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 元アルヘーレンの領地……今は既に別の貴族にわたっているのであるからアルヘーレンの領地とは言わずその貴族の名、あるいは領地の名前として付けられている領地名を名付けるべきであるだろう。もっとも、この領地がアルヘーレンの領地であった期間が長かったためか、あまりそういった部分で多くの者が新しい名に花にじみを持てず、今もアルヘーレン……あるいは元アルヘーレンの領地、という呼び名で呼ばれることが多いわけであるが。

 そんな元アルヘーレンの領地に、賢哉が領地奪還を目的として訪れていた。


「……はあ」

「何をそのようにため息を吐いているのですか?」

「……兵士を指揮する能力は俺にはない。この国の兵士が役立たずだというつもりはないが、無理につけられても困るんだが」

「それを私に言われても困ります。私たちは王の命令によってあなたに従うことになっていますので」

「……でも、命令のすべてを聞くわけでもないと」

「はい。あなたが必要とするのであれば手伝うようにと言われています。仮に力を貸してほしいという要求がなくとも、あなたが何をしどの様に戦うか、その行動と結果を見届けるように、とも言われておりますので」


 元アルヘーレンの領地に来ているのは賢哉だけではなく、この国の王から預かる兵士がいくらか。流石に全部ではないし、元アルヘーレンの領地には各地の貴族の兵士が来ている。兵士を戦力として組み込むのであれば彼らの存在を無視できず、下手に王国の兵士が出張るのはよくない。しかし、賢哉一人だけで行かせても命令書の類があったとしてもどの程度従うかは不明である。ゆえにある程度の権威を持たせる意味合いもあり、相応に兵士を賢哉につかせているという事実を与えたわけである。

 この兵士たちはそれ以外にも、賢哉の行動、その性格や性質、人間性の把握、そして今回の侵略に対しての行動、その戦果の確認、戦いにおいてその能力が如何ほどのものであるかの調査など、様々な役目が課せられている。ほかにも他の兵との伝令役、場合によっては王国へと即座に連絡を入れるという仕事もある。そのあたりは賢哉としても理解しないではない。

 ただ、賢哉にとっては兵士たちの存在はどちらかというと邪魔である。賢哉は本人が単独で多大な戦力となり得る存在で、下手に戦闘に、戦場に出向くことになる兵士がいると見方が邪魔で攻撃できないという可能性もある。ゆえに賢哉が攻撃するのであれば、兵士たちは待機させておくか、彼らが動きを見せる前に一気に相手へ攻撃を仕掛け滅ぼす必要性がある。そんな手間がいるため、いないほうがいい……のだが、まあ王からの命であれば連れて行かないわけにもいかないし、それが監視役を兼ねているのであれば流石に無視もできない。とはいえ、やはり戦場には出さずに待機させるつもりであるが。


「とりあえず、俺は一度兵士たちに挨拶をした方がいいのか?」

「それはもちろんです。彼らも自分たちの主からの命でこちらに来ているとはいえ、侵略に対抗するための兵士達です。いくら王からの命を受けているとしても、彼らに断りなく勝手な行動をすれば彼らからの非難があるでしょう」

「……面倒だな。まあ、やらないわけにはいかないか」


 賢哉にも賢哉で立場があり、その能力を振るうための自由があった方が都合がいいのだが、この地に来ている兵士達も兵士達で相応に立場がある。いくら王という存在から命を受けている立場の賢哉であるとはいえ、彼らを無視した行動もできない。とはいえ、賢哉は彼らを戦場へと連れていくつもりはあまりない。できれば不意打ち気味に、一気に攻めて取り返したいと考えている。

 そういった考えはあるものの、賢哉は一度この地にいる兵たちを集め、話をすることとした。もっともこの呼びかけに答える様子のない兵士たちもいて、それらに関してはその兵士たちの下に向かわざるを得なかった。そういった兵士たちは上の方の貴族、派閥の主に近い貴族たちの兵士であり、王からの命令を受けているとはいえ賢哉のようなどこの誰とも知れぬ、ましてや貴族ですらない存在の指揮下に入るつもりはないと言った感じの対応である。賢哉としてもそんな人物たちはいないほうがいい。賢哉は彼らに指示に従うように、と呼びかけるが彼らはそれを聞き入れることはせず、自分たちは自分たちで行動すると言ってきかない。ならばしかたない、と賢哉は諦め、その場から去る。


「……よろしいのですか?」

「何が?」

「彼らを指揮下にいれないと、勝手な行動をしかねないと思いますが」

「俺は彼らに対して、王からの命令の話なども踏まえて指揮下に入るように言った。彼らは自分たちは自分たちの意思、目的で行動すると言った。なら俺はそれを容認するつもりだ」

「…………でも、それは」

「それなら、俺がどのような行動をしたとしても、彼らを連れていく必要はないということだろう? 彼らは望んで戦いの場から離れたわけだからな。連れていく兵士達はきちんと俺の指示を聞いて、俺の意見に従って行動してくれる兵士達であるべきだ。そうでなければ面倒なことになるからな」

「……なるほど」


 賢哉の行う戦いは賢哉一人で行うもの……であるが、賢哉が引き連れる兵士達に全く意味がないわけではない。戦争で戦い相手を倒す役割は賢哉だけが行うにしても、奪還した土地の守りを行ったり、倒した兵士たちを確保したり、死体などの回収と処理、また兵士たちがいるということ自体も彼らの役割になる。つまり賢哉についていくだけで戦わずともある程度の戦功は貰える、ということになる。まあ、戦い以外の部分で活躍する必要性はあるが。

 しかし、賢哉に従うことを選ばなかった者たちはその機会すらない。彼らは自分たちの立場が上であり、従う必要はないと言って指揮下に入ることはしなかった。それゆえに、賢哉の行う戦いに参加することはなく、戦功を得る機会を失うこととなるのである。後で文句を言おうとしたところで指揮に入らないと言い出したのは彼らの方だ。賢哉は呼びかけ、彼らに指揮に入るように言ったのだからそれに従わなかった以上、彼らは文句を言える立場ではない。


「あくどいですね」

「悪いのも責任も向こう側にあると思うんだが……」


 賢哉が悪いわけではないだろう。しかし、実にあくどいとは思うところである。詳しい話をするでもなく、己の実力を示すようなこともしなかった。いくら王か預かった兵士を連れているとはいえ、賢哉自身の権威、立場が足りていないように見える。もちろん王からの指示を受けている以上立場が弱いわけでは決してないのだが、それを強く言うようなこともしていない。やはり少しあくどいと思うところである。まあ、賢哉の言う通り、ちゃんと指示に従っていれば問題なかったわけであるのだから、自分たちの都合があるからと賢哉に従わなかった彼らが悪いという点は間違っているわけでもないのだが。


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