目が覚めたら。
「何処だい、ここは」
思わずつぶやいてしまった。聞き慣れた低い自分の声がする。男はどうやら地面に寝ていたらしい。なぜなら目の前には青々とした木々の枝と隙間から見える青空があるからだ。木漏れ日が暖かく穏やかな午後であることを感じさせる。
「わわ! お気づきになったんですね!」
聞き慣れない明るい女の声。声のする方を寝ながら振り向くと、心配そうに見つめる女がいた。
10代後半ぐらいだろうか。三つ編みと大きな瞳が活発さを感じさせる。ただ服装が革の胸当て?に膝当て?のような変な格好である。腰には……短剣?の様なものも2本。今日はハロウィンではなかったはずだが。
敵意を持っているわけでは無さそうだと判断すると、男は億劫そうに起き上がった。
「あ、お帽子落ちましたよ」
「あ? 帽子?」
女が帽子を手に取ろうとする―――
「やめろ!」
「ひゃ、ひゃいっ!」
手に取る前に男はそのマフィア臭い黒い帽子を乱暴に取り上げた。この帽子を男は知っている。これは、あいつの、相棒の帽子だった。
辺りを見渡す。男と驚いて尻もちをついた女。この二人しかいない。あとは木々と小鳥の気配がするだけだ。男は立ち上がり女を見下ろして言った。
「なぁ、お姉ちゃん」
「ななな何でしょう?」
「ああ、いや、脅かして悪かったよ。このあたりに俺と似たような格好をしているやつがいなかったか?」
「へ、変な格好ですね!」
「はあ?」
男は別に変な格好では無い。Yシャツとスーツのズボン、安い革靴、トレンチコートとサングラスが男のスタイルだった。トレンチコートは前を閉めないのがイケてる!
一通り自分の格好を確認して、男は自前のサングラスがないことに気がついた。自分の目つきがあまり好きではない男にとって、サングラスがないことはあまりに致命的だった。まつげが長くて垂れ目なもんで、幼い頃からかわいい、かわいいと言われ続け、その反感か常に眉間にシワが寄っていた。
「変じゃねえだろ、別に」
「変わった格好ですよね! もしかして旅行者の方ですか? でも荷物は何もないし、ホントに変だなぁ。」
「それよかこのあたりに人がいなかったかって聞いてんだよ」
「あ、えーと、私は森の中を巡回してたんですけど! 全然あなたしか居ませんでしたよ!
こんな道端で倒れてて心配したんですよーホント。この辺りは魔物もおおいみたいですし……」
「魔物?」
「そうなんですよ! 何も持たないまま森に入るなんてありえないです! もしかして魔物に荷物取られちゃいました?」
このお姉ちゃんは頭がパアなんじゃないだろうか。
ともかく。
気がついたら手ぶらで森の中に居るなんてのは異常事態だ。男は記憶を探る。
確か仕事を終えたあと、予約しておいたビジネスホテルへ向かった。部屋に入って、相棒はシャワーを浴びに行った。かたや自分は確か、TVを観ながら一杯やろうとして……。
ここから先の記憶がまるでない。
まさか泥酔してこんなところに来てしまったなんてことは無いだろう。……たぶん。
お気に入りのアナログ式腕時計を見ると3時半を示していた。ホテルの部屋に着いた時点で確か午後10時だったはずだから、ここで目が覚めるまで15時間も空白がある。
相棒がいない。目が覚めると見知らぬ森の中。
……まずい予感がする。
男は小さく舌打ちをして、タバコに火をつけた。ライターの音が心地良い。気分を落ち着かせてくれるこの煙はもう一生離せないだろう。
「変なもの吸うんですねえ」
「だから変じゃねえよ」
「変わったことするんですね。まずそー!」
ピクリと自然に眉が上がってしまった。
所持品を確認する。スマホ、タバコ、ライター、財布、使ったことのない護身用の鉄の塊。丸々所持品が残っていることに少し驚く。一つも欠けていない。
スマホを確認すると、当然のように圏外だった。電波がつながるところに行けば、相棒と連絡がとれるかもしれない。
「お姉ちゃん、ここは一体何処だい?」
「この森は王様の森ですよ!」
「オーサマ?」
このお姉ちゃん、本気で役に立たないぞ。
スマホでマップを開く。
「なぁ、日本のどのへんだよ。地名とかでいいんだぜ」
「変な地図ですね! もしかしてそういう遊びですか?わーい!」
「本気で怒るぞ」
そろそろ限界だ。
「怒んなくてもいいじゃないですか。しょーがないので私の地図を貸してあげます!」
そう言うと女は張り切って古ぼけた地図を取り出した。まるで宝探しにでも使うような。
「……なんだこりゃ」
日本なんてどこにもなかった。一つの大陸があるだけで、その一部に〇〇の村だの森だの挙げ句の果に王都なんてものもあった。
男は呆れ返った。
「地図はもういいや。この森を抜けたいんだけども」
「それなら任せてください! これでも私、一級冒険者です! 困った人がいたらぜったい見捨てませんよ! 魔物からも守ってあげるし、王都まで送ってあげますね!」
「あぁはいはい、冒険者ね」
女は自慢げに腰に挿した短剣(?)と、冒険者の証という「R・T」と彫られた木目のきれいなペンダントを見せびらかした。秘密基地に案内されないことを心から願う。
なんて頭が残念な女だろうか。見た目はかなりイケてる部類だってのに。もしかして大学受験とかでストレスに押しつぶされてしまったのだろうか。
「私、リータ・テルイトです! よろしくお願いします!」
「ああ。俺はスズキだ」