第475話 より黒く染まる闇
side ファイン
「き、貴様……自分が何をしているのか分かっているのか!」
「分かってるさ。燃やしてるんだよ。黒く……もっと黒くな」
目の前で司教を守ろうと立ちはだかった神官どもは、俺の影炎に包まれ、次々と呻き声をあげて地に転がった。
炎は皮膚を焦がし、骨に染み込むように広がっていく。焦げた肉の臭いが鼻を突き、悲鳴と焼ける音が混じり合う。実に耳障りで、心地良い。
「どういうつもりだ! 何故こんな真似を……教会に恨みでもあるというのか!」
「教会? ……まぁ糞だと思ってるが、俺が恨んでるのはあんただよ」
「わ、私に恨み……だと?」
「そうだ。この顔を見て“覚えがない”なんて言わせないぜ」
俺はゆっくりと、目深に被っていたフードを捲った。
司教の顔色が見る見る青ざめていく。
「お、お前は……まさか、あの時の――」
「覚えていたか。……ああ、俺も妹も、テメェには“世話”になったからな」
吐き捨てるように言い、右手に黒い炎を灯す。その炎はまるで俺の憎悪そのものだ。
「待て! 話せば分かる! あの時は……私も仕方なく!」
「仕方なく……? あの野郎の薬を認めたってのか? そのせいで、俺たち家族がどうなったか――お前の証言で、俺に“家族殺し”の罪を被せられた俺の気持ちが分かるか?」
司教の瞳が揺れる。その反応が、むしろ俺の怒りを煽った。
「わ、悪かったと思っている! だが聞いてくれ! 仕方なかったんだ! 私はあの男……ギャノンに弱みを握られていた! だから従うしかなかった! 悪いのは全てあの男だ!」
「……ハハッ、ア~ハッハッハッハッ!」
俺は額を押さえ、笑いながら俯いた。
ああ、そうだろうな……そういう言い訳しかできないだろうさ。自分の保身の為ならなりふり構わないってか。本当にお前は、あの時から何も変わってねぇクズだ。
「は、はは……そうだ、分かってくれたか? そうだ。必要なら全て話してやる! だから私だけは――ヒィッ!」
俺の黒炎が、司教の腕に吸い込まれるように燃え移る。次の瞬間、炎は彼の全身へと走り、衣も肉も一緒に喰らい尽くしていく。
その炎は決して消えない。影すらも燃やし尽くすまで、こいつに苦しみを与え続ける。
「やめろ! こんな真似をして……貴様は聖魔教会を敵に回すことになるのだぞ!」
「知ったことか。それと、お前が今言ったことは――とっくに知ってた。だが……貴様の口から聞けたおかげで、確信に変わったぜ」
燃えながら絶叫する声は、鎮魂歌と呼ぶにも値しないほど下劣で耳障りだった。
これじゃあ妹も浮かばれねぇ……やはり、全てを俺の炎で焼き尽くさなければならない。
俺は背を向け、教会の出口へと歩き出した。
「ご苦労様です、ファイン。神に背きながら神を称える……そんな矛盾だらけの連中には、まさに相応しい最期でしたね。見ていて実に心地良かった」
「別に、あんたらのためにやったわけじゃない」
「分かってますとも。……そんな貴方に朗報があります」
「朗報?」
一部始終を黙って見ていた魔狩教団の一人が、不気味な笑みを浮かべて言った。その声音に、俺は自然と耳を傾けてしまう。
「学園で開かれる親睦会。そこで“大罪人”マゼルと、今の話にも出たギャノンが試合をするそうです。全校生徒や教師が見守る中でね。愚かな連中に力を見せつけるには……これ以上ない舞台だと思いませんか?」
「――それは……確かにいい情報だな」
ちょうど残る標的は、あの野郎とイロリだけだった。
「貴方の恨みを晴らすのはもちろんですが、マゼル抹殺も忘れずにお願いしますよ」
「分かってる。イロリの目の前で……俺が全て、燃やし尽くしてやるさ」
「お願いしますよ。審判の日には、我々も同行しますので」
「俺だけで十分だと思うがな」
「まぁそう言わずに。……ハハッ、今から愉しみですねぇ」
男の含み笑いを無視し、俺はただ炎の余韻を纏ったまま、その場を去った――。




