10話 俺と幼馴染みとデートの約束
パイロットは何を考えているのでしょうか。上空に向かい……急降下──!
「毎朝毎朝痛いって言ってるでしょうがこの構ってわんこがぁ!!」
「わわっ! 朝からうるさいよ陽一」
「んだからお前のせいだっつの! 下手したら全部出るっての! 分かる⁉︎」
女の子みたいな座り方の悠は、いつもよりしゅんとした。そんな甘えた様な眼で見ても許しませんからね。
そういや、今日は悠の練習試合の日だったな。忘れないで見に来いよってことか、今日の飛び乗りは。
「安心しろ悠。今日は授業なんて無いからな、応援の日だし。一日中応援してしててやるよ」
俺が頭を撫でると、ご機嫌そうに頬を染めた悠は抱きついて来た。はいはい、可愛いね。
「やった! わた……僕今日の練習試合、レギュラーで出れるんだよ! スタメンなの! めっちゃ活躍するぞー!」
「はいはい頑張れ頑張れ。監督、良い人だったな」
「ん?」
「いや、こっちの話。何でもない。……さっさと下降りてこうぜ。じゃないと真空夜が未来の殺人ロボットの如く睨んで来るから」
「だね、ほら」
……悠の指差す方には真空夜さん。未来じゃなくて、現代の殺人マシーンの様だ。
無言で殴られるのが一番怖い。ってのは置いておいて、左頬の痣を気にしながらリビングに降りた。親父が、朝から飲んでやがる。
「何してんだよ、さっさと会社行け」
「クビになったから行っても無駄だーい」
「マジでクビだったのかよ……。だったら、朝から呑んだくれてないで次の仕事探せ」
「うぃーい」
メンタル弱過ぎだろこの親父。クビにされたからって酒飲みまくるな。
これは、俺もさっさとバイトするしかないな。前に優梨奈が一緒の場所で働きたいって言ってたよな。そこ募集してるなら行ってみるか。
真空夜はバイトしないのか?
「真空夜、真空夜。お前バイトは? いつすんの?」
手前で軽蔑の眼を親父に向ける真空夜の背中を突いてみた。コイツ高三の癖にバイト未経験だからな。気になる。
「ひゃんっ。……そ、そうだな。この父さんの惨状を見るに当たり、そろそろ始めなければ生活がキツくなるだろう。私も探してみるよ」
「俺もちょっとバイトしてみたいところあるからな。……でも真空夜、お前一人暮らしとかは予定無いのか?」
「えっ? 陽一、家出てくの?」
「いやそうでなくて、お前は一人暮らしとかしたくないのか? って」
「する訳ないだろう。……でも陽一出てくのかな」
なら、いつか俺が一人暮らしを始めたなら、親父のことを任せてしまってもいいかも知れないな。悪いけど。
一人暮らしするなら、俺は彼女を家に呼ぶことが可能になる。彼女なんていないけど。
……コイツら、好きな奴とかいるのか?
「なぁ悠、真空夜。お前らって好きな奴とかいんの? もし既に彼女か彼氏いるんだとして、俺のせいで呼べないとかある?」
あったら悪いんだけど。──いや悠は自分の家に連れ込めよ。
気がついたら、俺は前後から鬼の様な眼で睨まれてた。え、何で? 俺何か悪いこと言った?
「陽一は、バカで」
「だな。よし、さっさと朝食を済ませよう。もうそろそろ授業が開始されてしまう」
「だからもうちょっと早く起きたらよくないですかね⁉︎ あと悠、何でだよ!」
「つーん」
ふーん、じゃねぇんかい。何だよつーんて。……つんつんしてますって意味か? 急に何で?
