第528話 魔力0の大賢者、天敵になる?
「炎が駄目なら――肉弾戦といくか」
ミクスが口角を吊り上げた。
直後、その体がぎしりと音を立てながら縮こまり、丸く収束していく。
分厚い甲殻が重なり合い、まるで巨大な鉄球のような姿へと変貌した。
鎧のような皮膚と質量。
あれにまともに当たれば、ただでは済まない。
「スピンメタルボウルって魔物はな、硬い皮膚を武器にしてこうやって転がって相手を粉砕する。当然――俺はそいつより強ぇ」
甲殻の隙間から、ぞわりと何かが突き出した。
鋭い針。
「シャープヘッジホッグの針は下手な剣より鋭い」
「で、お前のはそれ以上って言いたいんだよね?」
「よく分かってんじゃねぇか!」
鉄球の表面から無数の針が展開する。
「メタルボウルの勢いとシャープヘッジホッグの針を組み合わせた最強の体当たり――くらいやがれ!」
地面を抉りながら、ミクスが高速回転で突撃してきた。
轟音。
地面が削れ、木々が薙ぎ倒される。
「言っとくが、避けたところで無駄だ。蟲の触覚のおかげでテメェの位置は分かる!」
「逃げる必要なんて――ない!」
真正面から迎え撃つ。
針の回転の僅かな隙間。
その一瞬を見切り――
拳を叩き込む。
「通破拳!」
打撃と同時に、気を内部へと叩き込む。
外殻がどれほど硬くとも関係ない。
衝撃は直接、内側を打つ。
「グハァッ!」
鉄球が弾かれ、空中へ舞う。
回転が乱れ、ミクスの姿が元の形へ戻る。
甲殻の隙間から、苦悶の息が漏れた。
「曲芸は見飽きたよ。そろそろ――」
言い終わる前だった。
背後から風を切る音。
反射的に振り向いた瞬間、尾が迫る。
高速でしなる尾の先端――鋭い針。
肩に突き刺さった。
「マゼル!」
「ハハッ、油断したな」
ミクスが立ち上がり、勝ち誇る。
「デッドスコルピオンの尾だ。針には猛毒。終わりだな」
毒が回る感覚は……ない。
「悪いけど」
肩から針を引き抜き、尾を掴む。
手刀一閃。
尾が切断され、地面に落ちた。
「僕には毒は効かないよ」
尾を投げ返す。
「なっ……毒が効かねぇだと? それも魔法かよ」
ただの抗体だ。
転生前から積み上げた体質の賜物。
「てか、あっさり切りやがって。これでも結構痛ぇんだぞ」
「知らないよ」
言い捨てると、ミクスの表情が変わった。
軽薄さが消え、獣のような目になる。
「なるほど……ことごとく俺の技を潰すテメェは、俺の天敵ってとこかもしれねぇな」
勝手に認定されても困る。
「だが、それでいい」
低く笑う。
「だったら俺も本気を出す」
「今まで本気じゃなかったと?」
「精々四割ってとこだ」
出し惜しみして押されてる時点でどうかと思うけど。
「これからは本気だ。嬉しいだろ?」
「別に――」
「ただし、溜めが必要でな。三十秒だ。ちょっと待ってろ」
ミクスが腰を落とし、力み始める……。
はぁ――ため息が出た。
僕は静かに構えを取る。
腰だめで右手に気を集束。
「お、おい待て! 三十秒待てと言ってんだろう!」
「何で僕がお前の自己満足に付き合う必要があるの?」
学園の状況も気になる。悠長に待っていられない。
ミクスが愕然とする。
「は、はは……そうか。そうだよな。甘かったのは俺か」
笑いながらも、目は焦っている。
「いいぜ! だったらとっておきを――」
気は十分に集まった。
決める。
「行くぜ! オール――」
「百歩神――」
放とうとした、その瞬間。
「悪いけど、そこまでにしてもらおうかな」
横から声。ミクスの隣に、ローブ姿の人物が現れた。
フードを目深に被り、顔は見えない。
一瞬――空間が歪む。
次の瞬間、ミクスごと消えた。
転移魔法――。
「――今のは?」
静まり返った森。気配は完全に消えている。
「仲間か……」
取り逃がした。
けれど。
「ふぅ、仕方ないね」
「マゼルぅぅぅうう!」
次の瞬間、ビロスが勢いよく抱きついてきた。
「ちょ、ビロス!?」
いきなりは心臓に悪い。
「あいつ逃げた! マゼルに勝てないと思ったから! マゼルの勝ち!」
「えっと……まぁ、そうなるのかな?」
乱入者が止めた形にも見えたけど、結果は結果だ。
ビロスの体温が伝わる。
さっきまでの緊張が、少しだけ緩んだ。
でも。
その瞬間――
「……これは」
全身を撫でるような殺気。
学園の方角――濃い。
嫌な気配で満たされている。
さっきまでの戦いに集中して気づかなかった。
「ビロス、ごめん。僕、急いで学園に戻らないと」
ビロスは一瞬寂しそうな顔をしたが、すぐに笑った。
「――うん。ビロスは大丈夫。皆、マゼルを待ってる」
そっと離れる。強い子だよねビロスは。
「ありがとう。行ってくる」
「うん!」
ミクスの気配はない。
ローブの人物も。
だが。
学園から放たれる殺気は、確実に増している。
僕は地を蹴った。
次の戦場へ――。




