第489話 魔力0の大賢者、上級生との魔法戦に挑む
ラーサ大丈夫かな……。
ロベール会長に敗れてから、ラーサの様子が目に見えて変わった。最後の挨拶の時も心ここにあらず、アネに話しかけられても反応が薄い。
やっぱり、負けたことが堪えたんだろうか。
「それにしてもラーサでも通用しないなんてな」
「――生徒会長には“読まれていた”。私も正直、気になってはいたけど」
「え? アイラも何かわかってたの?」
「――マゼルにもわかっていたと思う。ラーサは扱える属性が増えたし、魔法の数も多い。だけど、魔狩教団との戦いから“あまり成長していない”……」
アイラの真剣な声に、胸をぐさっと抉られた気がした。
大事な妹だからって、僕も“成長”という面から目を背けてたのかもしれない。
「マゼル。お前は妹の心配をしている場合じゃないぞ。そろそろ時間だ」
イロリ先生が腰を上げる。そうだ。次は――Zクラスが三年生とやる番だ。
「おお! ついに出番だな! マゼル、妹のことで腑抜けた試合すんなよ」
「わかってる。ラーサも、そんな僕は見たくないだろうしね」
「マゼルはわかってる。ラーサのためにも“いい試合”にする」
「マゼル様ならきっと大丈夫です」
「ビロスもマゼルのこと応援してる!」
「マゼルなら相手が誰でも勝てます! ありえるのです!」
「ちゅ~!」
「頑張れよ、マゼル!」
「しっかりこの眼鏡で見届けますね」
皆の声が背中を押してくれる。僕たちは試合場へ向かって歩き出した――その時。
「おい、Zクラス」
後ろからラクナの声。振り返ると、真っ直ぐな目。
「お前らはSクラスと引き分けたんだ。無様な試合はしてくれるなよ」
一瞬きょとんとしたけど、すぐにわかった。これ、ラクナなりの激励だ。
ありがとうね、ラクナ。
「クマちゃんと一緒に応援してるね♪」
「あたしもフルボイスでしっかり声出して応援してやんよ!」
「ハハッ、君がフルボイスで応援したら気絶者が続出してしまうよ」
「違いないね。ま、しっかりやりな」
「勝手に燃えて精々自滅しないようにな」
「お前それ絶対俺に向けて言ってるだろう!」
最後のフレイザの言葉にアズールが噛みつき、舌打ちしながら拳を突き上げて答えていた。なんだかんだ、良い空気だ。
僕たちはイロリ先生を先頭にリングへ――。
「よぉ。来たな」
向こう側の控え席にギャノンがいた。あのニヤついた顔で、こっちを値踏みするみたいに見ている。
嫌な予感しかしない。
「それではこれより、三年Dクラス対一年Zクラスの魔法戦を始める。互いに試合に出る順番を決めるように――」
「ちょっと待ってくれよ」
ウィンガル先生の説明を、ギャノンが遮ってそのままリングに飛び乗った。
「勝手にリングに上がるんじゃない」
「まぁまぁ。なぁ、理事長! 聞いてくれ!」
ギャノンが観客席の理事長席に向けて声を張る。リカルドが視線だけで促す。
「魔法戦もずっと同じじゃ、見てる方も退屈だろ? だから俺はこの試合を“三年と一年による五対五のバトルロイヤル”にすることを提案するぜ! 三年か一年、どっちかが全滅するまでやる! どうだお前ら? その方が愉しいだろう?」
歯を剥いて笑うギャノン。――ここで、ルールごとひっくり返す気か。
「いい加減にしろ! 何を勝手なことを!」
「まぁ待て」
ウィンガル先生が詰め寄った瞬間、リカルドが片手で制した。
「確かに、慣例だからとこれまで同じルールで続けてきた。だが、生徒が自主的に提案してきたことを、頭ごなしに却下するのも違うだろう」
リカルドの視線が、僕たちZクラスに向く。
「どうだ? Zクラスが問題ないなら、三年の提案通りで行ってもいいと思っている。……もちろん、自信がなければ断っても構わないが――」
言い方が実にリカルドらしい。挑発にほんのり皮肉を混ぜてくる。
わかっているんだ、この言い方ならZクラスが引き下がらないって。
「上等だ! どんなルールだろうと負けるかよ! そうだろお前ら?」
「勿論だ。むしろ腕が鳴る」
「バカにされっぱなしなんて癪だもんね」
「私は“決められたルールに則って行動する”だけです、とお答えします」
「私は多分出ないけど、馬鹿にされるのはごめんね」
「そうだね。ここまで言われたらね」
「う、うん! どんなルールでも皆なら大丈夫だよ!」
「ガウ!」
「ピィ~!」
「……バトル――ロイヤル」
アズールに続いて、ガロン、リミット、メイリア、メドーサ、ドクトル、アニマ――それにシグルとメーテルもやる気を見せる。
シアンは少し不安げだけど、目は前を向いていた。
ギャノンのことだ。何か仕掛けてくるだろう。けど――逃げるわけにはいかない。
「先生、僕たちは受けようと思います。どうですか?」
「お前らがそう決めたなら、やればいいだろ。……そういうわけだ、理事長」
「うむ。それでは“三年Dクラス対一年Zクラスの試合は、バトルロイヤル方式”で行う!」
リカルドの宣言に、会場中がどっと沸いた。空気が一気に熱くなる。
やるしかない。ここで勝って、見せる――!
◆◇◆
「準備は万全ですか? ファイン」
「あぁ。問題ない。が、随分とゴツい連中を用意したもんだな」
「フフッ、この日のために手懐けておいた危険な魔獣たちですよ。人間たちの定めたランクで言えばBランクやAランク、それにSランクもね」
「――戦力を整えるのはいいが、俺の邪魔はするなよ」
「勿論。ただし貴方も“マゼル”のことは忘れずに」
「――邪魔をするなら、どんな奴でも容赦はしないさ」
「結構。では、そろそろ行きましょうか。愚かな連中に罰を与えにね――」




