第514話 憧れの背中
side ガッツ
胸の奥が、熱く軋んだッス。
視界を閉ざした闇の中で、相手の気配を探りながら拳を構える。
恐怖がないと言えば嘘になる。見えないというだけで、世界はこれほどまでに不安定になるのかと、今さらながら思い知らされていたッス。
それでも――。
この感覚を、僕は知っている。
逃げたくて、悔しくて、それでも立ち上がらなきゃいけなかった、あの時と同じだ。
――あれは、今から二年前のこと。
◆◇◆
僕は小さな村の出身ッス。
父さんは既に他界していて、母さんが一人で僕たちきょうだいを育ててくれていた。
母さんは、いつも笑っていた。
だからこそ――倒れた姿を見た時、頭が真っ白になったッス。
病気だった。治すには薬が必要だった。
村の皆に頭を下げ、必死に頼み込んで、ようやく集めた薬代。
長男の僕が、その大金を抱えて学園都市まで薬を買いに行った。
だけど――。
「返すッス! それは母さんの大切な薬代ッス!」
「はッ。母さん? テメェのババァなんて知るかよ」
「そんなババァの薬代に使うくらいなら、俺たちが有意義に使ってやるよ」
「この金も、その方が報われるってもんだ」
学園都市で、僕は三人組の男に騙された。
外から来た人間を狙い、言葉巧みに金を巻き上げる連中――後で知ったが、珍しい話でもなかった。
取り返そうとしても、僕の力じゃ三人相手に何もできなかった。
「いい加減しつけえんだよ。スーパーパンチ!」
「ぐほっ!」
腹部に膝蹴りを受け、地面に倒れ込む。
息ができなくて、視界が滲んで、何より悔しかったッス。
「パンチとか言って膝蹴りかよ」
「しかも強化魔法まで使ってえげつねぇ」
「こういう馬鹿には体で教えるのが一番だ」
三人は嘲笑しながら、立ち去ろうとしていた。
――その時ッス。
「――漢とは何だ?」
低く、よく通る声。
「あん?」
「何だこいつ?」
「背中……でかくね?」
三人の前に立っていたのは、異様なほど大きな背中だった。
視界を塞ぐほど広く、微動だにしない背中。
その背中が、三人組の行く手を遮るように立っていた。
「答えろ。テメェらにとって漢とはなんだ?」
「何言ってんだテメェ」
「わけわかんねぇこと言ってんじゃねぇぞ」
「その金はお前らのもんじゃねぇ。母親の薬を買うために必死にここまで来た。その想いを踏みにじるのが漢のやることか?」
一拍置いて、男は吐き捨てるように言った。
「否! お前らは――漢の風上にもおけねぇ。ゲス野郎だ」
「あん? 背中見せたまま語ってんじゃねぇぞボケが!」
「泣く子も黙る俺らに背中向けて勝てると思ってんのか?」
「あのガキみたいにテメェもボコボコにしてやるよ」
「やれるもんなら――やってみろぉ!」
そこから先は、あっという間だった。
背中を向けたまま――
その人は、三人を瞬殺して見せた。
気づけば、地面に転がっていたのは三人組の方だった。
そしてその人は、何事もなかったように僕に薬代を手渡してくれたッス。
その時、僕は知った。
あの人の名前が――ムスケル。
魔法学園に通う学生だということを。
おかげで母さんの病気は治った。
その日から、僕は決めたッス。
――あの背中を追いかける、と。
それから僕は畑仕事も手伝って、必死に勉強して、入学試験にも合格して。
ようやく同じ学園に通えるようになったッス――
◆◇◆
――だからこそ。
僕は、ここで負けるわけにはいかないッス。
「ムスケル先輩の背中に追いつく為にも――ここで倒れるわけには行かないッス!」
「フンッ。誰かは知りませんが、所詮は学生。大したことはないでしょう」
ビホルダの声が冷たく響く。
「なんなら今頃、私の仲間の手で惨めに倒れているかも知れませんねぇ」
「そんなことはないッス! ムスケル先輩も僕も負けないッス!」
僕は息を吸い込み、全身の熱を一点に集中させる。
「百歩熱血拳!」
声と音、空気の揺らぎ――
見えなくても、位置はわかるッス。
「やれやれ。やはり愚かだ」
次の瞬間、衝撃音。
そして、胸部を走る鋭い痛み。
「ぐッ……!」
切られた。正面から。
「我々は魔法を切れる。お前が何を使用しようが無駄だ」
魔法を切る――魔狩教団の業。
普通に魔法を撃っても届かない。
視界も封じられ、遠距離からは攻撃される。
――それでも。
「滾る熱血! 熱くなれ心臓! 熱い拳と燃え盛る蹴り――熱血魔法・熱血拳!!」
再び炎を纏わせる。
心臓の鼓動が、やけに大きく聞こえたッス。
その直後、乾いた音。
足を貫く激痛。
「グッ!」
「お前の浅はかな考えなどお見通しですよ。視覚以外で位置を探っているようですが――」
ビホルダの声が、遠くから響く。
「我々には火銃という便利な武器がある」
火銃。
遠距離から、容赦なく――。
ハハッ。
これは我ながら……かなりのピンチッスね。




