11話 俺と幼馴染みとデート①
中々寝付けずに朝を迎えたのは、ごく単純な問題が夜中に突如降りかかって来たからだ。
──文字通り、降りかかって来たのだ。悠が。
午前六時三十二分四十四秒。現在俺はベッドで腕を組んで座っている。正面には縮こまったTシャツ姿の悠。
「ごめんなさい……」
悠が更に顔を下に向ける。相手の眼を見て謝ろうとか、少しはそんな態度でも見せてみろよな。それと一つ疑問。
「ごめんなさいって初めて誤ったのは驚きだ。それはようやく砂粒程度には大人になったからなのか、俺に怒られるのがようやく嫌だと感じる様になったからなのか、気まぐれなのか一体どれだ?」
「毎朝『妹キャラが〜』とか『幼馴染みが〜』言われるのが嫌だから。正直キモい」
「悪かったなキモくて!」
ラブコメで主人公がヒロインに「キモい」と蔑まれるのは普通だ。当たり前だ。ラブコメの醍醐味の一つでもあるだろう。だから許せる。
だが実際、そんなキモいことなんてしてもいない筈なんだよな、俺も含めて全男主人公は。
……そして、許すとは言ったが悠はヒロインではない。何せ男だから。よって有罪判決をここに下す!
「悠!」
「結局⁉︎」
軽蔑の眼差しを向けて来ていた悠の額に人差し指を突きつけた。結構力を込めてるから、悠の小さな身体が揺れる揺れる。
「俺にキモいとか……お前が言えたもんじゃないんだよ。その、女みたいな顔と声と軟弱さを持っていてはなぁ!」
「全女性に今直ぐ土下座しろこのワラジ虫が」
「お前が現れるタイミングは毎回毎回狙った様にドンピシャですよね⁉︎ 廊下で待機でもしてるのか⁉︎」
「いや、隣の部屋にいちいち声が聞こえるのでな。ちょっと聞き耳を立ててそろそろかなと思ったら廊下で待機してる」
「正解じゃん! 『いや』、じゃねぇよファインプレーだったよ!」
「黙れカス」
鬼の様に眉間に皺を寄せた、いつの間にか侵入して来ていた真空夜はとうとう俺を生き物から格下げした。カスて……。悲しいわ。
俺と真空夜のやり取りの間、悠は姿を消していた。窓は開けっ放しだから、部屋にでも戻ったんだろう。よく行き来出来るよなぁ。ベランダねぇのに。
部屋から出ようと踵を返した真空夜は、その足を止めた。いつもの仏頂面でも鬼面でもなく惚けた様な何となく可愛らしい表情で、眼だけ俺に向ける。
忘れ物は有るわけないから、何か用事でもあるんだろう。そんな俺の予想は、的を射た。
「悠と約束が有るんだろう? なら、先に着替えてしまうといい。流石にそのダニの様ななりではデートなんて呼びたくもないからな」
真空夜は悪びれず出て行った。ダニの様ななりって何だよ。別にダニを模したコスプレ用服なんて所持すらしていませんが?
「あと、デートなんて呼びたくもないから……むしろこのままでいいだろ」
ちゃんとした初デートが男相手とか嫌過ぎる。寒気が走る。怖気すら湧いてくる。嫌だ嫌だ。あー気持ち悪い。
ただそれとは別として、汗で汚れた服を着て行くのは嫌なんで着替えはした。悠同様、Tシャツだ。
……そういや悠の奴、珍しく自宅で飯を済ませるのか? こっちに戻って来ないけど。
「なぁ、俺今日悠と二人でお出かけするだろ? 学校終わってから行くのか?」
朝食を摂りつつ真空夜に問いかけたら、眉を盛大に曲げて鼻で笑われた。凄ぇムカつく。
「お前は自身の通う高校の予定表すら読めないのか? 今日は振り替え休日だ。二年になってまだ分からないのかゲジめ」
「振り替え休日ねぇ。ところで、あの学校って金持ち? スタジアム貸し切ること多いし、デカいカメラ持って来て撮影したりとかあるけど」
「あの学校は金を持っている。どう手に入れてるのかは知らないが尋常ではない程な。生徒の願望には極力応える様にしているらしい。陽一も『ヒロインと淫らなことをする場所を提供して下さい』とか懇願してみるといい」
「それ俺の願望だとでも思ってんのか。そんな願望ねぇよ」
「そもそも陽一は優秀な生徒ではないから無理か」
「実力で見られるもんな。だとしてもお前が勉強出来て役に立つからって遅刻黙認されてるのは納得いかねぇ」
「なら陽一も脳を磨くことだな」
やっぱり金持ってんのかあの学校。でも優秀な生徒のみ優遇されるって、実力重視じゃねぇか。何処が普通の高校だ。金の時点で違うが。
