第436話 魔力0の大賢者、先生に気づかれないよう行動する
僕たち八人は、休日に出掛けるイロリ先生の後を尾けることになってしまった。流石に八人が固まって歩けば目立つ──そこで二組に分かれて行動する。
第一班は僕とアズール、メドーサ、それにリミット。第二班はメイリア、ガロン、アニマ、ドクトルだ。
山道を下る先生の背中を、気づかれないようこそこそ追い掛ける。
「隠れろ!」
前方でイロリ先生がふいに振り返る。僕たちは慌てて近くの木の影へ飛び込んだ。先生は頭をポリポリ掻いただけで、再び歩き始める。
「見つかるかと思ったぜ」
「何だかドキドキするわね」
「ねえ、こんなに慎重なんだから絶対おいしいお店なんだよ。隠れ家的なヤツ!」
アズールとメドーサが緊張で表情を引き締める一方、リミットだけは頬を緩ませていた。
「急ぎますとお伝えします」
メイリアが風のような速さで先生を追い、残る三人が必死でついて行ってるよ。
「結局、市街地まで来たな」
休日とあって通りは人であふれているね。
「見失わないようにしようぜ──」
「わっ、おいしそうな匂い!」
自分に言い聞かせるように呟くアズール。するとリミットが屋台を指差し、瞳を輝かせる。
「あとにしなさいよ!」
「む、無理! この香りには耐えられない! みんな先に行ってて!」
言うが早いか、彼女は屋台の列に飛び込んでしまったよ。
「一人じゃ心配だ、僕も行くね」
ドクトルがリミットを追う。女の子を放っておけない気持ちはわかるね。
「仕方ねえな。俺達で続行だ!」
アズールが決意めいた台詞を口にした。先生を見失わないよう進むけど、相変わらず目的地が読めない。むしろわざと迷わせるようなコース取りだ。
『──クゥ?ン』
「迷い犬?」
寂しげな子犬に気づいたアニマが駆け寄る。
「やっぱり……飼い主とはぐれたんだね」
「わかるのか?」
「う、うん。動物の気持ちはだいたい……」
もじもじしながら抱き上げるアニマ。
「ご、ごめんね皆。私、どうしてもこの子が放っておけなくて」
「なら俺も行く。おまえだけじゃ心細いだろ」
ガロンもアニマと同行を決意。こうして第二班も分断されたよ。
「結局、俺たち四人か」
「――あまりデートをするような雰囲気は感じないと申し上げます」
「たしかにロマンチックさゼロよね」
「ほうほう。確かにここはデートスポットじゃないからねぇ」
「て、ゲシュタル教授!?」
「やぁ奇遇だねぇ♪」
振り向くと、にこにこ顔の教授が立っていた。メイリアの目がぱちくりする。
「マスター……イロリ先生と逢引していたのでは?」
「はい? ははは、面白いことを言うね。心配で尾行していたのかい?」
メイリアは口ごもり、教授は満足げに頷く。
「順調に自我が成長しているようで嬉しいよ」
頭を撫でられたメイリアが照れ笑いを浮かべた。
「それにしても休日にイロりんを尾けるとは物好きだね」
「あ、先生……!」
我に返りアズールとメドーサが周囲を探すけど、先生の姿はどこにもなかった。
「撒かれたか! お、おい急いで探すぞ!」
「いえ、私はここで離脱しますとお答えします」
「ちょ、メイリアまでなんでよ」
「マスターと出会えた以上、追いかける意味がありません」
メドーサが慌てた顔で聞くけど、メイリアは冷静に答えた。
「あはは、何か邪魔しちゃったかな? ごめんね。そうだ、お詫びにお昼に連れて行ってあげよう。どうかな?」
「……確かに腹が減ってきたな」
「結局皆も別行動になったし、何か気分が削がれちゃったわね」
アズールとメドーサも先生を尾行することは諦めたみたいだね。ゲシュタル教授とお昼に行くことに決めたようだよ。
ただ――。
「とりあえず皆と合流しようぜ」
「そうね。お昼に黙って行ったなんて知ったらリミットに怒られそうだし」
「では、他の皆の位置を観測致します」
メイリアが例の球体を使って皆を探しているね。言うならこのタイミングかな。
「皆ごめん。実は忘れ物をしていて、ちょっと取りに行ってくるね」
「おいおい。取りにってまさか、寮まで戻る気か?」
「う、うん。でも大丈夫だよ。忘れ物を見つけたらすぐに戻るから」
「すぐにって、まぁ、マゼルだしね」
「――忘れ物、ね。うん、じゃあ席はとっておくから」
そして僕は皆に断りを入れてその場を離れた。忘れ物を取りに、というのは勿論建前だ。イロリ先生は、多分僕達の尾行に気がついていたと思う。
僕達を撒こうともしていたみたいだけど、別にそれには文句はない。先生だって知られたくないことがあるだろうからね。
ただ、そこまでして一体どこに向かうつもりだったのか。そしてこの妙な胸騒ぎ、気のせいならそれに越したことはないんだけど――そう思いつつ僕は先生の気配を探った……。




