第468話 魔力0の大賢者、3分間に賭ける
「3分で、だって?」
ラクナの横柄な提案に思わず声が漏れた。
「何だ? 出来ないのか。貴様らの覚悟はその程度か」
挑発的な視線と言葉。一見すると僕たちを見下げているような気もするけど――
「や、やってみせます!」
いつになく大きな声で言い返したのはアニマだった。彼女がこうまで意志を示すのは初めてじゃないだろうか。ガロンも息をのんでいる。
「アニマが覚悟を決めているんだ。俺たちも信じるしかないだろう」
「うん、そうだね。分かったよ、ラクナ。僕たちは――」
「何を勝手なことを言っている!」
ウィンガル先生の怒号がアリーナを震わせた。
「生徒だけの勝手な取り決めを私が認めるわけがない! その魔獣は危険だ。ここで討つ」
ラクナの勝手な宣言は確かに無茶だ。しかし――。
「叔父様。生徒の避難は完了しました」
駆けつけたのはルル先輩――風紀委員長だ。
「ご苦労。ならばお前も速やかに避難を」
「は、はい。ただ……この状況なら3分ほど様子を見守る余裕は」
「お前まで! ルールは絶対だ。理解しているだろう!」
狼狽する先輩を前に先生は激しく額を押さえた。
「――理事長のお考えは? 失敗したら責任を取るそうです。わざわざ止めずとも、いい刺激になるでしょう」
ラクナがリカルド理事長に視線を投げる。深い皺の間で、理事長は考え込むように唇を押しつけた。
「……よかろう。ただし本当に3分だ。それ以上は待てん」
「理事長まで何を――!」
ウィンガル先生の眉間が跳ね上がる。
「問題あるまい。見たところあの狼はマゼルの頭しか狙っていない」
「あ、あはは……」
シグルは依然、僕の髪をガジガジ。それが避難を円滑にしたのは事実だけどね。
「くっ、わかった。但しきっちり3分だ。守れなければ即刻討伐だ。いいな!」
「わ、分かりました!」
「アニマ、頼む!」
「う、うん! シグル、お願い! 通心魔法!」
アニマが巨大な狼に抱きつき、懸命に魔力を編む。――ここからは彼女の頑張り次第だ。
◆◇◆
シグルの思考は赤く濁っていた。
――ね、がい……。
覚えのある声。紅い霧の中で、小さな灯りが広がる。
死にかけた幼い日の記憶――罠で動けず群れに見捨てられた自分を救ってくれた少女。
必死に呼び続けてくれた声と涙。暖かい手。
あのとき、生きる理由を教えられた。
主人の声が脳裏に染み通る。紅い衝動がほどけ、意識が澄んでいく。
◆◇◆
「残り10秒!」
「焦らせないで、アニマは集中してる!」
「でも、このままじゃ――」
「5、4、3――」
カウントダウンが胸を締めつける。そのとき。
「タイムリミットだ。どけ!」
「待って! シグルを見て!」
シグルの顎が僕の頭から離れた。漆黒の瞳は理性を取り戻している。
「ガウガウ!」
そして僕の頬をぺろり。続けてアニマ、皆の頬へ――。
「シグル、戻ったんだね!」
「ガウ!」
「どうだ、もう問題ないだろ!」
アズールが勝ち誇るように叫ぶ。しかしウィンガル先生は鋭い視線をシグルに向けた。
「問題大ありだ、馬鹿者! 大きさが戻っていない!」
言われてみれば、シグルは相変わらず三メートル越え。首をかしげる巨体に、僕は小さく肩をすくめた。
とりあえず正気は取り戻せたけど、このサイズをどうにかしないとだね――




