第521話 ファインの過去①
side ファイン
妹のサラは、重度の魔欠症だった。
魔欠症とは、体内の魔力が常に外へ漏れ出してしまう病だ。その上、自力で魔力を生成・回復することが極めて困難――しかも、完治する方法はいまだ発見されていない。
サラの場合は特に症状が重く、体内で魔力を生み出す機能そのものがほとんど働いていなかった。
放置すれば、確実に死に至る。
だから妹は、常に魔力回復薬を点滴によって投与し続ける必要があった。だが症状が重度であるがゆえ、一般的な魔力回復薬では回復量が追いつかない。
結局、薬師の紹介で――両親は聖魔教会を頼ることになった。
教会が提供する【聖魔水】は、市場で流通している魔力回復薬よりもはるかに効果が高い。
だが当然、その分だけ代償も大きかった。
教会は「代金」を請求しない。
代わりに求められるのは――お布施。
気持ちで構わない、とは言う。
だが相場よりも少ないと「在庫がない」「順番待ちだ」と理由をつけて提供が後回しにされる。
うちは商人の家系ではあったが、平民として特別裕福というほどではない。
教会へのお布施が続くにつれ、生活に余裕はなくなっていった。
そのことを、一番申し訳なく思っていたのは――間違いなくサラだ。
点滴につながれたまま、申し訳なさそうに笑う妹を見るたび、胸が締め付けられた。
兄として、何もできない自分が情けなかった。
十歳を過ぎてからは、俺も両親の仕事を手伝うようになった。
時間を見つけては働き、少しでも家計の足しになろうとしたが――稼げる金は、駄賃程度だ。
両親は「助かるよ」と礼を言ってくれた。
だが、それが焼け石に水であることは俺自身が一番わかっていた。
だから最初は、俺も商人になろうと思っていた。
少しでも早く稼ぎ、家を支えたいと。
だが――サラの苦しむ姿を見続けるうちに、考えは変わっていった。
俺が商人になっても、根本的な解決にはならない。
サラを救うには、病気そのものを治す必要がある。
そして知ったのが、近年注目され始めた分野――魔導医療だった。
魔法と医学を融合させた、新しい医療。
もし最新の魔導医療を学び、研究することができれば……サラを救える方法が見つかるかもしれない。
そう思った時、迷いはなかった。
俺は両親に頼み込んだ。
魔法学園の入学試験を受けさせてほしい、と。
家が苦しいことはわかっていた。
だから、学費は勉強しながら稼ぐ仕事を探す、とも話した。
だが――両親は、そんな俺を見て、静かに微笑んだ。
『お前がそこまでサラのことを考えていたなんて……私は誇らしいよ』
『学費のことは心配しなくていい。お前は、自分で決めた道を行きなさい』
『そうよ。私たちのことなんて気にしなくていいの』
『貴方を学園に通わせるくらいの蓄えは、ちゃんとあるわ』
その言葉に、俺は堪えきれず涙を流した。
そして、心に誓った。
――絶対に学園で結果を出す。
――魔導医療の道へ進み、サラを救う。
そうして迎えた、魔法学園への入学。
だが――入学式で知らされた現実は、あまりにも無情だった。
一年Fクラス。
学年最底辺、落ちこぼれの集まるクラス。
希望に胸を膨らませていた分、その評価は重くのしかかった。
教室を見渡せば、クラスメートたちの顔も沈んでいる。
Fクラスから始まって、上に行けるのか。
学園に通う意味はあるのか。
不安と諦めが、教室の空気を支配していた。
――そんな中、教室に入ってきたのが担任教師、イロリだった。
イロリは一度、何も言わずに教室を見回した。
腕を組み、机に凭れ、俺たち一人ひとりを値踏みするように眺める。
そして、口を開いた。
「知っての通り、ここはFクラスだ」
淡々とした声。
それだけで、胸の奥が冷たくなる。
「学園の最底辺。落ちこぼれの集まる場所――そう呼ばれている」
言葉が、重く突き刺さる。
担任ですら、そう言うのかと、心が沈みかけた――その時。
「だが――」
イロリは一歩前に出て、黒板を拳で叩いた。
「――そんなもん、糞食らえだ!」
教室が、静まり返る。
「そろいもそろって暗い顔しやがって。いいか、お前ら。ここはFクラスだ」
イロリは笑った。
だが、その目は真剣だった。
「つまりだ。これ以上、下はねぇってことだ」
その言葉に、何人かが顔を上げる。
「下を見るな。見るのは上だけだ」
「どん底から這い上がる人間ほど、強くなれる」
イロリは指を立て、天井を指した。
「お前らには、その資格がある」
「俺はそう信じてる」
そして、拳を握り締める。
「だから――お前らも、俺を信じろ」
「お前らが成長するために、俺は全力を尽くす」
その瞬間。
教室の空気が、わずかに変わった。
絶望だけだった場所に、かすかな熱が灯る。
――それが、イロリ先生との出会いだった。
この日、Fクラスで語られた言葉は。
確かに、俺の胸に深く刻まれた。




