12話 俺と幼馴染みとデート②
「食らえ! ミントパスタシュート!」
「……楽しそうっすね」
悠はヒーローショーで聞いた技名を恥ずかし気もなく叫ぶ。お前は幾つだ。そしてここは海浜公園で人が多いからな、やめとけ。
さっきヒーローショーを見ていた親子が笑いながら見てんだけど? これ俺が恥ずかしいよ? 悠さんや。
「陽一、元気無いね。……やっぱ、怒ってる?」
高台らしき場所の柵に身を乗り出して、少し遠い海を眺めていた悠が伏し目がちに見て来る。
今現在確かに俺はテンションが低いけど、それはお前の言動が恥ずかしいからじゃ。
「それにまさか、こんな場面の相手が悠になるなんて……」
「え? 海眺めるのが、僕とじゃ嫌だったってこと?」
「いや、ちょっと違う。だけど最初は彼女がよかったなぁってさ。夕焼けに染まる海をこうして二人で見つめて、いいムードになったら愛のあるキスを……」
「まだ夕方じゃないし、まずキモい」
「お前な、本気で怒るぞ」
人の夢をぶち壊しておいて何だこの野郎。男とムードあっても一文の得にもなりゃしないんだよ。分かれそのくらい。
俺に向けて苦笑した悠は、まだ少し暖かい風に晒される髪を右手で押さえ、もう一度海を見る。その横顔は、最早男とは思えないくらい綺麗だ。
何で、悠に綺麗だとか感じてんだよ。コイツは男なのに。
「ねね、陽一は何処か行きたい所ない? 僕は陽一となら、何処でもいいんだけど……」
照れ臭そうに頬を掻く悠は、それを隠す為かまた海に目線を戻す。忙しない奴だなほんとに。
俺は仕草すら女の子っぽい悠とデートするよりは、いつも通りの悠とテキトーに遊び回る方が断然好きだ。
「悠が行きたいとこでいい。俺は別に、自分のデートプランを彼女以外の人間相手に使いたくはないしな」
──だからそんな風に、テキトーに済ました。
悠の気持ちより自分の気持ちを優先する。俺はそういう人間だ。
本来主人公と言うべき人間なら、例え女装した幼馴染みが相手でも優しく付き合ってやるんだろう。だけど、俺はそれは嫌だ。
「うーん、そっか。陽一に、彼女、出来るといいね……」
「出来たら寂しいか? 構ってもらえる時間は明確な程減るだろうからな。お前は俺大好きだし」
冗談で言ったつもりだった。でも正直悠は俺に懐いてるだろ。大好きってのも間違いではない筈。
それでも悠の返事は予想を裏切ったものだった。
「うん、寂しい。凄く寂しいよ。陽一がマーヤや優梨奈ちゃん以外の女の子と話してたら、嫉妬しちゃうくらいに……僕は陽一が大好きだから」
悠は心を小綺麗に癒してくれる様な微笑みを浮かべた。きっと心からの言葉だったんだ。
──だが俺にとってそれは逆効果でしかない。
「気持ち悪いこと言ってないで、さっさと次行くぞ次。真空夜も言ってたろ、一日は有限なんだよ」
「う、うん。だって二十四時間又は千四百四十分又は八万六千四百……」
「そんな細かく表す必要はねぇからな。今の会話別に重要な点は存在しないから」
「そっか。まぁとにかく行こ! ここ、色々あるからまだ遊べるし! ……暑いからアイス食べませんか」
「何だっていいって。どうせあそこに屋台が見えるから言ったんだろ? 買って来るから待ってろ」
悠をベンチに座らせて、ソフトクリームを販売している屋台に歩いて行く。十メートルくらいしか距離ないけど。
今日はやっぱ暑い。俺も自分用に買っておくか。
「デートですかぁ? ベンチに座ってるの彼女さんですよねぇ? 可愛いですねぇ、羨ましい〜」
いちいち間延びした喋り方をする女性からソフトクリームを二つ受け取る。……何ですって?
「今日は暑いですからぁ、彼女さんのお身体、気にしてあげて下さいねぇ」
「いや、アイツ彼女じゃないんすけど」
男だし。
「あらぁ? でもぉ、男女で外出なんてぇ、デートですよねぇ?」
いやだから男だし。
「幼馴染みっすから普通のことっすね。俺正直女友達が大半なんで、アイツと外出以外はそうなるけど」
「……えぇ? あの子、男の子なの? あんなに可愛らしいお洋服着て、おめかしまでしてるのにぃ」
「そうっす。まぁ、女装趣味みたいなのがあるんじゃないっすか? よく分かんないけど」
「そうなのぉ。でもぉ、その格好で一緒に遊んであげるなんてぇ、君はあの子が大好きなのねぇ」
途中から敬語じゃなくなった女性の言葉に絶句した。俺が悠を大好きだと?
