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「ケンヤ様、少しいいですか?」


 フェリシアにそう誘われ、家の中から外へと出る賢哉。時間は夜であり、開拓領地と言えども……賢哉の手に寄り開拓された土地と言えども、さすがに暗闇を明るく照らす設備までは作っていない。もちろんある程度夜でも活動する見張りの類はいるものの、賢哉やフェリシアの住んでいるところにまではその手は回っていない。そもそも回す必要がないというのもある。賢哉の手に寄り守りは万全であり、見張りなどの存在は必要ないのである。


「……流石にこの時間は暗いな」

「そうですね」

「いくら副領主という形で付き合いがあるにしても、この時間に一緒に外にいるのは下手すると邪推されるぞ?」

「…………そうですか?」


 フェリシアとしては邪推された方がいい……のだが、それを賢哉に行った所であまり意味はないだろう。賢哉はフェリシアに対し、恋情の類は特に強く持ち合わせているわけではない。好意はあるが、男女の情としては強くなく、そもそもフェリシアの立場的にその手の感情があったとしても攻めづらい。


「それで、一体何の用だ?」

「…………私が呼び出された件について、です。既に知っていますね?」

「ああ。実際にどういうつもりで呼び出しをかけたのかは知らないが……状況的に恐らく元アルヘーレンの領地、その侵略に関わることだろうな」

「ええ、恐らくそうでしょう……そのことに関して、ケンヤ様と、話しておきたいと思いまして」

「そうか…………」


 賢哉としてもその内容についてはいろいろと考えるが、結局フェリシアがなぜ呼び出されたかは出向いて話を聞かなければわからないだろう。其れよりも今はフェリシアが賢哉に持ちかける話のことの方が重要である。


「護衛か?」

「それも、ですね」

「……他に何かあるのか?」

「…………」


 賢哉が尋ねるとフェリシアは無言になる。フェリシアとしても、その内容を伝えることに対して少々迷いがある。


「今回の件ですが、いえ、それとは別に……開拓領地のこと……ええと……」

「………………」

「その、ケンヤ様は現状をどう思っていますか?」

「現状か……どういうことについて訊ねてる?」

「えっと……その、諸々のことについて、です」


 フェリシアとしては賢哉にどういえばいいか、どう聞けばいいか、色々と迷いがあり、かなりあいまいな質問内容となっている。本当はもっとしっかりと聞きたい、訊ねたい、教えてほしい、どう考えているのか知りたい……そんな思いがあるわけだが、やはりそれは彼女としては訊ねづらい。彼女自身の持つ想い故に、色々と躊躇する部分があるのである。


「諸々か……まあ、今の所別に悪くはないと思ってるかな。ここでの生活も特に問題はないし、何か困っているわけでもない。まあ、ちょっといろいろと酷使されている気がするが、それくらいかな」

「それは……ごめんなさい」

「気にするな。俺が働いた分、開拓領地のためになるのならそれでいいさ」

「ケンヤ様は……もっと偉くなりたい、とかそういうつもりはないのですか?」

「積極的に立場が欲しいとか、そういうものはないかな。貰う分には構わないとは思う。義務や人とのつながり、経営など面倒はあるけど、それくらいなら俺はどうとでもできるだろうし。まあ、本気で嫌なら逃げるだろうからな」

「そうですか……」


 そういった部分で賢哉は躊躇せず、本当に逃げ出すだろう。物欲も、名誉欲も、そのほか多大な欲求も基本的に賢哉の中ではかなり薄いものになっている。それは生来のもの……というよりは、賢者の才の発露によるものか、あるいは元々の世界とは別の異世界に来てしまったためか、理由は定かではない。とはいえ、人並みよりはかなり欲が薄くなっているとはいえ、全くないというわけでもない。表には見せていないが、それ相応に欲求、欲望はある。ただ、やはりその強大な力を持ち得るがゆえに、その力で無理やり欲求を満たすようなことがないよう意識的に行動を抑えている部分がないとは言えない。


