第428話 魔力0の大賢者、治療を断られる?
「ラクナのやったことは決して許されることじゃないと思います。本当にファイトさんには、いくら謝罪しても足りないくらいです」
「いやいや! そんな大げさなことじゃないッスよ! もう気にしてないッスから!」
深々と頭を下げるイスナに対し、ガッツは慌てるように手を振っている。ラクナの無茶な行為を詫びたいのはSクラスとしての責任感ゆえだろうけど、当人のガッツは、イスナが悪いわけじゃないからと却って申し訳ないとと考えているようだよ。
「とはいえ、痛々しいな。その包帯姿、治療は無理なのか?」
「あ、それなら僕なら治せるかも」
アズールがガッツの包帯姿を見ながら問いかけた。確かに保健室もあるわけだし、治療法はありそうだけど、それでも治らないほど怪我が酷いとしたら、僕の力でなんとかなるかも。方法的には心苦しいのだけどね。
「いや、気遣ってもらえるのは嬉しいッスけど、これは自分でそのままにしてるッス! だから大丈夫ッスよ!」
「え……つまり自分の意思で怪我を放置してるのか?」
「そうッス! 自分の未熟さが原因だと思ってるんで、戒めのために最低限の治療だけで済ませたッス!」
ガッツは決意を込めた目でそう言い切った。これには皆も驚いているね。
「それに魔法や薬で治すよりも、自身の回復力で治したほうが体がより丈夫になるッス! そう教わった事があるッス!」
「そうか、自然治癒力を促進するタイプのリハビリ法か。なるほどね」
ドクトルが「得心がいった」という顔でうなずく。身体が本来持つ修復力をフルに活かす方法も確かにあるにはある。
「本当に意味あるの?」
「うん。魔法や薬の治療は確かに回復が早いけど、それだけ“成長のチャンス”も逃してる場合があるんだ。一方で自然治癒力で元に戻せば、魔力による細胞活性も相まって、以前より体が頑丈になることが多いんだ」
ドクトルの説明に、僕たちZクラスの面々が「ほうほう」と感心している。そういえば僕も転生前は師匠に聞いて修行したっけ。もっとも僕の場合は魔力が0だからね。その分、気を巡らせたりして代用したんだ。
「そうッス! だからこの怪我を治しきったら、もっと強くなるんスよ!」
「お前、魔法使いのはずじゃ……?」
「あんたがそれ言う?」
張り切っているガッツに対して、アズールが素朴な疑問をぶつけ、それをメドーサが即座にツッコむ。確かにアズールもけっこう肉体派だよね。
「話は聞かせてもらったぞ!」
そんな僕らの会話に割り込んで来たのはモブマンとネガメ。二人とも、やたら興奮ぎみにこちらへ駆け寄ってくる。
「まさか怪我をそのままにして肉体を鍛え上げる方法があるなんて思わなかったぜ! 目からウナギだな!」
「鱗ですよモブマン」
ネガメが的確に突っ込み、周囲は微妙に苦笑い。それにしても、この二人はいつも気が合っているね。
「マゼル!」
「えっ?」
モブマンが勢いよく僕の名を呼ぶなり、グッと距離を詰めて肩をつかんできた。
「俺も強くなりたいんだ! 頼む、俺を痛めつけてくれ!」
「えぇええぇえええぇええッ!?」
モブマンのまさかの依頼に、思わず変な声が出てしまう。周りも「何言ってんの!?」という顔だ。
「さあマゼル! 頼むぜ! お前の拳で俺を――」
「いやいやいや! いきなり言われても困るってば!」
「そう言うなって! 俺を男にすると思ってよ! ガツンと一発やってくれ!」
「……いや、意味がわからない!」
必死なモブマンに周囲の視線が痛い。男子も女子も何やらヒソヒソ話をしているし……なぜか頬を染めている女子までいるよ。
「さぁマゼ――ぐべっ!」
「モブマン、いい加減にする」
ドスンと重い音。いつの間にかアイラがすぐ近くにいて、錬金魔法で作った鉄槌を振り下ろしたようだ。見事にモブマンの頭頂部へヒットしたらしい。
「い、痛たたたッ……ぐうっ、でも、これで俺の頭はさらに強くなるか?」
「いいえ、むしろ悪くなってるかと」
「どういう意味ッ!?」
後頭部を押さえながら呻くモブマンにネガメが容赦ない返答をかぶせる。こういう場面では本当、ネガメの言葉が辛辣だよね……。
「ま、モブマンのことは置いといて、結局ラクナのほうはどうなるの?」
呆れ顔のアイラが、ふと疑問を口にする。ルール違反をやらかしてお咎め無しってことはないだろうし、気になるところかもね。
「それがラクナは――」
「一週間の停学処分、だね♪」
イスナの言葉を引き継ぐようにアダムの声が割り込んできた。いつの間にか僕たちの輪に加わり、「やぁ」と手を振ってくる。
「彼、ちょっとやり過ぎちゃったからね。ファイトくんには悪いことしたよ」
「いえ、いい勉強になったッス!」
アダムが頭を下げると、ガッツは前向きな態度で答える。ガッツはいい子だなと改めて思うよ。
「にしても、ルール無視で一週間の停学か」
「重いのか軽いのか、よくわからないわね」
「もっと厳しくてもいいんじゃないかって気もします」
「うむ。許されるなら、この剣で切り捨ててやるところだ」
クイスの発言は相変わらず物騒だ。目が本気だから洒落にならない。焦ったイスナが慌ててフォローするけど、クイスは剣に手をかけて全然納得してない。
「とはいえ、一週間の停学なら、ラクナはマゼルたちのクラスとの対抗戦には出られないね」
「対抗戦……そうか。確かにそのうちZクラスもSクラスと戦うはずだ」
「でも、いつやるか聞いてないな」
「まったく。あの教師は何も言ってくれないからね」
アダムの台詞を聞き、アズールとガロンが「そういえば」と思い出したように言い、メドーサが口をとがらせて愚痴る。
「ふん。あの馬鹿の話をしているのかい」
「全く。あんなことやらかして停学だなんて、同じSクラスとして恥ずかしい限りだね。ただただ女の子に申し訳ない」
「ねぇ、私のクマちゃん可愛いでしょ?」
「いつ見ても不気味だ」
「はぁ~? どこがよ、あんた目が腐ってんの? ぶっ飛ばすわよゴラァ!」
「ラクナにはお仕置きが必要みたいね。停学が明けたら、たっぷり私がウフフッ――」
ふと、食堂に特徴的な男女の声が響き渡った。ちょうど昼食を取っていた生徒たちもざわついている。いったい誰なんだろう、この集団は――。




