追手
ギェッ!
森の道中に置き去りにしていたバーティーは律儀に乗り手の帰りを待っていた。
なんていじらしくて可愛らしい!
お前は好きだ。無害で。
龍郎は思わずそう思った。硬い鱗とふわふわの羽毛が同在する頭を撫でると、クルルルと喉を鳴らした。
伸びている中田を1羽の背中に乗せる。
久々に力いっぱい殴り倒したのだ。そう簡単には目覚めないだろう。
「さて……、どうしたものか」
決めるべきはこの中田の処分と、これからどこへゆけば良いのかということ。寝泊まりする場所も探さなくては。野宿はゴメンだ。
「さっきの町にもどりましょう?」
「却下。あれだけ騒ぎを起こしたんだ」
「じゃあ王都に行きましょう! 何でもあるわ」
「却下。……行く先々でトラブル起こしてんな……」
「森の奥底でわたしとランデブーする?」
「俺はお前が嫌いだぜ」
「わたしはたつろうが大好きよ?」
いかん。
刺激してはいけないというのに思わず口に出してしまった。まぁ、冗談っぽく受けてもらえたから良いのか?
ふと少女を見ると、見知らぬブレスレットがあった。
「……それ、どうしたんだ。」
「気づいてくれた? たつろうって大雑把に見えてちゃんと見てくれてるのよね。そういうところも好きよ。……占い師に貰ったのよ」
「あの占い師か」
あの占い師はなんとなく胡散臭くて気に食わなかった。
「はずせ」
「え? 気に入っているのに」
「俺が気に入らないんだ」
「……嫉妬?」
「誰にだ!」
龍郎はハーブを噛んだ。少女は全くブレスレットを外そうとしなかったどころか、こちらにチラチラと見せつけるような動きを頻繁にするようになった。
「なぁ、この辺りにまた人の気配がするとかないか? 他の町に向かおう」
「少し遠いわ。でもこの子が居れば今日中に着くでしょうね」
バーティーは誇らしげに首を振る。
「硫黄の匂いがするもの。きっとそこには温泉があるわ!」
「風呂か……いいな」
「一緒に入りましょうよ」
「出来れば別がいいんだが」
「どんなときでもレディファーストですよね」
「いやこいつはレディに入んないだろ」
「たつろうは照れているのよね」
「はあ?」
レディファースト。相棒とダンスパーティーに行ったときに龍郎がリードしなかったせいで拗ねたことがあった。3日ぐらい根に持たれた。
あぁ、いやこの話はレディファーストと何ら関係がないな。
というか。
「誰だ」
知らず知らずの内に誰かが会話に入っていた。
振り返る……中田じゃない。
大柄な一人の男がそこに居た。するりと間に入ってくるとはただ者じゃない……と思ったが、その男にはまるで敵意がなかった。
「あ、はじめまして。あまりにも楽しそうだったので挨拶が遅れてしまいました」
「いや楽しくない」
「オンセンってなんですかね?」
「はあ? お前は誰だよ」
「オンセンってなんですか!?」
あまりの剣幕で変なことを聞いてくるため少したじろいだ。不審者だろうか?
