第495話 目には目を
side アズール
「クソッ、煙で分身まで作るのかよ!」
「素直に諦めるんだな」
「ぐっ!」
飛んできたナイフが足を掠める。皮膚が裂け、熱を伴う痛みが走った。
――近づかずに投げナイフで甚振るつもりか。まったく姑息な奴だ。
俺の全身も燃え上がったままだ。自分の炎が肌を焼く。
このままじゃ、どっちが先に焦げるかの勝負になる。
「チッ……この霧の中でどうすりゃいいってんだ」
視界はほぼゼロ。音も煙に吸われて反響が鈍い。
次にどこから来るかも読めない。そんな中、頭の奥で――
『……情けない奴だ。目には目を。分身には――』
声だ。あの“中の奴”の声。
脳裏に、赤い炎の影が形を取り始めた。
「はっ、やっと出てきやがったか。誰だか知らねぇが、借り一つだな!」
俺は地を蹴り、詠唱を叫ぶ。
「燃え上がる全身、浮かび上がる陽炎、二重の烈火――バーニングドールッ!」
轟音と共に炎が弾け、その全身が燃え盛り、影のように揺らめく炎に包まれる――
その熱気は煙すら焼き払う勢いだ。
「ぐわぁああああ!」
俺は大きく悲鳴を上げた。炎に包まれた感情を声に乗せて――
「ハハッ! 馬鹿が自爆しやがったな。だったら俺が楽にしてやる!」
ヴァルドが笑いながら突っ込んでくる。
ナイフを構え、炎に飛び込む瞬間――背中を狙っていた。
だが、突き刺したそれは炎に包まれて霧散した。
「な、まさか……!」
「――目には目を、だ。煙野郎!」
俺はヴァルドの背後から掴みかかった。バーニングドールは炎の分身を作り出す魔法だ。
わざと悲鳴を上げ、分身を囮にして動きを誘い、逆に本体で襲う。
煙の中でも、相手が炎に近づけばわかる。
しかもナイフで攻撃を仕掛けたってことは、そいつが本物――それだけで十分だ。
「馬鹿な! お前が分身を使えるなんて聞いてねぇぞ!」
「たりめぇだ、さっき覚えたばっかだよ!」
燃え上がる腕で奴を抱え込み、さらに炎を強める。
「さぁ――一緒に燃え尽きようぜ!」
「は、離せッ……ぐ、ぐわぁあああぁぁぁ!!」
火柱が爆発的に上がり、炎と煙が弾け飛ぶ。
ヴァルドの悲鳴が掻き消え、視界が真紅に染まった。
……だが同時に、全身を襲う熱。
自分の体が焼けるのがわかる。気を抜けば意識が飛ぶ。
『――重度の損傷を確認。保険魔法を適用します』
冷たい声が頭の中に響いた。
次の瞬間、焼け爛れた皮膚が再生し、痛みが消えていく。
「ふぅ……助かったぜ」
だが、すぐに気づいた。ヴァルドには何の治癒も起きていない。
焦げた体を残して、動かない。
「……こいつら、保険魔法の契約してなかったのか? 俺たちを舐めすぎだろ」
肩で息をしながら、周囲を確認する。
――だが、煙はまだ消えない。
「マジか。こいつを倒しても残るってのか……」
しゃがみ込み、ヴァルドの手を見る。
その指には銀の指輪。試合開始時にはなかったはずだ。
「まさか……位置を探るための道具か?」
俺は指輪を外そうと指に手を掛けた。だが――
「キツッ! どんだけピッタリはめてんだよこいつ……くそ、こうなりゃ意地でも外す!」
戦いの後とは思えない執念で、俺は必死にヴァルドの指輪と格闘していた。
◆◇◆
side ガロン
「どうしたどうした、足が止まってるぞ!」
バルゴが岩の斧を振り回す。空気を裂く重音が響いた。
斧の速度自体はそこまで速くない。だが――煙が邪魔だ。
視界が悪く、相手の位置を見誤れば終わる。
無理に動けば、逆に隙を作る。
「ガハッ!」
それでも、バルゴの一撃が直撃した。
岩の塊のような斧が胴を叩き、俺はリングを転がった。
「クリーンヒットだな!」
嬉々とした声が煙の向こうから聞こえる。
痛みが鈍く広がる。切れ味は鈍いが、純粋な質量が重い。まるで岩そのものをぶつけられたような衝撃だ。
「このままじゃ、保険魔法が発動する……」
自分の体を支えながら呟いた。
けれど、バルゴの声がそれを嘲笑う。
「ハッ、保険魔法なんざ今さら関係ねぇよ! 治ったところで、叩き潰すだけだ。連続適用なんてされねぇからな!」
ルールも倫理も関係ない――。
だが、だからこそ俺はルールを守る。マゼルが信じる戦い方を、俺も貫く。
「それよりお前、さっさと“アレ”になれよ。獣人みたいに変身できるんだろ? それと戦いたくて、わざわざお前を選んだんだからな」
バルゴの声が嘲るように響いた。
――獣化魔法。確かにあれを使えば勝てるかもしれない。だが、理性を失う。
バトルロイヤルは団体戦だ。
俺が暴走すれば、味方を巻き込む。誰よりも危険を知っているのは、俺自身だ。
「……出来れば使いたくない」
握った拳に力がこもる。
だが、バルゴの巨体が煙の中から迫る。岩の鎧を纏い、笑みを浮かべながら。
「どうする? 理性を取るか、勝利を取るか」
低く響くその声に、俺の喉が鳴った。
――選ばなければ、やられる。




