第526話 歪んだ真実の果てに
side イロリ
「――いかがでしたか?」
人形の動きが止まりバジルがゆっくりと両手を広げた。
「これでお分かりいただけたでしょう。ファインが復讐のために教団へ身を投じた理由も。彼が何を失い、何に絶望し、何を憎んできたのかも」
芝居がかった口調が陰に溶ける。
「全ては必然。彼は被害者であり、そして加害者となった。それだけの話です」
その言葉を最後に、場が静まり返った。
誰も口を開かない。
黒竜の巨大な翼がはためく音だけが、やけに遠くに聞こえた。
――俺は馬鹿だ。
胸の奥から込み上げたのは怒りでも反論でもない。ただ、悔恨だった。
ギャノンが何かを隠していることには気づいていた。
だが、ここまでだったとは。ファインの家族を殺したのもファインに罪を被せたのも――自分の馬鹿さ加減に反吐が出る。
証言台に立つ準備はしていた。
ファインの人柄を、努力を、家族への想いを、すべて語るつもりだった。
それが当然だと思っていた。
だが現実は違った。
俺は、守れなかった。
「今の話……本当かよ」
沈黙を破ったのはアズールだった。
怒りを抑えきれない目で、こちらを睨みつけている。
「先生、あんた……本当にあいつを見放したのかよ!」
拳を握り締め、今にも殴りかかってきそうな勢いだ。
俺は目を伏せた。
「……事実だ」
それだけを告げた。
「ふざけるな!」
アズールが一歩踏み出す。
「証言台に立たなかったって! それで終わりかよ! あいつはあんたを信じてたんだぞ!」
リミットも言葉を失っている。
何か言いたそうに唇を噛み、ただ立ち尽くしている。
その時だった。
クツクツ、と低い笑い声が響いた。
「やっと気がついたか」
ファインだった。
血と煤にまみれた顔で、歪んだ笑みを浮かべている。
「だから前に言ったんだ。この男が平気で生徒を裏切る教師だったらどうするってな」
その言葉で、アズールの表情が凍る。
「……あんた」
ゆっくりとファインを見る。
「確か学園のOBだって言ってたよな……」
ファインは口元を吊り上げた。
「そうだ。ま、結局卒業は出来なかったが、こいつの教え子だった男だよ」
バジルが愉快そうに手を叩く。
「いやはや、美しい構図ですね。信じた教師に裏切られ、復讐に染まる教え子。実に人間らしい」
「黙れ」
俺が低く言う。
「おやおや。図星ですか?」
その時、一歩前に出た人物がいた。
「君は誤解している」
ゲシュタルだった。
「余計なことを言うな」
俺は制止する。だがゲシュタルは首を振った。
「悪いけど聞けないかな。これは事実だからだ」
ファインの視線が鋭くなる。
「証言台に立たなかったのはイロリの意思じゃない」
場が凍りつく。
「裁判直前に、証言の取り下げが上層部から通達された。理由は“学園の評判を守るため”。実際に取りやめを決定したのはリカルドだ。イロリは、裁判が終わるまでその事実を知らされていなかった」
アズールが目を見開く。
「何だよそれ……だったら悪いのはリカルドじゃねぇか!」
怒りの矛先が変わる。
だが俺は首を振った。
「関係ない」
自分でも驚くほど、声は静かだった。
「悪いのは俺だ」
全員がこちらを見る。
「俺は教師だ。生徒を守る立場にあった。知らなかったで済む話じゃない。気づけなかった時点で、俺の負けだ」
リカルドから真実を聞かされたあの日、俺は急いで裁判所に向かった。だが判決が下りた事を知った瞬間、膝が崩れ落ちた感覚を、今でも覚えている。
間に合わなかった。
ただ、それだけだった。
「だから俺は、お前を責める資格はない。ファイン」
ファインの瞳が揺れる。
「だが――」
胸の奥から、ようやく言葉が出た。
「それでも俺は、お前がこれ以上罪を重ねるのを見過ごす事は出来ない」
静かな宣言だった。ファインの笑みが消える。
空気が張り詰める。
黒竜が低く唸った。
そして俺は告げる。
「だからこれで終わりにしよう。俺を殺せファイン。それで全て終わりだ」