もし優遇される様なことになるとしたら、俺だったら何を注文しようか。アレかな、ラブコメ下さいとかかな。
「つーか予定表って何のことだ? 俺貰った覚えないんだけど。多分。何処にある?」
「……本気で言っているのか? 四月十四日の始業式に全校生徒に『高校行事一覧表』というものが渡されている。私も配布担当だったから間違いない。振り替え休日ついては二十二頁だ。内容は、『いずれかの部が試合を行う際、学校全体での応援をする。翌日は体調管理のため振り替え休日とする。登校の必要はない』だ」
「……ふーん」
日にちとかはまだしも、何でページとか内容とか覚えられんの? こんな感じだったとかなら分かるけどさ、違うよね。完璧に自信満々に答えたよな。
「陽一、いつまで食ってんだ。そろそろ悠が来る頃だと思うぞ。残ったもん食っといてやるから準備しろ」
「親父、朝食奪おうとすんな。それに家は直ぐ隣なんだから多少遅れたって構いやしないだろ」
「ほう、堂々とデートに遅刻するつもりならしばき倒すぞショウジョウバエ。さっさと準備しろ」
「何故お前にしばかれなきゃならんのじゃ」
真空夜が立ち上がりそうなので先に席から離れ、バッグだの何だのを準備する。
普段は日曜日しか休日が無いが悠は部活に入っているため、その前日と翌日は練習漬けなので疲れ切って大抵寝込んでる。それは木曜日の今日も同じなんだが、偶然明日が創立記念日で何故か休校だから、明日寝込むんだろうな。
仕方ない。普段頑張ってるから、デートってことにしてやるか。たく。
「遅いな、これなら本当にまだ少しのんびりしてても間に合ったんじゃないか? 陽射し暑いからさっさと行きたいんだけど」
五分待っても悠は来ない。自分から誘っておいて遅刻するたぁ図太ぇ野郎だ、なんてふざけてたら家の中から楽しそうに笑う声が聞こえてきた。悠の声もすんぞ。
──理解した。あのバカ、いつもの癖で俺の部屋にでも行ったんだろう。そんで降りて来たら俺が居なくて、それに焦ったか何かして笑われたんだ。
呆れてドアを開ける。予想通り悠が居て……吹き出した。
「……はい? えっと、貴方悠さんですよね?」
「ひゃっ⁉︎ 陽一何で戻って来て……まだ、まだ心の準備出来てない!」
「悠、手遅れだ。こうなっては仕方がない、腹をくくれ!」
「そんな……⁉︎」
一体何がどうしてこうなったんだ……? どの次元がどんな風に曲がってしまったんだ? 悠が、あの悠が──女装でいる。
白く薄い生地のワンピースに、半分に割れたティアラみたいな髪飾りを右側頭部に着けてる。ちょっとだけ化粧してあるのも優梨奈で見慣れてるからハッキリ分かるしバッグもキラキラした可愛らしい物だ。何で、コスプレしてんだ。
「陽一、何をこの世の終わりみたいな顔をしている。今日はこの悠と、一日中デートを楽しんで来い」
衝撃で呼吸すら忘れていたら、真空夜が親指で悠を示した。やけに可愛らしい容姿をした悠を。
未だに理解が追いつかない。今日は悠と二人で出掛けるだけの予定だった筈だ。女装コスプレをした悠とデートなんて聞いてもいない。下手したら女子とデートって勘違いされるぞ。
「い、いやいやいやいや。何で? どうして? は? マジでどういうこと? 何のドッキリ?」
「おい、何をしているゴミ虫。一日は有限だぞ、早く出て行け」
「いやおかしいだろ! 何で悠女装⁉︎ つーか親父達はその悠に何とも思わないのかよ⁉︎」
萎縮してしまっている悠を指差したら、親父と真空夜は心底怪訝そうな表情になった。それから顔を見合わせて、首を傾げる。
「何処にツッコミどころが有るんだ? 寧ろそこが気になる」
「だなぁ? どう考えたって変じゃねぇだろ。一体どうしたんだよ陽一」
「いや何で⁉︎ 確かに怖いくらい違和感ないけどさ⁉︎ 男だぞ⁉︎ コイツ男!」
「……黙ってさっさと行け。それ以上悠の服装に口を出すのならその舌をギロチンで切り落とす」
「何でだよ! あ〜もう、行くぞ悠!」
「う、うん」
真空夜がガチでキレた。あの顔は本気だ。下手したら殺される。理由は全く分からないんだが。
取り敢えず真空夜からさえ離れられれば別に怖いものは無い。直接、悠に訊きゃいいだけだ。