ソフトクリームを持って悠の元まで戻って、機能が停止したメカの様に立ち止まった。
「陽一、ありがと。……どうしたの?」
ソフトクリームを奪った悠は眉を曲げて首を傾げる。俺は一人、自分だけの世界に逃げている最中だった。
俺は悠のことが大好き? 確かに、嫌いじゃない。寧ろ好きな方ではあるが……。この服装は想定外で、断ろうとも考えていた。強引な真空夜の所為で一緒にはいるが、本当は今直ぐ帰りたいくらいだ。
俺は男に友情以上の感情は絶対に持たない。『大』好きなんて気持ちは芽生えないんだ。
「陽一?」
「あ、悪い。ソフトクリーム食ったら何処行くか決まったか?」
悠に名前を呼ばれて我に帰った。なるべく自然を装い、悠の隣に腰掛ける。
「向こうにさ、今丁度イベントの時間外だけど水で遊べる広場があるんだ。スプリンクラーとか、噴水とかがバカみたいに噴き出してるの」
「びしょ濡れになりそうだなそれ」
「Tシャツ貰えるから、それに着替えれば何とか!」
「拭けるのかよ? あと更衣室とかあんのか?」
「あるよ! 拭けるよ! 暑いから早く行こう!」
「……ああ、あまりはしゃぎ過ぎんなよ?」
手招きして駆けて行く悠の後を歩いて着いて行く。心底子供にしか見えないなあいつ。
──この時俺は、下手したら悠を立ち直れなくしてしまう可能性があるくらいの、最低なことを考えていた。
だけど、自分が悪いとは多分微塵も思っていない。
「冷た〜い! 見て陽一これ! スプリンクラーに跨ると擽ったいけど冷んやりして気持ちいいよ!」
「おう、とにかくやめとけ。漏らしたみたいになるぞ」
「あ……手遅れ」
貰った短パンが変色する程濡れた悠は、跨いでいたスプリンクラーからそろ〜りそろ〜り離れて行く。少し離れて見てる俺の元へ駆けて来る途中で股間を押さえた。
「気持ち悪い……」
「お前本気でバカだろ。言っておくと、短パンTシャツは借り物だけど下着は違うからな。その気持ち悪さを感じつつ帰るんだからなお前」
「うぅ、何処かでパンツ買っちゃダメ?」
「いいけど、ここ海浜公園だからな……。近くに下着売り場なんてねぇし、暫くはそのままだぞ」
「いやぁ……気持ち悪いぃ……」
「真のバカだな」
周りの眼を気にして欲しいが、悠は股間を押さえたまま更衣室に向かった。もう帰るっぽいな、意外と早かった。
俺が着替えを終えたら、悠が涙目で睨みつけて来た。俺何もしてない筈だけど。
「何だよ。てか悠、お前何処で着替えてたんだ? 更衣室にはいなかったけど」
「べ、別に何処でだっていいじゃん! それより、陽一遊ばなかったでしょ」
「濡れんの嫌だかんな。お前こそ、下着透けるの嫌がる癖によくもあんな大胆なこと出来るよな」
薄着で濡れに行って股間を押さえながら歩くとか。
「だ、大胆って……! そんなつもりじゃないもん!」
「そうかよ。今一番近い服屋探したから行くぞ悠」
「あ、うん」
服屋に着くまで悠がモジモジしてるのが凄い気になった。ワンピースだし、絶対下寒い。風邪引くんじゃね? こいつ。
「ほい、こんなもんでいいんじゃね? 金に余裕はねーし」
「ゔっ、分かった……。絶対に覗いちゃダメだからね」
パンツの柄は気に入らなかった様子の悠は、試着室のカーテンから顔を出す。因みに柄はド真ん中にハート。
「男の試着なんて見たとこで、何の得にもなりゃしないんで。それよりさっさと着替えろよ」
「……うん。分かった」
何か不機嫌そうな表情の悠はソッコーで試着を終え、パンツを俺に買わせた。……待て、パンツって試着して大丈夫なのか? 今更だけど。
悠が便所で着替えを済ませ、俺達は再び……デートを始めた。
「スースーする」
「何言ってんだお前。それが普通のパンツだろ? まさかまだブリーフなんて穿いてんか? そろそろそれに馴れろ」
「……うっさい。違うし。全然違うから」
「お前の心境がまるで掴めない」
そう言えば悠が穿いていた元のは何処だ? 普段どんなの穿いてるのか後で確かめてやる。バッグを手放したら探ってみよう。
それよりこいつ風邪引かないか不安だな。
「悠、寒いんなら帰った方がよくないか? 風邪引いても面倒なだけだぞ。俺じゃなくて自分がな?」
