第51話 魔力0の大賢者、領地を駆け回る
前回のあらすじ
ヒゲ男ズ達を援護した。
「いやぁああぁあ! こないでこないでこないでよぉおぉおおおお!」
群がる魔物に、ラーサが魔法を連射した。エアロカッターからファイヤーボールにファイヤーバードとおぼえてる魔法をとにかく連射してる。
でもその気持もわからなくもないかな。ラーサと母様が相手しているのはゾンブリ。ようは台所によく現れる黒いアレを大きくしたのだ。これは気持ち悪い!
正直、僕から見てもこれはキモい。しかもデカイのだ。その体長はラーサの首下から足下までぐらいある。そんなのがうじゃうじゃと出てくれば悲鳴も上げたくなるってもんだよね。
だけど、ラーサも相当魔法の扱いが上手くなっている。ゾンブリは次々とひっくり返ってピクピクと痙攣し、そして死に至るんだけど、この魔物が厄介なのはむしろここからで、なんと動きを止めた直後、ヒョイッとひっくり返り直して、せめてくる。
実はこのゾンブリ、死ぬと自動でゾンビのような状態で蘇ってしまう。つまり死んだまま動き出す。おかげでただでさえタフなあの虫がよりタフになってしまうから嫌になるよね。
でも、今回に関して言えば相手が悪かった。何せこっちにはもと神官の母様がいる。
「白き光、聖なる祈り、死者は土に、魂は天に――ホワイトエクソシス!」
祈りを捧げるようにしながら詠唱を紡ぎ、魔法を発動。甦ったゾンブリが光に包まれていき、再びパタパタパタパタ倒れていった。しぶとさが売りの台所の悪魔も、妹と母様のコンビにはかたなしだね。
「来るが良い! 以前はまんまとしてやられたが、今度はこの私の手で倒す!」
そして父様が相手をしているのは、以前森で出くわしたヘヴィービートルだ。あの時は結局父様を無視して僕の方へ向かってきて愛妹を怖がらせたからつい力が入っちゃって、倒しちゃったんだよね。
でも、今回は父様が自ら倒すつもりなようだ。ヘヴィービートルは前と同じく自らに魔法をかけて重量をまして父様に体当りしてくる。
一方父様も自己強化魔法で肉体面と剣の切れ味を強化。魔力が両方によく満ちている。
「ハァアアァアアァア!」
裂帛の気合を込めて、父様がヘヴィービートルとすれ違う――すると、ヘヴィービートルの胴体に線が走り、半々に分かれて落下した。
父様が体当たりを躱しつつ、すれ違いざまに斬りつけていたんだ。ヘヴィービートルの外皮は固いけど、流石騎士の父様だけあるね。
「やった! やったぞ! お、おお大賢者マゼルよ見ていたのか! ふふ、どうだ父さんはやったぞ!」
「凄いですお父様!」
うん、ものすごく喜んでるね。前に僕が倒しちゃって横取りしたみたいになってて気になっていたから良かったよ。
でも、剣が大分傷んでるな~父様は毎日手入れは欠かしてないけど、やっぱり長年使っていると疲弊するよね。
う~ん、今度、父様の誕生日に剣を贈ってあげたら喜んでくれるかな?
「お、お兄様ぁ~~ひ~~ん」
「あらあら、これは少し数が多いかも~」
父様も無事魔物を倒したし、ここもみんなに任せて大丈夫そうかな? と思っていたらラーサが涙声になっていた。
見ると、ゾンブリが更に数を増している。あれ? 大分減ったと思ったのに? と思ったら、そうかどうやら雌も多かったらしく死ぬと同時に卵を生んでしまったらしい。
それが成長したんだろうけど、でも妙だな? 確かに孵化は早い方の魔物だけど、早すぎる気も? とにかく、流石に物量に差がありすぎるし、何より愛妹を泣かすのは許さん!