「……ケンヤ様の力であれば、奪われた領土の奪還も可能で消化?」

「まあ、やろうと思えば恐らくできるだろうな」

「…………そうですか」

「元々はフェリシアの家の領地だった場所なんだろうから、取り返したいと思ってるのか?」

「そういう気持ちがないわけではありません……ですが、それとは別に。もしケンヤ様が出向き、戦い領土を取り返したのであれば、それはかなりの大功となるでしょう。そうなるとケンヤ様の処遇が大きく変わることとなると思います。その場合、今まで通りでいられるとは思えません」

「……まあ、そうだな。そうなるとちょっと色々と面倒なことになりそうだ。ここにもいられなくなりそうだし」


 賢哉としては今まで発展させてきた開拓領地を捨てることになり、別の所に行くとなると本人としては納得しづらい。できれば開拓領地に残り、これまで通り頑張って発展させていく状況であるのが望ましい所である。


「…………開拓領地は、大きく発展をしています。現在の助教まで育った開拓領地は他に類を見ないものでしょう。期限を迎えれば、この地をここまで育てた功績で恐らく私は貴族に戻ることができると思います」

「それは……フェリシアとしてはいいこと、なのか?」

「個人的には、元の状態に戻るというのは良いとも悪いとも、はっきりとは言えません。爵位は落ちますし、元々の領地に戻るわけでもなく、この場所を治める領地となるでしょう……もし、ケンヤ様がこの地に残りたいのであれば、大功を立てたうえで……私と、その、結婚すれば、この開拓領地に残ることもできますよ?」

「いやいや……そもそもそういう話ではないだろう? それだってまず領土の奪還を行い功を立てる必要がある。それに……フェリシアとしては、そういう形で俺と結婚するのは」

「嫌だ、と言いたいのですか?」

「普通は自分の望む結婚をしたいものだろう?」


 ここではっきりと、フェリシアにとっては嫌だろう、と言わない当たり、賢哉もなんとなくフェリシアの気持ちはわかっているのだろう。しかし、はっきりと告げられなければ答えることもできないし、元々立場の違いもある。賢哉自身もフェリシアには行為はあっても強い気持ちはそこまでなく、ゆえに賢哉からはフェリシアに対し何かを言うつもりもない。


「………………ケンヤ様、私は……私は……」

「………………」


 すう、はあ、と言葉を伝えようと、フェリシアは頑張っている。やはり覚悟が決まらない、もし断れたのならば、賢哉がフェリシアのことを何とも思っていないのであれば、と様々な思考がよぎり、どうしても伝えづらい。しかし賢哉はそんなフェリシアを急かすこともせず、彼女が何かを言うまで待つ。


「私は、あなたのことが、好きです」

「…………」

「ですから、私はあなたと結婚したいと思っています。いっしょに、これからもずっと一緒に、今までのように……今まで以上に一緒にいたいと思っています」


 これまでも賢哉はフェリシアの傍にいた。しかし、それは男女の間柄、恋人という関係ではない。あくまで主従に近い立場だろう。もっとも、本人たちはあまり主従という関係にはこだわっていない、どちらかというと対等に近い立場だったともいえる。恋心の分、フェリシアの方が賢哉よりも下だったと言えるかもしれない。


「ケンヤ様はどう、思ってますか?」

「…………ちょっと難しいかな。俺は、フェリシアに対して好意を持っていることははっきりと言える」

「……!」


 その賢哉の言葉に嬉しそうにするフェリシア。しかし、次の言葉でその喜びはへし折られる。


「ただ、男として、フェリシアのことを想っているというわけではないかな。愛したい、抱きたいとか、そういう感情ともまた違うだろうし」

「…………え」

「好意、好きだ、とは思うけど、愛している、とは恐らく違う。一緒にいることは嬉しいし、楽しい。フェリシアのことをかわいい、美人だとも思う。でも、やっぱりはっきりと愛している、女性として想っている、とかそういうふうには言えない、かな」

