第487話 魔力0の大賢者、生徒会長とラーサの試合を見守る
「ラーサ! 頑張ってぇえええ!」
思わず立ち上がって声を上げると、ラーサがこっちに気づいてふわっと微笑んでくれた。
はぁ、あの笑顔はまるで天使だよ。この笑顔を見るためだけでも学園に来て良かったって思える。
「いいからさっさと座れよマゼル!」
「ほんと、妹のことになると周りが見えてないのね」
アズールに腰を押され、メドーサに呆れられた。うぅ……妹のこととなると、つい、ね。
「……マゼル」
アイラがそっと声をかけてきた。やり過ぎてみっともなかったかな。
「あ、ごめん。うるさかったよね」
「そうじゃない――マゼルはラーサを応援してる。でも……もし生徒会長が噂通りの力なら、双方にとって酷な試合になるかもしれない――」
アイラの表情は硬い。会長の実力。直接見たことはないけど、大将を務める時点で察するべきだろう。
「心配してくれてありがとう。でもきっと大丈夫。もし負けても、ラーサなら必ず糧にできるよ」
「――マゼル……うん、そうだね。きっと」
「マゼル様の妹君であるラーサ様なら、試合で負けてもへこたれるなどありえません」
「ちょ!」
イスナがするっと会話に入り込んで、なぜかアイラを押しのけ気味。いや、その熱量はありがたいけど!
「ビロスもラーサを応援してる! マゼルと一緒に応援!」
「わわっ!」
後ろからビロスが抱きついてきた。応援は嬉しいけど、その距離感は色々ドキドキするから!
「ビロスはありえません! 離れてください!」
「そうですよ! もっと適切な距離感を!」
「姫様、あまり興奮されると精霊が……」
「ちゅ~……」
アリエルとイスナがビロスを引きはがし、クイスが精霊の暴走を心配し、ファンファンは若干あきれ顔。
「ハハッ。マゼルの周りはいつも賑やかだね。メイリアも楽しいんじゃないかい?」
「ただただ呆れております、とお答えします」
「この状況でも陰陽のバランスが保たれているのは、マゼルの影響と言うべきか。さすがであるな」
「当然さぁ。マゼルは皆の太陽――」
「そこ! もう少し静かにしたまえ! 目に余るようなら退場とする!」
『ごめんなさい……』
ウィンガル先生の一喝に、みんな素直に謝った。
「全く……気を取り直して、生徒会執行部 対 特別学区の大将戦を始める」
「生徒会執行部会長、ロベール・オドニア・フラジリスだ。君の本気を楽しみにしているよ」
「ラーサ・ローランです。よろしくお願いします」
「ラーサ、目にもの見せてやりな!」
「ラーサちゃん、頑張って!」
ロベール会長とラーサが挨拶を交わす。観客席からはアネとアンの明るい声。アネは出られないぶん、親友のアンが預かっている形なようだね。
「まずは君の魔法がどんなものか、見せてもらおうか」
開始の合図。会長の声音は穏やかだけど、底が知れない。
「随分と自信がおありなんですね。なら、遠慮なく――緑の凪、刻みの空、風の傷、追い立てよ刃――エアロカッター!」
先手を切ったのはラーサ。放たれた風の刃が会長を切り裂かんと奔る。
「私相手に様子見かい? ――光あれ、ライトシールド」
短い詠唱。会長の前に光の盾が瞬時に展開され、風刃はきれいに弾かれた。やっぱり詠唱省略は当たり前って顔だ。
「やりますね! それなら――飛炎の鳥、燃え上がる朱、意思を持つ火、獲物を狙う翼――ファイヤーバード!」
次は火。無数の炎の鳥が意思を持つかのように舞い、会長へ殺到する。シールドに対して角度と数で崩す判断、悪くない。
「なるほど。――光あれ、シャイニングレイ」
指先から射線が雨のように走り、炎の鳥は次々と撃ち抜かれて霧消した。
「浮き上がる土塊、落ちる衝撃、重厚なる巨岩――ロックフォール!」
土へ切り替え。リングから打ち上げられた土塊が岩へ変じ、頭上から降り注ぐ。
「おいおい、あの子いったい何属性扱えるんだよ!」
「風に火に土って、どれだけレパートリーあるのよ!」
周囲がどよめく。ラーサの多彩さ自体は十分に脅威だ。――けど、会長の視線は、どこか冷めているようにも見えた。
「――光あれ、シャインステップ」
足元が一閃。会長は軽やかに、けれど人以上の速度で岩の雨を縫うように躱していく。
「天の鳴動、輝く雷鳴、黄金の鉄槌、迸る雷、打ち砕け障碍――ブレイクサンダー!」
読み切っていたかのように、ラーサの雷が会長を捉えた。白煙がぶわっと立ち上がる。
「やったなラーサ!」
「これは決まりよね!」
「――そう上手くいくといいけどねぇ」
シルバとフレデリカが沸く一方、アネは冷静だ。
「一発、もらってしまったか」
「え?」
煙が晴れる。そこには涼しい顔のロベール会長。ラーサの目が見開かれた。
「そ、そんな……無傷だなんて」
「驚くことではない。雷はヘンリーも得意だ。彼とはよく魔法の鍛錬で打ち合っている。それに比べれば、この程度は大したことではない」
「大した……ことじゃ、ない?」
言葉を失うラーサ。信じられない、そんな顔だ。
「――どうした? “すごい、才能に溢れてる、見事だ”とでも言って欲しかったかい?」
「そ、そんなこと!」
「君は優秀だ。これだけの属性を扱えるのだから才は確かにある。だが――君の魔法からは君が見えない」
淡々とした言葉なのに、刃のように刺さる。ラーサの動揺が、こっちにも痛いほど伝わってきた。
「わ、私にはまだ使える魔法がある! ――天空の輝き、煌めく矛、その光で闇を穿て――ライトジャベリン!」
「――私相手にいい度胸だ。――天空の輝き、煌めく矛、その光で闇を穿て――ライトジャベリン」
同じ詠唱、同じ魔法。けれど、質が違う。
ラーサの無数の光槍より、会長のたった一本の光槍のほうが、圧倒的に鋭く、洗練されている。
会長の槍が直線で貫き、ラーサの光はまとめて撃ち抜かれた。槍はラーサの横を通過し、背後のリングに着弾――光柱がドンと立ち上がる。
その迫力に、観客席から息を呑む音が重なった。
「それで? 君の“お披露目会”は、まだ続くのかな」
「あ、あ――」
言葉が出ない。ラーサがじりじりと後ずさる。気圧されてる――完全に。
「――ブルックの青魔法、シルバの銀魔法、フレデリカの妖精召喚、グリンの植物。彼らは魔力だけ見れば君より低いだろうが、それぞれの魔法から“個性”が滲んでいた。君には、それがない。残念だ。――光あれ、ルミナスバースト」
会長が指を弾いた瞬間、視界が爆ぜるような閃光が走った。
眩しさで会場がざわめく。……けど僕は、目を凝らしてしっかり見える。光の芯、そこにある動きがわかるから。
光が収束した時――会長はラーサを軽く抱え、リング端に立っていた。
「これで終了だ。お嬢様」
ガラス細工でも扱うように、ラーサをそっと場外へと降ろす。その丁重さが、逆に“格の違い”をくっきりと描き出してしまう。
「――場外! 生徒会執行部の勝利とする!」
ウィンガル先生の宣言が響く。
会長は背を向け、ゆっくりと歩き出した。残されたラーサは、光の失われた瞳で、ただ呆然と立ち尽くしていた――。




