第485話 魔力0の大賢者、ヘンリーの試合を見る
「ぷっ……ほら見ろよ。口ほどにもないじゃないか」
リングを降りてきたフレデリカに、シルバが皮肉を飛ばす。
「う、うるさいわね! 黙ってなさい!」
顔を真っ赤にして言い返すフレデリカ。その気高さだけは崩さまいとする姿に、僕は思わず感心した。
「続いて副将戦を始める。両者はリングへ」
ウィンガル先生の声で、リングに上がる二人の姿があった。
特別学区側はグリン。ラーサたちが魔狩教団に囚われた時、彼の冷静な判断で皆が逃げ延びたんだった。
そして生徒会執行部からは――ヘンリー。
魔法学園に入る前、僕は彼と一度だけ魔法戦を経験している。あの頃から雷鳴魔法の扱いは群を抜いていたけど、こうして学園で戦う姿を見るのは初めてだ。
「特別学区副将――グリン・キーパーなのだよ」
「僕は生徒会執行部副会長、ヘンリー・マナール・ロンダルキアさ。君たちのような未来ある後輩を持てたことを光栄に思うよ」
そう言ってヘンリーがグリンに薔薇を手渡した。
グリンが少し困惑しているけど、あぁいうところは昔から変わらないね。
「――試合開始!」
ウィンガル先生の号令。直後、ヘンリーが両手を大きく広げ――
「僕は美しい!」
「は?」
ヘンリーの突拍子もない発言に、アズールが目を丸くした。……うん、気持ちはよくわかるよ。
「――そう、だって僕は皆の僕だから! 美しいと書いて僕と読む!」
「い、一体何のつもりなのだよ」
ヘンリーの謎の言葉にグリンはさらに混乱していた。アリエルも額を押さえている。
「お兄様、いつもながらその詠唱はありえないのです」
「ちゅ~」
「え! あれ詠唱だったの!?」
リミットの素直な驚きが会場にこだまする。
……まぁ、最初は誰だってそう思うよね。
「――ほら見てごらん、すっかり雷も僕の虜さ。さぁ君も浴びてごらん、僕の美しき雷撃!」
「なッ!?」
轟音と共に雷がグリンの目の前に落ちた。
グリンは咄嗟に後方へ飛び退き、ヘンリーとの距離を取る。
「驚いたのだよ。今のが詠唱だったとは」
「ふふふっ。僕の美しさを知ってもらおうと思って考えたのがこれさ。どうだい、伝わったかな?」
「――確かに伝わったのだよ。これならなんとかなるかもしれないとね!」
グリンの目が鋭く光った。周りの生徒たちがざわめく中、彼は腰の袋から種を取り出し、リング上にばら撒く。
「芽吹けよ緑、成長の促進、緑の蔦は時に牙を剥く――植物魔法・グリーンファング!」
地面から一斉にツタが伸び、口のように変化しヘンリーへと迫った。
しかし――
「我は王でありそしてまた雷なり! この身をもってそれを証明せん! 皇雷脚」
ヘンリーの脚が一瞬光を帯び、雷の弾ける音と速度を上げ回避した。
「なるほど。雷の力で速度を上げたのだよ」
「君のツタも立派だったけど、僕の輝きの前では少し影が薄いね」
軽口を叩くヘンリーに、グリンの頬がピクリと動く。
「ならば、これはどうかなのだよ!」
グリンが大きめの種を投げつけた。そして両手を地に向けての詠唱――すると、今度は大地の下から蔓の群れがせり上がり、鞭のようにヘンリーへ襲いかかった。
「植物魔法・ソーンウィップ!」
鋭い棘を持つ蔓が、音を立てて空気を裂く。だが――
「素敵だ! その美しさ、認めよう! けれど僕の雷はもっと美しい!」
迫る蔓に雷を纏った蹴りを浴びせるヘンリー。
それでもグリンは怯まず、静かに微笑む。
「さぁ行くよ! 美しいとは罪と思わないかい? 完璧という孤独に打ちひしがれたことはないかい? でも安心しなよ――」
「その長すぎる詠唱が貴方の欠点なのだよ!」
そう言って、グリンがポケットから何かを取り出す。
それは、試合前にヘンリーから受け取った――薔薇。
「命は芽吹く、花よ、その主を絡め取れ――植物魔法・ローズバインド!」
グリンの魔力が薔薇に宿り、花弁が一気に開いた。
ヘンリーの目の前で薔薇の蔓が伸び、瞬時にして彼の身体に絡みつく。
「な、何ッ――!?」
美しい蔓が腕や胴を縛り、ヘンリーの動きを封じた。
「これで終わりなのだよ。どんなに美しい詠唱でも、完成する前に動けなくなれば意味がないのだよ」
グリンの勝ち誇った声が響く。観客席からもどよめきが起きた。
確かにグリンの言う通りだ。ヘンリーの詠唱は独特だけど、その分、発動までに隙が生まれる。
生徒会執行部の勝利が続くこの状況――グリンが一矢報いることができたと言えるだろう。
だけど――まさか……このままヘンリーが負けるのか?
その時、蔓に絡まれたままのヘンリーの口元が、静かに、けれど確かに笑った――。




