第32話 魔力0の大賢者、求められる
前回のあらすじ
トンネルを完成させたらハイエナ盗賊団が餓死寸前になった。
姫様が僕の屋敷にやってきた翌日、米料理に添えるおかずを自分で狩りたいといいだした。
当然姫様一人で狩りに向かわせるわけにいかないので、僕やラーサ、そして護衛騎士のタルトが同行した。
場所は僕が最初の狩りを行った西の森だ。
「それにしてもミラノ姫自らが狩りを行うとは思いませんでした」
「しかも弓でなのですね」
そう、狩りはラーサのような魔法ではなく姫様自ら弓を引く。ただ、そこまで意外な気もしない僕がいる。なんとなく姫様はおてんばっぽい雰囲気も感じられるからね。
「父上は私が狩りをすることをよく思っていなかったがな。だけどタルトを護衛につけることでたまにだけ許可されていたのだ」
「はぁ、それについても危険だからと許可がおりなかった為に、勝手に城を抜け出して狩りに行ってしまわれることが続いたので仕方なくですがね」
「ふん、当然だ。むしろ姫という立場だからこそ言われるがままはいはいと従っているだけでは駄目であろう?」
「殿下はそれぐらいおとなしいほうが丁度よいとは思います」
「ごめんであるな。全く私の護衛のお前がそんなことでどうする」
「護衛だからこそ進言しているのですか」
そんなやりとりを続ける2人。一見真剣そうだけど、お互いの表情はやれやれといった感じで、いつものやり取りって気がするよ。だから逆に僕たちもおかしくなってついつい笑ってしまった。
「しかし、おふたりは仲が宜しいですね」
「はい、私はお兄様を敬愛しておりますので」
「それはちょっと大げさな気もするけど、大切な妹だからね」
旅の間で、ふたりとは随分気楽に話せるようになって来たと思う。僕のことを大賢者扱いされるのは全然なれないんだけど、余計な緊張は抜けた感じだ。
「ミラノ姫にご兄弟は?」
「……うむ、上に2人兄がいるがのう」
姫様はそうとだけ答えた。ただ、兄について特別何か話すこともなかったし、妙な間も空いたんだよね。もしかしてあまり仲がよくないのだろうか?
「おお、あれは旨そうではないか?」
一旦話が途切れていたけど、沈黙を破ったのも姫様だった。指で示した方には野草をもしゃもしゃと頬張るウサギ。
といってもただのウサギではない。10歳ぐらいの少年程度の大きさがあって、額に一本角が備わっている。
「ホーンラビットですね」
春から夏にかけて森によく出没する魔物だ。草食なので自分から人間を襲うことは少ないけど、警戒心は強いのでばったり出くわしたときなんかは角を向けて突撃してくることもある。
ホーンラビットの肉はウサギとそう変わらない。サイズが大きいので一匹狩るだけで相当な量の肉が手に入るのが利点でもある。角も矢の材料に使えるし毛皮も買取対象になる。
こういった素材は別に冒険者でなくても持ち込めば引き取って貰える。ただし討伐報酬などが貰えるのは冒険者だけとなる。
ただ、ホーンラビットの素材はそんなには高くない。冒険者にとっては見習いが仕事を覚えるために相手したりするようだけどね。
とはいえ、ウサギの肉を使った料理はお米との相性が良い。だから姫様の狙いは悪くないね。
「いくぞ!」
姫様が矢を射る。しかし寸での所でホーンラビットに気づかれ矢が避けられたのだけど、矢が地面に刺さった瞬間、強烈な発光。これにやられたホーンラビットは視界を奪われ、その動きが完全に止まってしまった。
そこに姫様の矢が次々命中。見事ホーンラビットは姫様によって狩られた。
「今のは付与魔法ですか?」
「そう。光属性を付与したのだ」
「へぇ、すごいですね。光属性魔法も、付与魔法も習得はなかなか難しいみたいだし」
「ありがとう。でも大賢者マゼルにそういわれると喜んでいいのかちょっと微妙であるな」
「ええ! いや、本当に凄いなと思ったんですよ~」
「ふふ、冗談ぞ。ちょっとからかってみただけである」
