第479話 魔力0の大賢者、それでも信じたい
イロリ先生が僕たちを裏切るような真似をしたらどうするか――
その問いを投げかけたフィン先輩の言葉に、場の空気が一瞬で張り詰めた。
誰もすぐには口を開けない。
冗談にしては刺が強い。だけど本気なのかどうかも分からない。
僕を含めて皆、視線を交わしながら答えを探していた。
――これは試されている。そんな感覚だけは確かにあった。
真意は分からない。それでもハッキリしているのは――
「僕は……それでも先生を信じたい」
沈黙を破ったのは自分自身の声だった。
フィン先輩の眉がわずかに揺れる。
「信じる? 裏切られてもかい?」
「その時は、本当に先生が望んだことなのか――まずそこを考えます」
「随分と甘い考えだね」
「そうかもしれません。でも、まだ付き合いは長いとは言えなくても……僕はイロリ先生がそんな真似をする人だとは思えません。だから裏切りだと決めつける前に、その理由を知るために動こうと思います」
言葉にすると、自分でも意外なほど迷いはなかった。
僕の答えを聞いたフィン先輩の眉間には、深い皺が刻まれていった。
「てかよぉ、あの先生にそんな器用な真似できるわけねぇだろ」
アズールが肩を竦めながら割り込む。その気楽な調子に、場の重さが少し和らぐ。
「確かにね。裏切りって裏と表があるってことでしょ?」
「うむ。だがあの先生は、普段から本音を隠そうともしない。裏の顔なんて似合わんだろう」
メドーサとガロンが相次いで頷く。
「とても裏の顔があるようには見えないよねぇ」
「裏切るなんて真似、きっと精神的にお腹減りそうだし、先生は絶対やらないと思うなぁ」
ドクトルとリミットの言葉に、思わず苦笑する。
「わ、私も! イロリ先生が裏切るなんて絶対ないと思います!」
「全くだ! だったらよ、今から本人に直撃して確かめようぜ!」
「皆少し落ち着く。この話はあくまで例え話なんだから」
アニマが真剣に声を上げ、モブマンは今にも飛び出して行きそうな勢いだったけど、アイラが宥めてくれた。
「確かにそうですね。ただ、私も……あのイロリ先生に限っては心配いらないと思います」
「教師が生徒を裏切るなんてとんでもない話だ。それでももし本当に裏切ったなら――切る!」
クイスの物騒な一言に、イスナが目を丸くする。けれど、それも仲間を想う真剣さの裏返しなのだろう。
「そうか……ハハッ、ごめんね。変な質問をして。少し意地が悪かったかな?」
フィン先輩はそう言って、朗らかな笑みを浮かべた。
さっきの鋭い眼差しとの落差に、僕は戸惑いを覚える。
「あの、フィン先輩。もしかしてイロリ先生と何か――」
「おっと。そういえば大事な用事を思い出したよ。飛び入りなのに招いてくれてありがとう。料理もとても美味しかった。じゃあ、そろそろ失礼するよ」
僕の問いかけが終わる前に、フィン先輩は軽く手を振り、去ってしまった。
「行っちゃいましたねぇ」
「え? 追加でケーキを用意したのに……帰っちゃったの?」
眼鏡を押し上げながら呟くネガメ。ハニーが皿を抱えて出てきたけど、残念そうに首を傾げていた。
「それなら、私が追加分を――」
「リミット、涎が垂れてるわよ」
喜色満面のリミットに、メドーサが目を細める。
「……先程の“フィン”という先輩について過去の記録を調べましたが、卒業生の名簿に該当者はいませんでしたと報告します」
「は? おいおい、じゃああの先輩、一体何者だったんだよ」
「そんなこと……ありえるんですか?」
「ちゅ~?」
唐突なメイリアの発言に、僕たちは顔を見合わせた。
卒業生の中にいなかったとしたら――あの“先輩”は一体……?
◆◇◆
「戻りましたか」
「あぁ」
「それで、どうでした?」
「どうもこうもない。甘っちょろい連中だったさ。特にあのマゼルって奴がな」
「そうですか……ですが貴方が短気を起こさなくて何よりです。ここで暴れられたら計画が台無しですから」
「分かってる。俺だって、ここでやっても意味がないことぐらい理解してる」
「フフフ……期待してますよ、ファイン」