「はッ!」
僕は大量のゾンブリに向かって突きを放つ。妹と母様には影響しない範囲内の空気をふっ飛ばした。この時ついでに魔力の源である魔素も吹き飛ばしておいた。ゾンブリは死んだらゾンビ化してまた動き出すけど、例えアンデッドでも実は動き回るには魔力が必要でこれがなければ動けない。つまりゾンブリはこの時点でゾンビ化することはない。
バッタバッタとひっくり返っていくゾンブリ。だけどこれだけで終わらない。空気と魔素が消し飛んだことでポッカリと真空が出来る。そこに今度は空気も魔素も押し寄せる。その吸引力で真空の外側にいたゾンブリも引き寄せられ、骸も含めてゾンブリ同士が激しくぶつかり合い粉々に砕け散った。
「お、お兄様! お兄様~~~~」
ふぅ、ゾンブリを倒して一安心といったところだけど、ラーサが僕の胸に飛び込んできた。そ、そんなに怖かったの?
「よしよしもう大丈夫だよ」
「うぅ、気持ち悪かったのです。えへへ~」
あれ? 何か泣きながらニヤけてるような? それだけ怖かったってことかな。やっぱり女の子だね。
「ラーサ、僕、他の畑もみてくるから」
「はい! 今のでお兄様パワーも補充できましたからこっちは大丈夫です!」
お兄様パワーってなんだろ? 何か母様も「あらあら」ってニコニコしてるし。
「はっはっは! 大賢者マゼルよ、いつも頼りっぱなしでは私も立つ瀬がない。ここは私に任せてくれてかまわないぞ!」
「うん、頼りにしてる。それじゃあ行ってくる!」
「はい、お兄様頑張って!」
皆に見送られて北西の農地に向かう。そこではアイラとメイサさんがやってくる魔物と戦っていた。畑は錬金魔法で壁で囲まれていて、わらわらよってくる蟲の魔物は、メイサさんの殺虫魔法で駆除されている。
うん、ここは本当に問題なさそう。殺虫魔法が強い上、防御はアイラの錬金魔法が完璧過ぎる。他の冒険者は殺虫魔法から逃れた魔物を退治しているけど、メインはこの2人だ。
「……マゼル、私、役に立ってる?」
するとアイラが僕に気がついて言葉をかけてきた。
「うん、すごく助かるよ。何か手助けになればと思ったけど、これなら僕の出番も特には――」
「「「「キシャァアアアァアァアア!」」」」
だけど、どうやらそれは甘かったのかもしれない。
「な、なんだこいつら!」
「やべぇ、土に潜む暴れん坊! グロースレーゲンヴルムだ~~~~!」
冒険者達がどよめき出す。そいつらは土の中から姿を見せた。そう、グロースレーゲンヴルム、こいつらはようは巨大なミミズだ。ただ普通のミミズよりも獰猛で口が大きく開いて牙も生え揃っている。
それに尾から吸い上げた土や砂利を高速で吐き出すという特徴もある。ちょっとした防具でも砕くほどの威力があるし、なにより土の中に出たり入ったりを繰り返すから、なれてないと厄介に思えるかも知れない。
今回も土の中に潜んでいたからか、メイサさんの殺虫魔法から逃れられたし、折角の畑を守る防壁も土中からでは効果が薄い。
しかもあっちこっちから顔を出してきていて、外側だけでも4匹、畑狙いで更に地面に潜んでいるのが4匹いるのは感じ取った。
こうなると、やっぱり援護の必要があるかな。だから、僕は地面に拳を撃つ! 大地が鳴動し、土中の魔物の鳴き声が聴こえてきた。
やってることは単純だ。地面を激しく小刻みに震わせることで、土そのものを武器としてすり潰した。外に出てきていたグロースレーゲンヴルムも土の中の胴体が千切れ傾倒する。
「……凄い――」
「噂には聞いてましたが、これほどとは……」
何か冒険者もざわついているけど、とにかくこれで厄介な魔物は倒せるね。
「……やっぱりマゼルに比べたらまだまだ……」
「そんなことないよ。2人のおかげで凄く助かってる!」
「……本当?」
「勿論!」
本当にそう思う。2人がいたからこの場所を安心して任せられる。あ、勿論他の冒険者もね。
「……えへへ、役立てて嬉しい」
ハッ、こ、これは可愛い。普段あまり表情に出ないから、ときおり見せる笑顔がより映えるな~。
「そ、それじゃあ残りの場所へ行くね」
「……ん、頑張って」
そして僕は残った西の農地へ向かう。ここはネガメの両親の畑があったんだよね。