「全く姫様は相変わらずですね」
屈託のない笑顔を浮かべる姫様にしてやられたなって気がしたよ。でも、本当に気持ちの良い人だな姫様は。
それから、姫様と狩りを続け、夕食には十分すぎるほどの獲物が狩れた。父様と母様もよろこんでくれそうだ。
◇◆◇
狩った獲物は必要な分の肉だけ屋敷に置いてきて、今度は町をみてみたいとのことだったので僕たちは姫様と町に繰り出した。
「ふむ、これがマゼルの町か」
「ミラノ姫、その呼び名はちょっと恥ずかしいので」
「何を言ういい名前の町ではないか」
「はい。それにお兄様の名に恥じない素敵な町なのです」
「確かに大賢者マゼル様のように人々が明るく、町全体に温かみが溢れているかのようですな」
恥ずかしいのです。マゼルの町としてそう評されると穴があったら入りたいぐらいはずかしくなるのです。
「ふぇ~公国のお姫様と親しくなれるなんてマゼルはやっぱり凄いんだなぁ」
「何せ大賢者だからね。普段は僕たちと一緒に遊んでるから気づかないけど」
モブマンとネガメにも感心されてしまった。親しくといっても向こうは米に興味があるだけなんだけどね。
「ふむ、しかし2人がマゼルの友人であると言うなら、それは私の友人も同じであるな」
「え! そうなのですか?」
「勿論だ」
「では、僕たちが姫様と呼んでも?」
「構わんしミラノと気軽に呼んでくれてかまわないのだぞ?」
流石に呼び捨てには抵抗があったようだけど、姫様の親しみやすさで他の子どもたちも随分と気軽に接するようになっていた。
「ミラノ姫は凄いですね。もう町の皆の心を掴んでしまってます」
「はは、大賢者マゼル殿にそう言って頂ければ殿下も光栄でしょう」
「いや、本当僕なんてまだまだ子どもでミラノ姫の足元にも及びませんから」
「はは、その控えめなところもきっと貴方様の魅力なのでしょうな」
そうやって評価してくれるのは素直に嬉しいのだけどね。
「しかし、殿下もやはり持って生まれた性質なのかもしれませんな。オムス公国においても殿下は国民にとても慕われてますから」
うん、それはよくわかる。初めて訪れたこの町でも注目度は高いもの。しかもいい意味で。
その後僕たちは殿下と町を見て回ったんだけど、果物店の店主が姫様にりんごを上げたり、おじいちゃんお婆ちゃんに声をかけられたり、とにかく人を引き寄せる力は圧倒的だ。
そしてその足で今度は冒険者ギルドに向かった。ホーンラビットの素材があったのと、姫様が興味を持っていたからだ。
「ふむ、ここがこの町の冒険者ギルドか」
「そうです。それにしても姫様は冒険者ギルドにも興味がおありなのですね」
「冒険にはロマンがあふれておるからな。ふふ、一体何が待ち受けているか、血沸き肉躍るというものよ」
うん、それ姫様が言うようなセリフじゃないね。タルトも額を押さえてラーサも苦笑してるよ。
「さぁいざ行かん冒険者ギルドへ!」
意気揚々と扉をあけようとする姫様だけど、とめて僕から入ることにした。冒険者ギルドは結構荒っぽい人も多いし、万が一ということもある。
「だから! とっととこの町に暮らす大賢者のマゼルってやつを出しやがれーーーーーー!」
「そう申されても、大賢者様はギルドには所属しておらず、なにより伯爵家のご子息です。私たちでどうにか出来る御方では……」
「うるせぇ! だったら伯爵を出しやがれ!」
すると、なんというか早速荒っぽい人がカウンターの受付嬢相手に怒鳴り散らしていた。
しかも、何故か僕のことを探してるみたいだし……。
「ふむ、どうやらあの男はお主を求めているようだな」
「え! お兄様を求めて!」
「殿下、その言い方は少々語弊を生みかねません」
「はは……」
それにしても、怒鳴ってる男には全く見覚えがないんだよね。一体僕に何のようなんだろう?
でも受付嬢も困ってるみたいだし、放ってはおけないかな――
だれかがマゼルに用があるようです。




