。肺がいてぇ。

 あ、山だ。

 俺の視界には今、そんなに大きくない山が入り込んでいる。あの山には、一つ大きな思い出がある。


「あの山で俺と悠は出会ったんだよな……行ってみるか」


 勿論、山なんて登ってて見つけられなかったら大きな時間ロスだ。

 だとしてそこに悠が居るとするなら、行かない訳にはいかない。

 正直肺と胃と頭と脚が痛くて仕方ないが、ゆっくり立ち上がって、山へと歩く。今よりまだ後の季節だが、脚を一歩一歩近づける度に、じわりとその記憶が蘇って行く。


 ──今から八年前のこと。家族四人で行く筈だった、真夏の虫捕りに向かった時のこと。

 既に自分が特別な人間だって勘付いていた俺と、何処か不思議ちゃんなイメージがついていた、迷子の美少女の出会いのエピソード。

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