自販機でコーラを買う悠は、手に取ってから自分が炭酸苦手なのを思い出したみたいだ。何で普通に買ったんだか。
「お前の分買ってやるからコーラ寄越せ。……つか、何でコスプレしてんだよ」
「あっ、ありがと。……それは、その……」
「あーあ、もしかしてアレ真空夜か? 窓から睨みつけて来やがる。もういいや何だって。色々変に思われたら俺責任取らないし、誤解が生まれたら何とかしろよな。たくっ」
「うん、ごめん……」
悠にカルピスを買ってやって、気持ちがドン底まで沈んだ状態で適当に歩き始めた。何処行くのか知らねーけど。
今日は普段みたいにただ楽しく買い物したりするだけのつもりだったんだけどな。こんなのは気分が悪くて仕方ない。
「ねぇ、陽一」
暫く適当に歩いてたら、悠が袖を引っ張って来た。俺がしつこいからか不機嫌だからか、悠は申し訳なさそうな顔をしてる。
「はぁ……何だよ。そういや何処に何しに行くんだ今日は。俺何も考えてないかんな?」
「うん、僕が色々考えたから、一緒に来て欲しい。まず、あそこ寄りたいんだけど……」
「ベタベタだな、ゲーセンか。何やんだ? 太鼓のリズムゲームか?」
「いや、それじゃなくて……」
悠の手を引いてゲーセンに入った。相変わらず音凄いよなぁ。俺普段ゲーセン来たらUFOキャッチャーしかやらないんだよ、いつか出来るであろう彼女に取ってあげるために練習してるんだ。
悠は女趣味なことが多いし、UFOキャッチャーかダンスゲームかプリクラとかかなぁとか予想してたら、正反対の方へ進んでいた。
「これかよ。ワニ叩く奴か」
予想の悠か斜め上を行った。まさかゲーセンに来てやりたいゲームがこれだとは。
悠は気合いが込められた声を発して、ハンマーを構える。百円を投入してゲームスタート。眼がギラリと光った。
「これを、普段の、陽一だと思えば……!」
「何でだよ⁉︎」
「卑しい陽一なら何処から来るのか手に取る様に分かる! ほらほらほらほらほらほら!」
「キャラまでぶっ壊れてません⁉︎」
日頃の恨みを晴らしたいのだろうか。あれかな? 日頃の俺の、指差しぐりぐりとかが嫌なのかな? この後パンチングマシーンとかやり始めないよね。
悠は最高点を叩き出し、かなり満足した様子だ。俺は俺で何か怖くなってUFOキャッチャーに逃げた。
「悠、何が欲しい。……いや別にご機嫌取りとかそういう訳ではなくてですね、とにかく何か取って欲しいものないかぁ? ってさ」
少しでも株を上げて置かなきゃ何か恐ろしい目に遭う予感がするから。真空夜も俺に怒ってる最中だし。
「そうだなぁ、それじゃあの豚っぽい何か! キバ生えてるやつ! マーヤみたいで強そう!」
「猪か。今の、選んだ理由絶対に真空夜に言うなよ。どれだけキレるか分かったもんじゃないかんな」
真空夜は本気で怒ることは殆ど無いが、侮辱されることは大嫌いだ。そして珍しく本気で怒らせちゃったからな、さっき。
猪の縫いぐるみは簡単に取れた。悠はもしかしたら一番取りやすそうなのを選んだのかも知れない。気を遣わせて悪いな。
よく見てみると眉間の皺とかが確かに真空夜に似てる猪の縫いぐるみを手渡すと、悠は照れた様に笑った。
「ありがと陽一。でもこれ、案外大きいから邪魔だね」
「取ってもらっておいて何つーこと言ってんの? 分かるよね、ケースの外からでもどのくらいのサイズなのか。思ったんだよ、こんなデカいの一日中持ち歩くのかって」
猪の縫いぐるみは三十センチくらいある。ゲーセンから家までは結構かかるから、一旦持ち帰るとかも難しい。無理矢理バッグに詰め込んでみた。
顔が潰れて睨んでる様な表情になってるのが不気味。真空夜に睨まれてる気分だ。
ゲーセンの次は、『本日ヒーローショー開催!』と書かれた看板が置かれた海浜公園に来た。来たかったらしい。
「歳を考えろ歳を。あと女趣味だとか撤回するわ。趣味は人それぞれだし性別では分けられないだろうし」
「急にどうしたの? でもそうしたら、ヒーローファンは大人になってもやめられないよねってのも言えない?」
「子供向けかどうかで違うと思う」
結局俺の返答は聞かずに、悠はヒーローショーを楽しんだ。どんだけ子供なんだお前。