コイツら、全く分からないな。だけどまずは登校しなきゃな。昨日の課題、ギリギリ終わらせたのに今日も増やされたら堪ったもんじゃない。マジで嫌だ。
「てか悠! お前練習試合の日に遅れてどうすんだバカ! レギュラーなんでしょ!?」
「そうだったあああああああああ!!」
「アホオオオオオオ!!」
俺の家の近所に、朝から悲鳴が轟いたとさ。……直ぐ収まったけど。真空夜に怒られたから。
で、いつも通り母さんに挨拶して、呑んだくれる親父に靴投げつけて駅にダッシュした。
──ま、朝食直前に授業開始六分前だったんだし、間に合う訳ねぇよな。今日が授業無しの日でよかったわ。
悠はスタメンで出れなかったけど。
「っしゃ! これで一点か⁉︎ よーいちこれで一点か⁉︎」
「そうだね優梨奈さん、もうちょい落ち着こうか!」
「うるせぇ!」
「それお前!」
悠達サッカー部の練習試合を、全校生徒で応援する。何処かの部が試合をするなら、この学校全体が協力するんだ。
ま、俺達はそんなの関係無しに応援するけど。
「悠には申し訳ないことしたな。皆で応援するって言ったのに、あの飲酒じじい連れて来れねーよ」
「まぁ仕方あるまい。飲酒運転などさせられんし、電車に酔っ払いが乗り込んでも迷惑なだけだ」
俺の呟きに、真空夜は溜め息を零して答えた。あのじじい迷惑でしかねぇな。
……悠には悪いんだけどさ、俺今ヒロイン候補探してる。人が大量に集まってるからさ、一人くらい見つけられないかなと。ごめんな。
だとして、幾ら探しても優梨奈達以上のヒロイン候補にはなり得ない……か。コイツらとは関係の深さが天と地の差だし。
「仕方ない、大人しく応援しよう。悠うううううう!! 頑張れええええええええ!!」
「それのどこが大人しくなんだよ!」
優梨奈が鳩尾を殴って来たとこで、俺の堂々とした応援が休止した。急死することになるかと思った。
叫んでる途中で鳩尾攻撃するなよ。
「見ろ、悠がボールを奪ったぞ! だが奥のアホ毛が邪魔だな……よし、あの男を暗殺するぞ」
「やめろ。サッカーなんだから相手がいるの当然でしょうが。何で亡き者にしようとしてんだよ」
親バカならぬある意味姉バカな、本当に犯行しかねない真空夜の腕を掴んで止めておく。真空夜興奮し過ぎだ、顔赤いぞ。
……コイツそんなはしゃいではなかったような?
「休憩時間だな。優梨奈、真空夜、ここで待っててくれよ」
「あん? 悠のとこにでも行くのか? んじゃ真空夜、移動しようぜ」
「いやここに居ろって言ったよな⁉︎」
「ジョーダンジョーダン」
優梨奈が楽しそうに笑う時は、からかって来てる時だ。大抵な。だからもしかしたら本当に移動するかも。それはやめてくれ場所分からなくなる。
とにかく、俺は急いでスタジアムを駆け下りて行く。理由は、悠がスポーツドリンクを忘れて行ってたからだ。
「おい悠! 飲み物忘れんなよ、倒れたらどうすんだ!」
「あっ、陽一だ。ねぇねぇ見てくれた? 僕、点取ったんだよ!」
「あーそうね。見てた見てた。バッチリ見てた。だからさっさと水分補給しろ」
「うんっ!」
心底楽しそうな悠はいつも以上にニコニコしてる。だから何となく頭を撫でてたら、観客席から「ホモがいる!」「本物のBLだ!」なんて聞こえて来た。まぁやめないけど。
後ろの声ばかり聞いてていつからなのか分からないけど、悠が上目遣いで俺を覗き込んでた。まぁ小さいから仕方ないけど。
「どうした? まだ休憩時間はあるけど、一応休んでおけよ?」
「うん。……陽一も、飲む? もしかして水分補給してないんじゃない?」
「お、よく分かったな。ちょっと貰うわ」
「ど、どうぞ……」
遠慮気味に渡すなよ、無理矢理みたいだろ。それと後ろ! 「間接キスだー!」とか騒ぐのやめろ。……てか本当だ間接キスだ! 男と! うーん、ま、優梨奈の誕生日にも優梨奈経由だけどしたからいっか。悠だし。
このスポーツドリンクは悠のなので、俺は少量だけにしといた。
「ほい、サンキュ。頑張ってな、悠。俺達あそこで──ってアイツらマジで移動しやがったのか。覚えてろこの野郎」
「あそこで何?」
「応援してるからな、って。じゃ、そろそろ戻るわ。じゃな」
「うん!」
悠の笑顔が弾けたことで、何か観客席の方から野太い歓声が上がった。よく聞くと「男の娘サイコー!」とか「可愛過ぎて死ぬ!」とか異常なセリフだった。
悠、お前大人気だな。俺のことしか見てないっぽいけど。
階段を上がっていたら、俺と悠のカップリングがどうとか鼻息を荒上げてる女子を見かけた。
「優梨奈! お前マジで逃げやがったのか。何処にいるんだよ、教えてくれなきゃいけないんだが?」
スタジアムの二階で、俺は優梨奈に電話をかけていた。笑い声がめっちゃ聞こえる。
『いやぁ悪りぃ悪りぃ。よーいち用に飲み物買ってやるとか真空夜が言い出してさ? ついてったはいいけど二人して迷子になったんだよ』
「何やってるのあんたら。バカ? バカなの? マップくらい見ろや。今どんなとこにいる? 迎えに行くわ」
『元の場所』
「帰ってたなら初めに言えや」
今の電話だけでどっと疲れたぞ。いつの間に元の席戻ってたんだよ。
つかうちの学校本当凄ぇな。何で練習試合でスタジアム貸し切ってんだよ。そんな金あんのか?