「そん、な……」


 好意を持っている、とはいっても、まだそれは恋の心に発展しないもの。それでもフェリシアに対して女を感じてはいないわけではないし、フェリシアからの告白を嬉しくも思っている……ただ、やはり、フェリシアのことを女性として一緒になる、ということを考えてはいない。いや、それを考えるにしても、今すぐそこまで考えることはできないという思いもあるだろう。


「でも、さっきのフェリシアの言葉はうれしい。フェリシアが望むのなら……答えたいとも思う。俺自身の気持ちとしては、やっぱりまだ本気でフェリシアのことを想っているというわけではないけど、フェリシアが好きなのは事実だからな」

「………………そう言われると、複雑な気分です」


 想いに応えることは構わないが、自分の想いは相手とは違う……お互いが想い合う関係とはまた違う、そんな関係になることは構わない。そんなふうに賢哉は言っているわけである。流石にフェリシアとしても、特に想っている相手ではないのに結婚しても構わない、一緒になっても構わないと言われれば流石に相手への気持ちがある者としては複雑な気分になるだろう。


「でも、ケンヤ様は……私と一緒になることは構わないのですね?」

「ああ。俺自身は誰かと一緒になりという気持ちはない状態だから、好意としては一番高いフェリシアがそう望むなら、それに答えるのは構わない……いや、それに答えたいと思うよ」

「そういうところは相手の気持ちを考えて言い直すのですね。でも、本心がわかっている以上あまり意味はないですよ?」


 もっとも、好意としては一番高いと言われたフェリシアとしては、その点に関してはうれしい。少なくとも賢哉の中で最も好意的に想っている相手はフェリシアであるということだからだ。そのあたりはこの世界に来てからの長い間の付き合い、一緒に過ごした時間の積み重ねがあってのものであるのだろう。


「では、ケンヤ様……奪われたこの国の領土の奪還を、してもらえますか? ケンヤ様の力にて、それだけの多大な戦果をもたらせば、少なくとも貴族としての位を得ることは不可能ではないと思います。それと同時に、開拓領地の発展から私も貴族に戻る。そのことを含め、私とケンヤ様の結婚で開拓領地に残る、そういう形にしたいと思います」

「……それはちょっと無理矢理かな、とは思うが」

「それでも、無理でも通すつもりです。私はケンヤ様と一緒に痛いのですから。この機会でなければ……私の立場上、ケンヤ様と結ばれるのは難しいでしょう。開拓領地の発展の功はありますが、それでケンヤ様が貴族になるにしても、私がケンヤ様と結ばれるとは限りません。それに、その場合のケンヤ様はその力を見込まれ各地で使われる可能性もあります。開拓領地から離れ、どこか適当な貴族でも見繕われ使い勝手のいい存在として使われるかもしれません。そうならないよう、強力な力を持ち、それによるこの国の誰も得ることのできない代えられない功績を持って、妙な手出しが成されないようにした方がいいと思います」

「…………まあ、そのあたりはフェリシアに任せる。俺自身そういう話ができないわけではないが、そういうのはフェリシアの方が得意そうだからな……そういう意味では、やっぱりフェリシアがそばにいた方がいいのかな?」


 賢哉はそういった策略、謀略、政争の類は得意ではない。賢者の才があるとはいえ、それで得られているのは魔法的な能力であり、本人自身は元々の世界では一般人であった。そういうものが得意になることも難しい。

 ともかく、賢哉とフェリシアで内密の話し合いが行われ、フェリシアの護衛に賢哉が付き、王城へと向かい、そこでフェリシアがいろいろと提案をする、そんな形の話に収まったのである。これが王城に向かう前に行われた二人の対話、フェリシアから賢哉への告白であった。


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