「僕は滅多に風邪引かないし、今はどっちかって言うと暑いもん。陽射し凄い暑い」
悠はツンとした態度のままさっきとはまた別の児童公園に入って行った。そういやこいつ、殆ど風邪引かないな。
児童公園の割には大きく長〜い滑り台が設置されている。危ない気もするけど、子供の姿は見当たらない。おっさんなら居るけど。
おっさん達と挨拶を交わしてたら、悠が腕に抱きついて来てそのまま連れて行かれる。おっさん達が冷やかす様に笑ってるんだけど。また恋人だとでも勘違いされてそうだな。
「一緒に滑り台やろ! 私が前で、陽一後ろね! 危ないから、放しちゃヤダよ?」
「二人で……昔にやったやつか。はいはい、仕方ないお子ちゃまでしゅねぇ。構ってあげまちゅよ〜」
「顔蹴るよ? 早く上ろ」
お前の蹴りなんて食らったら気絶するわサッカー少年。しかもパンツ丸見えだわ。ビッグハート柄のボクサーショーツが。
俺達は滑り台で密着して座り、俺は悠の身体を抱き寄せた。これが昔やった二人滑り。
「ん、準備完了だ。まさかこの歳で滑り台に上がることになろうとは」
「いいじゃん、別にさ」
そう言った悠の身体は少し強張っている。俺も、この体勢だと悠の身体が温かいのがハッキリと伝わるから変な気分だ。
「ゴー!」
「危ねっ⁉︎」
動物の飛び出し事故レベルに唐突だったから、体勢崩して吹っ飛ぶかと思った。でもんな事故を起こす訳にもいかないから、テキトーに悠を鷲掴みにした。
「きゃっ⁉︎ よ、陽一⁉︎ 掴む場所おかしくない⁉︎ そこじゃないって……!」
「だったらキツく腕を締めるのやめてくれないか⁉︎ 男相手でも流石にこれはダメだって分かってるから!」
俺が掴んだの胸の辺りだ。放せと言う割には悠が両腕で交差してるからそれも不可能。仕方なくこのまま滑るしかない。
「はぁ……はぁ……」
一番下まで滑った頃には悠は涙目だった。そんなに擽ったかったか。悪いことしたな。
男って、胸筋さえあれば胸も柔らかく感じるものなのだろうか。よく分からないな。
「いって! おい急に脇腹ど突くな!」
無言で肘打ちして来た悠は腕を胸の前で交差したまま立ち上がった。
「陽一の、エッチ。バカ……」
「……えっ」
耳まで真っ赤になっているどころか、肌が全体的に紅潮している悠に正直ドキッとした。
──一瞬、ハッキリ『可愛い』なんて考えた。
これまでだって何度も悠は可愛いと思ったことがある。だが今さっきのこれとそれは別物だって、明らかだった。
これじゃまるで、悠を男として見ていないみたいだ。
「……っ! 悠、俺はもう二度と二人滑りはしない。そんな顔されて、そんな心外なこと言われんなら絶対に嫌だ」
「え……エッチなのは、間違いないと思うけど」
「男同士でエッチも何もないんだよ!」
「……胸ぐりぐりするのも? 普通なの?」
「その節はどうもすみませんでした」
ごめん、認めるわ俺。俺変態だよ。悠に女装コスプレさせて興奮したり、優梨奈の指舐め回したり……。
悠が深呼吸し、それと同時に腹が雄叫びを上げる。悠は銃弾速度で腹を押さえた。
「……何でも、ないよ?」
「涙目じゃねぇかさっきから。あと、自分から切り出したらバレバレだからな。別にいいじゃんか、腹くらい鳴ったって」
「だってぇ、食べ過ぎだって思われたくないもん……」
「まだ昼飯食ってないから腹は減るだろよ」
「さっきソフトクリーム食べたもん……」
「そんくらいで腹が溜まるか。お前は特に、運動部なんだから」
恥ずかしそうにそっぽを向く悠を担いで、ファミレスに向かった。ぶん殴られたけど。
「僕はこれ食べよっかなぁ。ね、陽一決まった?」
「俺は朝飯食って直ぐだからなぁ、そんな腹減ってないんだよ。取り敢えずこの少なめな肉料理にでもするかな」
「オッケー。店員さーん!」
「おい、これあんぞ。呼び出す、その、このボタンあんぞ」
暫くして運ばれて来たお子様ランチを食す悠は実に愛らしい。食べる度「美味しい〜!」って喜ぶのが喧しいが。
悠は味わい続けるから遅いけど、俺は止まらず食べ続けたため先に終わった。
ふと、悠の笑顔を目に焼き付けてから立ち上がった。
「トイレ行って来る」
「うん、行ってらっしゃーい」
俺は便所で用を足すでもなく、水道の前で溜め息を零した。