「お湯がいっぱいあってそこに入るのよ」
「お、お湯がいっぱい!? 誰が沸かしているんでしょう!」
「勝手に湧いてくるのよ」
「え、勝手に!? すごい! 博士に教えてあげないといけませんね。あ、そうだ忘れていました」
男が向き直る。
「私、王都で竜にさらわれたという男性と竜の女の子を探しているんですよ。その男性なんですが、聖人さまを見てびっくりされたという方でして……情報によると貴方にそっくりなんです」
「いや、人違いだろう」
少女が頭巾をかぶっていてよかった。
「しかも市場でバーティーが攫われたそうで……あれ? そのバーティーはどこで手に入れられたのですか?」
「メシをやったら懐かれてな」
果物のかけらをやるとバーティーは嫌そうに顔を背けた。
「あの、申し訳ないんですけど身分証明するものはお持ちで?」
またトラブルが起きそうだ……そう思ったとき。龍郎は良いことを思いついた。
「あぁ。もしかして探してるのはこの男じゃないか? 王都から町へ来た知らない顔だ。なんだか慌てていてな」
そう言ってバーティーに乗せた中田を差し出した。
「たしかに! 変わった格好をしてますし。この人に違いないですね」
ばかめ。
「もしかしてその女の子は竜の……」
「いやこいつは俺の連れさ」
「恋人よ?」
「いや、まぁ、違うが。」
「はぁ、そうですか。それで身分証明のものはお持ちで? この道はもうすぐ王都の管轄外ですから、確かめられますけども」
「任意じゃないのか」
「出さなかった場合……えーと」
男は胸の内側を探り紙を取りだした。
「どちらにしろ王都へ行って再発行ですね」
「わかったよ、出すさ」
この世界の身分証明。
あの女の頭がおかしくなかったことを願うばかり。
「俺ぁ冒険者さ」
木彫りのストラップ。R·Tとイニシャルが掘られたそれは―――冒険者の証。
それが取り出された分ポケットが軽くなる。
「冒険者のお方でしたか!? 失礼いたしました!」
男は急に態度を改めた。いつしか冗談だと思って聞いていたことが真実だと証明された。
ところでそんなに偉いのか、冒険者というのは。
「しかもその木材は……一級冒険者!? えーと、あわわ、こういうときは……」
男はまた胸の内側を探り、紙を取りだした。
「『深く頭を下げ一応無礼を詫びましょう。冒険者の方々は優しいので許してくれますが、誠意を見せることで穏便に事を済ませます。』
なるほど! 失礼いたしました!」
男はカンペを堂々と読み上げ頭を下げさらに謝った。
「なぁ冒険者ってそんなに偉いのかよ」
「えーとですね。一級冒険者になるには……まず2級冒険者を1年以上努めた者が筆記試験の一般常識、生物学、地理学、魔物学、蘇生学の得点が8.5割以上、実技試験の得点が9割以上、魔法検定2級以上、救命講習を受けその後試験を行いお医者様に合格を貰い、魔物の撃退スコアが30以上でそのうち5体以上Aランクの魔物が含まれていること、サバイバルで1ヶ月自力で生き残る試験を合格し、一級冒険者と3対1の面接及び実技試験、最終的には王様の面接を経て、合格した暁には一級冒険者の証の授与と魔法効果が付与された短剣の保持の許可が」
「いや、もういいよ」
あのお姉ちゃんはエリートだったんだろうか。
龍郎は事の成り行きでこれを手に入れた事に少し後ろめたさを感じた。
「ともかくだ。その男を連れてさっさと王都に戻ることだ」
「そうですね、オンセンに行きたいところですが我慢しましょう。博士に急げと言われていますし」
「博士?」
「ええ。博士にこの人と竜の女の子を探すように言われましたので」
「……その博士ってのはその男のことを知っていたか?」
「さぁ? 聖人さまを見てびっくりした男を見つけろとしか言われてませんので。顔どころか名前も知らないご様子でしたよ」
「そうか……」
要注意人物が増えた。詳しくは知らないようだが龍郎と少女のことを探している。そして相棒と龍郎の関係を知っていて、相棒を「聖人さま」として利用したことも考えられる。
相棒に危害を加えた者だとしたら……?いずれ顔を合わせるべきだが「準備」は怠るな。
もしかすると黒幕に近い可能性もあるのではないかと思い、龍郎は身震いした。ぞくり、と手のひらに血が巡るのを感じる。
「では、私はこれで」
大柄な男は中田を担いで逆方向へ歩き始めた。偽物だとばれる可能性は大いにあるはずだから暫くは身を潜める必要があるだろう。
「あの人……どうなるかしら」
少女は中田の身を案じた。
「さぁ? 死刑にでもなるんじゃないか? 俺の代わりになるんならな」
「……助けなくていいの?」
「逆さ。あいつが俺を助けることになるのさ」




