第534話 魔力0の大賢者、影炎を封じる
「俺の炎が効かないとはな。……それで二人で俺を相手しようってことか?」
黒炎を纏った影を見やりながら、ファインが低く笑った。
「いや、戦うのはあくまで僕だけだよ」
「何だと? どういうつもりだ」
「実体化したのは君の黒炎への対処手段としてさ。影を襲う技なら――影がない僕には通じないだろう?」
ファインは一瞬だけ目を細めた。そしてすぐに得心したように息を吐く。
「――そういうことか」
視線が僕と影の間を行き来する。
納得した顔だった。
最初から二対一にするつもりはない。
影を喰らう炎なら、影を分離させればいい。
単純な発想だ。
「つまりお前は、俺の影炎さえ封じれば倒せる……そう思ってるわけだな」
「…………」
僕は何も答えなかった。
沈黙だけが返る。
ファインはそれを見て、口の端を歪めた。
焦りは見えない。
やはり彼の強みはそれだけじゃない。
「だったら教えてやる。俺が教団から得たのはギフトだけじゃねぇ――」
ファインの足元の空気が歪む。
「――預流果!」
言葉が放たれた瞬間、場の気配が変わった。
リングの空気が一段階、重くなる。
「あれは……! 前にお兄様を狙ってきた教団の男が使っていた力!」
ラーサが思い出したように叫ぶ。
ダンゼツ――確かにあの男も同じ力を使っていた。
「オラァ!」
次の瞬間。
ファインの拳がリングへ叩き込まれた。
轟音――石造りのリングが蜘蛛の巣のように割れる。
その中心から、圧縮された衝撃波が一直線に走った。
まるで地面そのものが突進してくるかのような勢い。
以前ダンゼツが見せた力よりも明らかに威力が上だ。
それでも――僕はその場から動かなかった。
腕を交差し、正面から衝撃を受け止める。
衝撃が身体を揺らす。
リングの床が砕け、足元が沈む。
だがそれだけだ。
「直撃とは……避ける暇すらありませんでしたか?」
バジルの嘲る声が響く。
しかし、土煙が晴れた瞬間、その声は驚愕へ変わった。
「馬鹿な……強化されたファインの一撃で無傷だと?」
「当然です! お兄様の防御魔法を破れるわけがありません!」
ラーサが誇らしげに言う。
ただのガードなんだけどね。
「俺の技には魔切りが乗ってる。それでも魔法で防いだってのか……」
ファインの声が低くなる。
「なんなんだテメェは」
「そう言われてもね」
僕としては普通に受け止めただけだ。
だがファインは歯を食いしばった。
「仕方ねぇ……だったら更に上だ」
「更に上だと?」
「まだ何かあるのか!」
アズールとガロンが同時に声を上げる。
しかしファインの雰囲気は変わらない。
むしろ、さらに深く沈むような圧力が漂い始めた。
「一来向!」
叫びと同時に、ファインの身体を淡い光が包み込む。
その光は一瞬だけ膨れ上がり、すぐに消えた。
だが次の瞬間――彼の立つ場所の空気が明らかに違っていた。
重力が変わったかのような存在感。
静かな圧力がリングを満たす。
「まさか一来向まで使わせるとは」
バジルが感嘆するように呟く。
「ですがこれでもう終わりだ、大賢者」
どうやら相当自信があるらしい。
ファインはゆっくりと肩を回した。
「さぁ掛かってきな」
そして、右手を軽く持ち上げる。
指先を自分の方へ折り曲げる。
――来い。
そう言わんばかりの挑発。
「先手は譲ってやる」
「それじゃ、行くよ」
僕は地面を蹴った。
距離を一瞬で詰め、拳を放つ。
だが、ファインの身体がわずかに揺れた。
それだけで僕の拳は空を切る。
「マゼルの攻撃が避けられた!」
「あの速度を……!」
ドクトルとガロンの声が重なる。
僕は間髪入れずに連撃を放つ。
拳、蹴り、肘。
だがファインは、まるで未来を知っているかのようにそれらを避けていく。
すべて紙一重。
「そんなもんか、大賢者!」
鋭い声。次の瞬間――回し蹴りが飛んできた。
僕は左腕を差し出して受け止める。
――重い。
衝撃が骨まで響く。
リングの床が削れる。
足元が滑り、ガリガリと石を削りながら後退する。
数メートル。
そこでようやく止まった。
「どうやら俺の方が一段上らしいな」
ファインが笑う。
「どうかな」
僕は右手に意識を集中させた。
体内を流れる電気を一点へ集める。
「あれはお兄様の雷魔法!」
ラーサの声。
僕はそのまま拳を振り下ろし地面へ叩きつける。
瞬間――リング全体に稲妻が走った。
無数の電撃が床を伝い、蛇のようにうねりながらファインへ襲いかかる。
規則性はない。
逃げ場を塞ぐ電撃の群れ。
しかし。
ファインは動いた。
最小限の動き。
一歩。
半歩。
身体をわずかに傾ける。
それだけで、すべての電撃が空を切った。
「そんな……お兄様の魔法が!」
「ククッ……無駄なことだ」
バジルが笑う。
「今のファインに愚か者の魔法など当たりはしない」
次の瞬間。
ファインの拳が再び地面へ落ちた。
ドンッ!
先ほどよりも巨大な衝撃波が放たれ、僕は横へ飛んだ。
しかし、その着地地点に――ファインがいた。
「視えてるんだよ、テメェの動きは!」
拳が迫る。僕は腕を交差させ、防御を構えた。
その瞬間。
ファインの口元が歪む。
拳は来ない。代わりに――制服の襟首を掴まれた。
「なっ――」
次の瞬間――身体が宙を舞った。
凄まじい力で、リングに叩きつけられる――




