第516話 限界の先
side ガッツ
「どうしました?」
余裕を孕んだ声が、痛みに霞む意識の奥まで届く。
「このままでは全身を切り刻まれ、肉ミンチになるだけですよ?」
言葉と同時に、また一筋の痛みが走った。
皮膚を裂かれ、肉を削られる感覚。
それなのに――体は異様なほど熱かった。
(……熱血拳、切られたはずなのに)
炎は消えている。
だが、体の芯はまだ燃えている。
「ぐっ……!」
踏ん張ろうとした瞬間、衝撃。
体が宙を舞い、背中から床に叩きつけられた。
「おっと。少々、力を入れすぎましたか」
声が遠い。
それだけ吹き飛ばされたということだ。
――でも。
(この距離なら……)
息を吸う。
肺が熱を帯び、心臓が強く脈打つ。
「滾る熱血! 熱くなれ心臓! 熱い拳と燃え盛る蹴り――」
声を張り上げるたび、恐怖が後退していく。
「――熱血魔法・熱血拳!」
再び、炎が手足を包んだ。
視界は閉じたまま。それでも、確かに“感じる”。
「……性懲りもなく、また魔法ですか」
鼻で笑う気配。
「何度使おうと、私が切れば終わりだというのに」
「この魔法は……」
拳を握る。
震えは、ない。
「僕の修練の証ッス。努力は……絶対に、裏切らないッス」
「では、現実を教えて差し上げましょう」
金属音。
次の瞬間、乾いた発砲音が廊下を震わせた。
――来る。
床に弾丸が当たり、弾ける。
反射。軌道。狙い。
(首だ)
僅かに頭を傾ける。
風を裂く感触が頬をかすめた。
「……何だと?」
初めて、戸惑いの色を含んだ声。
「運の良いやつだ」
二発目、三発目。
だが、もう偶然ではない。
弾丸が床に触れ、壁に跳ねるたび、
空気の揺れが“教えてくる”。
「ありえん……まさか本気で四向四果を――いや、違う!」
武器を変える気配。
火銃から、刃物へ。
(わかる……全部、わかるッス)
「何故だ……何故、当たらない!」
「これが心眼ッス! 熱血旋風脚!」
腰を捻り、脚を振り抜く。
炎の旋風が掠める。
――惜しい。
「避けることは覚えたようだが……そんな攻撃では、預流向の私には届かない!」
確かに、このままじゃ駄目だ。
一歩足りない。
(だったら……百歩、踏み込むッス!)
「これで決めるッス! 百歩熱血拳!」
全てを乗せた一撃。
「愚か者が! 一度見た魔法は通じんぞ――」
――切られた。
炎が散る感覚。
だが、その瞬間。
「……まだッス!」
右が切られることは、わかっていた。
だから――
「百歩熱血拳・双撃!」
左。
下から突き上げる、渾身の一撃。
「――っ!?」
確かな手応え。
だが、同時に――体が限界を迎えた。
炎は消え、視界は闇のまま。
拳を握る力も、残っていない。
(……でも、ここまで来れた)
◆◇◆
side ビホルダ
――完全な判断ミスだ。
最初の一撃で炎が消えた。
だから、終わったと思った。
だが、違った。
右を切らせる前提での、左。
下からの二撃目。
反応が、僅かに遅れた。
(だが……まだ倒れてはいない)
そして、理解する。
こいつは心眼など使っていない。
何故なら私の接近に気がついていないから――魔法も、今は使っていない。
――なら、答えは一つ。
高温化した周囲。
温度差による空気の歪み。
それを“感じて”避けていた。
(小賢しい……が、それもここまでだ)
ナイフを振り下ろせば終わる。
そう思った、その瞬間。
「……ガッツくんには感謝ですね」
背後から、女の声。
「なぜ……動ける……?」
凝視が、切れている――?
◆◇◆
side イスナ
ビホルダの声が、明らかに揺れています。
理由は単純。
彼自身が想定していた以上に、ガッツくんの攻撃が効いていた。
魔狩教団の使うギフトも万能ではないという事でしょう。
使い手の集中と負担に、強く依存しているのかもしれません。
「大丈夫です、ガッツくん」
私は一歩、前に出ました。
「ここから先は――私たちが引き受けます」
「……馬鹿な。ならば、もう一度――!」
再び、視線が集束する。
ですが。
「光の精霊は、既に展開しています。屈折した光の向こうに、貴方の視線は届きません」
「な……!」
一度看破された技は、もはや脅威ではありません。
「凝視、でしたか。理解してしまえば、その程度の力です」
「くッ……ならば――!」
背後。
ガッツくんの首元に、ビホルダの刃。
――卑劣ですね。
「……随分と見苦しいですね」
「黙れ! こいつを見捨てられるか!」
「……お願い、ウィスプ」
私の声に反応して生じる閃光。
「ぐあああああ! 神に授かった私の瞳がぁああ!」
「神を語る資格など、貴様にはない」
クイスが踏み込む。
「精霊剣――風の剣舞!」
疾風の連撃。
ビホルダは、為す術もなく崩れ落ちました。
――終わりました。
私は視線を落とし、静かに息を整えます。
「……よく、耐えましたね。ガッツくん」
それは、ただの勝利ではありません。
覚悟が、力を越えた瞬間でした。