元の席に戻ったら、何か優梨奈が二つの席を占領してた。理由を聞いたら、俺の席を守る為だったらしい。
「陽一、陽一見ろ。悠が手を振ってるぞ」
「試合に集中しろよな、たく」
元気よく手を振る悠に手を振り返す。
何かこの試合で悠は一気に人気が上がったらしく、『悠ファイト』とか『愛してるよ悠』とか書かれた団扇を掲げてる男も居た。わー。
──午後四時半、練習試合は十二対七で幕を閉じた。結果は、俺達の学校が勝利。悠おめでとう、よかったな。
「あ、陽一待っててくれたんだ。お疲れ様、応援ありがと」
「おう、お疲れ様。おめでとう」
「ありがとっ」
悠からメールが来てた為、俺は真空夜達とは帰らずにスタジアムの入場口で待っていた。
ジャージ姿の悠と手を繋いで、バス停に向かう。駅まで向かうには、バスの方が早いからな。
「あーっと、あと十一分あるな。どうする? 駅まで歩くか?」
「……うーん、バス乗りたいな。今日疲れちゃった。陽一、僕が寝ちゃったらおんぶしてくれる?」
「仕方ねぇな、お前軽いから別にいいよ」
せめてバスが来るまでは待ってて欲しいけど。
悠は今日、体格に恵まれた連中とぶつかりあって頑張ったからな。俺でも疲れるのに、悠が疲れない訳がない。
俺はうつらうつらする悠を自分に寄りかからせて、バスが来るのを待った。──因みに、二分遅れて来やがった。
「悠、悠駅着いたぞ。起きろ」
「んにゃ……んっ、おはよー」
「はいおはよう。因みにもう直ぐ夜な」
バスが到着する前に寝た悠をおぶって乗車して、降りて、電車の中までおんぶで運んで、椅子に座らせた。電車も降りる駅に着いたので、悠を揺さぶって起こした。
寝起きのコイツ可愛いな。
「陽一、おんぶー」
悠が手を伸ばして甘えて来る。けど、流石に疲れたので拒否した。
「家までくらい歩いてくれ。そんなかからないだろ?」
「二十分以上かかるじゃん」
「そんなもんで済むだろう」
悠はぶぅっと、頬を膨らませる。眠いと悠は幼い子供の様になるみたいだ。……普段から子供みたいだけど。
途中でアイス買ってやったら、悠は目をパッチリと開いてされを頬張ってた。冷たいから目が覚めたんだろうな。
「ね、ね、陽一。陽一ちょっと待って」
「ん? 何だ? 今日一緒に寝て欲しいとかか? お前何かあると毎度ご褒美ねだるからなぁ」
「……違うよ。でも、ご褒美おねだりしたいのは間違ってないかな」
悠はもじもじと身体を揺らして俯く。それから、何か意を決した様な面持ちで、俺に眼を向けた。
こういう時、ラブコメなら夕焼けがヒロインを美麗な色に染め上げる。勿論、悠も染まった。男だけど。
「ご褒美、何が欲しいんだ? いいこいいこって、頭撫でられたいか? それとも、何か欲しい物でもあるのか? 食い物か?」
「ううん、どれも違うよ」
悠は首を振る。顔にかかった髪を退かして、ちょっとだけ震えた唇でご褒美を要求して来た。
「僕と明日……デートしてくれませんか?」
「な、何で男とデートせなならんのじゃ」
「……っ! お願い、勝ったご褒美だと思って、デートしよ?」
「いやだから……」
「お願いっ!」
悠は小刻みに震えながら、合掌して懇願する。何で男同士でデートなんてしなくちゃならないんだろう。優梨奈とか真空夜とかなら別に構わないんだが、悠は男だからなぁ。
でも、しつこいよな、悠。何で選りに選ってデートなんて言葉を選んだんだかは不明だ。一緒に買い物とかにしたら俺も即返答出来たのに。
つっても、悠は頑張ったから心を鬼にするのもつらい。
「仕方ねぇな、なら『二人でお出掛け』ってことで。デートではないからな」
「う、うんっ。それでいいよ、ありがとう。陽一大好きっ!」
「くっつくなって。たく……お前は同性愛者だと思われてもいいのかよ」
「それは無いもん……」
「何だって?」
「別に、何でも無いよ。それじゃ……また明日ね。おやすみっ!」
悠はまるで誤魔化してそそくさと家に帰った。まだ夕方だけどな、なんて思いつつその隣の家のドアを開けた。
明日は悠とデートか……。




