第512話 敵対しない理由
side イスナ
「一体、何を企んでいるのですか?」
私は率直な疑問を、そのままビホルダにぶつけた。
魔法使いを狩り続けてきた魔狩教団の人間が口にする言葉とは、とても思えなかったからだ。
「何も企んでなどおりませんよ。そもそも我々が粛清すべきは、神の力を我が物顔で使用している人間のみ。あなた方エルフは、その対象ではありません」
「貴様の目は節穴か? 我らも魔法を使う。この魔獣を倒したのも魔法によるものだ」
クイスが低く反論する。
「ええ。確かにエルフも魔法を扱う。ですが、あなた方が使うのは精霊魔法。精霊と心を通わせ、精霊に愛された者のみが行使できる力です」
ビホルダは淡々と続ける。
「人間が使う、力だけを奪い取った偽物とは異なる。自然の理に根差した、高貴な力――」
「……だから、エルフとは敵対しないと?」
「その通りです。ですからご安心を。このまま引き返していただければ、こちらから手を出すことはありません」
言葉の端々に嘘は感じられない。
しかし、それでも――納得できる話ではなかった。
「そういうことでしたら、今すぐこのような馬鹿げた真似はおやめください」
私は一歩、前に出る。
「魔獣の暴走に関与しているのであれば、今すぐ止めさせるのです」
「それは無理な相談ですね」
「何故ですか。私たちはこの魔法学園の生徒です。エルフである私たちが通う学園を襲撃する行為は、敵対と同義でしょう」
「残念ながら」
ビホルダの声が、わずかに冷たくなる。
「我々はエルフに手を出すつもりはありませんが――愚かな人間は別です。特に、学園で魔法を学ぼうなどという行為。それは決して見過ごせません」
やはり、人間への敵意は揺るがない。
説得は、ここまでのようだ。
「それならば、仕方ありません」
私は静かに告げる。
「私たちは全力で、あなた――いえ、魔狩教団を止めます」
「右に同じ。姫様の意思に従い、このクイス全力を尽くす」
交渉決裂――
そう思った瞬間、ビホルダが不意に問いを投げてきた。
「――何故ですか?」
「何故、とは?」
「あなた方エルフが、そこまでして人間に肩入れする理由です」
仮面の奥の視線が、鋭くこちらを射抜く。
「まさか知らぬわけではありますまい。かつて人間が、エルフにどれほど酷い仕打ちをしたか」
その言葉に、私の脳裏に過去の光景がよぎる。
「……その表情。やはり知っているのですね」
「――話には聞いています」
私は息を整え、答えた。
「確かに、人間とエルフの間には深い溝がありました。かつての人間の中には、エルフを奴隷として扱う者も少なくなかった」
「その通り。愚かな人間はエルフに首輪を付け、物のように扱った。その屈辱――忘れられるはずがない。そうでしょう?」
私は一瞬、目を伏せ――そして、はっきりと顔を上げる。
「……確かに、わだかまりのすべてが消えたとは言い切れません。ですが」
胸に手を当て、続けた。
「そんな私たちを救ってくれたのも、人間でした。かつてのゼロの大賢者が、私たちを救ってくれたのです」
その名を出した瞬間、ビホルダの雰囲気が変わった。
「大賢者様は、人の過ちを正し、大陸から差別をなくした。そして、エルフと人とを繋ぐ架け橋となり、共存の道を示したのです」
「……なるほど。ですが、こうは思わないのですか?」
ビホルダが言葉を挟む。
「かつての大賢者が、エルフを利用するために、敢えて味方のように振る舞っただけだと――」
その瞬間だった。
抑えていた感情が、限界を超えた。
「――ッ!」
気付けば、火の精霊王の拳が、ビホルダへと振り下ろされていた。
「驚きましたね。いきなり攻撃してくるとは」
ビホルダは軽やかに跳躍し、その拳を避ける。
「精霊剣――土の爪壊!」
間髪入れず、クイスが追撃する。
床が隆起し、巨大な爪のように変形してビホルダを襲う。
だが、ビホルダはそれすらも跳躍で回避した。
(……違和感)
その動きを見て、私は確信に近い感覚を覚える。
「貴方もですか。随分と攻撃的ですね」
「大賢者様を愚弄する発言、看過できない」
クイスも同じ想いなのだろう。
「やれやれ。確かに敵対するつもりはありませんでしたが――」
ビホルダが肩をすくめる。
「一方的に攻撃されては、話は別ですね」
「無駄だ」
クイスが剣を構えたまま言い切る。
「今のでわかった。お前たちでは、我々には勝てない」
クイスが言い放ち、私を見る。
「……ですよね、姫様?」
「ええ。間違いありません」
「ほう。それはまた、随分な自信ですね。理由を聞いても?」
「――魔切り」
私は静かに告げた。
「それが魔狩教団の特技でしたね。ですが、今あなたはそれを使わなかった」
「司祭を名乗る者が使えぬとは思えん。つまり答えは一つだ」
「魔切りは――精霊魔法には通じない」
一瞬の沈黙。
やがて、ビホルダが小さく笑った。
「ええ。その通りですよ。我々の魔切りは、人間の魔法を断つための業。精霊そのものを断つものではありません」
あっさりと認めましたね。
「ですが、何故わざわざそれを私に。そのまま攻撃を続ければ良かったでしょうに」
「諦めてほしかったのです」
私は真っ直ぐに見据える。
「私たちは戦いを望んでいません。もし、あなたに本当にエルフへの敬意があるのなら――降参し、仲間にも止めるよう伝えてください」
ビホルダはしばらく黙り込み――やがて、深く息を吐いた。
「……なるほど。確かに、このまま戦っても勝ち目はない」
どうやら戦意は喪失したようですね。
「それに正直、この襲撃には私自身も疑問を抱いていました」
意外な言葉だった。
「いいでしょう。その提案に乗ります。ただし、その前に――どうしても、お二人に話しておきたいことがある」
「話、ですか?」
「ええ。現代の大賢者――マゼルとも、深く関わる話です」
マゼル様の名を出された以上、聞かないという選択肢はない。
「……わかりました。聞かせてください」
「では、もう少し近くに」
「――姫様。油断なされぬよう」
クイスが小声で注意を促す。
私たちは警戒を解かぬまま、ビホルダに近づいた。
「――凝視」
低く呟かれた一言。
次の瞬間、ビホルダの瞳が妖しく光り――私の体が、完全に硬直した。
「フフッ。上手く引っかかってくれましたね」
くッ――動けない。
「ご安心を。私のギフト【凝視】で動きを封じただけです。それ以上のことはしません」
凝視――恐らくあの瞳を見たのが悪かった。警戒していたつもりなのに、しっかり話を聞くためについ視線を合わせてしまった。
「いずれ束縛は解けます。その頃には、すべて終わっているでしょう」
その背後から――
「ハァアアァアアァアアアアアアッ!」
熱量のこもった叫び声。
「熱血旋風脚!」
炎を纏った蹴りが、ビホルダに迫る。
しかしビホルダは軽く身を翻し、それを回避した。
「――何者だ?」
「僕はガッツ! 女性に手を出す不届き者は許さないッスよ!」
ガッツ――Dクラスの生徒。
(まさか、この子が……)
予想外の乱入者に、場の空気が大きく揺らいだ。




