第409話 魔力0の大賢者、不審な客を警戒する
無言で入ってきた男性客は手づかみで食事を貪り食っていた。その時の表情は正直普通ではなかった。目は血走っていてまるで何かに取り憑かれたように食事を胃に詰め込んでいる、そんな様相だった。
だけど、その手が急にピタリと止まった。
「違う――こんなんじゃねぇえぇえ! おい! 何だこれは! 俺が求めてる料理はこれじゃねぇえぇえ! さっさと出せ! 俺が食べるものを! 早く寄越せぇええぇえッ!」
男性客が大声で喚き立てた。ここまで来ると常軌を逸している。ジリスも不気味なものを見るような目を見せていた。
「ちょっとお客さん。うちの料理に――」
「待て、俺が行く」
ジリスが男性客の席に行こうとしたところでラシルが止めた。ジリスに代わってラシルが席の前に向かう。
「この料理を担当したのは俺だが、何か問題が?」
「お、おぉ、お前が、お前が、これを! 作ったのか! ふざけるな! こんなの俺が求めてる、あ、あぁ、味、味じゃねぇ!」
「ろれつが回ってないね。手も痙攣しているし」
男性客の様子を見ながらアダムが指摘した。確かに男の体は小刻みに震えているように見える。口調もおかしくなってきているし、これはやっぱり変だ。
「なぁ、何なんだあの客?」
「お水でも飲ませた方がいいかもしれませんね」
アズールやドクトルも怪訝な顔で様子を見ていた。他の皆も似たような気分なのだろうね。
「うちはこの味でやってる。どうしても味が気に入らなかったって言うなら」
「あ、あぁあ、あ、あ、味なん、て、て、て、ど、どうでも、い、いいんだよ!」
ラシルの説明を遮るように男が叫んだ。味が、どうでもいい?
「いやあんた、言ってる事がおかしいぞ」
「だ、だだ、黙れ! お、俺が、もと、求めてるのは、あ、あふれる、魔力が、俺を、み、満たす、魔力が、食べただけで、ま、魔力が、ふ、増える! そ、そんな、料理、料理だ!」
「は? 魔力が増える料理? あの客さっきから何を言ってるの?」
「そんなのがあったら僕が食べたいぐらいだよ」
メドーサが眉をしかめ、ドクトルが苦笑していた。料理で魔力が増える、それは僕も聞いたことがない。勿論魔力の回復を早めるような効果のある料理ならあると思うけど、増えるわけではない。
「無茶言わないでくれ。食べただけで魔力が増える料理なんてあるわけないだろう」
「あ、あぁ? な、ない? そ、そうか、な、ないの、か。ヒヒッ、だ、だったら、そんなもの、い、いらねぇ! こんな店! お、俺が、俺がぁああぁあ!」
声を荒げ男が立ち上がった。かと思えば広げた手から炎が伸びた。
「な! こいつ魔法で!」
「ちょ、火事になっちまうよ!」
「ひゃ、ひゃひゃ、も、燃えろ、燃えろぉぉっぉおお!」
「流石に洒落にならないよこれ!」
「おい、誰か早く水を!」
「任せて!」
モブマンが水と言っていたけど、炎の勢いが強い。水じゃ間に合わない。だから僕は息を吸い込み、温度を下げた後、冷たい息を炎に吹き替えた。
「炎が、凍った!」
「流石マゼル!」
「あぁ、素晴らしいです。流石マゼル様」
「姫様、目がハートになってますよ」
男の魔法で危うく店内が火事になりかけたけど、急いで火を凍らせたことで難を逃れられたよ。
「な、なな、何だ、き、きさま、じゃ、邪魔を!」
「邪魔なのはあんただよね?」
「あ?」
「ちょっと黙っててね♪」
男性客が目を向けた先にアダムが立っていた。すると男性客の足から凍り始め、あっという間に全身が氷に覆われた。
「た、助かったのかい?」
「なんと、学園の生徒というのはこんなに凄いのか……」
ジリスとラシルも火事にならずにすんで安堵しているようだね。それにしてもアダム、氷魔法も使えるんだね。
「なぁ、これ、中身大丈夫なのか?」
アズールがコンコンっと氷像を化した男性客を叩きながらアダムに聞いたよ。
「大丈夫だよ。ちょっと凍ってるだけだし、溶ければ命に別状はないからね♪」
アダムが笑って答えた。確かに中は大丈夫そうだね。それに似たようなことは僕もしたことあるからね。
「アダム、またマゼルのマネした」
「あははっ、でもやっぱりどこか違うんだよね」
「マゼルの魔法のマネなんてありえないです!」
「ちゅ~」
そんな声が耳に届く。そうか僕が凍らせて火事を食い止めたのを見て、アダムも試したんだね。ただ、僕のは魔法じゃないんだよね。
「あ、あの、これから、ど、どうなるのですか?」
「今ジリスが詰め所に行ったからな。いずれ戻ってくると思うが」
アニマの問いかけにラシルが答えた。流石にこれだけの事件となると黙ってはおけないからね。都市の警備担当が詰め所にいるみたいだから、ジリスが呼びにいったんだ。
「こっちだよ早く早く!」
「うん? 随分と早かったな」
ラシルの話を聞いた直後、ジリスが戻ってきたよ。誰かが一緒みたいだね。
「出たらそれっぽいのがすぐ近くにいたのさ。えっと誰だっけ?」
「全く急に呼ばれたかと思えば何だというのか。しかも、学園の生徒までいるとはな」
「あ、キャンベル先生!」
そう、ジリスが連れてきてくれたのは学園で授業も教えてくれている魔導師団のウィンガル・キャンベル先生だったんだ――




