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盗賊たちを引き連れたまま馬車は道を進む。時折賢哉が杖を振るい何かをしているのを同乗しているフェリシアとアミルは見るが、もう驚く様子はない。ただ、それが何の意味を持つのかは彼女たちも理解していない。ただ、道中彼女たちは特に何か起きることもなく安全に進むことができた。これに賢哉が関わっているのか、それとも単純に何も起きることがなかったのかはわかっていない。
そんな彼女たちはすんなりと開拓領地に到着することができた。
「つきましたよ」
「…………え?」
アミルが到着したと言い、フェリシア達は馬車から降りる。他の従者も馬車から降り、周囲を見回している。
「……ここが、領地、ですか?」
「はい。ここが"開拓領地"です」
周囲には特にこれと言って何かがあるようには見えない。領地、とは言われているがその大きさはそれほど大きくない。いや、大きさで言うのならば……それこそここは"開拓領地"ではなく、"開拓村"と称するのがふさわしいだろう。領地と言われているが、特に大きな建物もなく、広い農場のようなものもなく、単に村がひとつぽつんとあるくらい、その村に関しても建物がいくつか、井戸が一つ、農地も小さいものがあるくらい。村という割に回りに柵の一つもなく、農地には獣に荒らされたものと思われるものもある。一応幾らか獣に対する対策をしている所もなくはないが、それも少ないしかなり状況としてよくないように思える。建物もかなりボロボロで、ほとんど直されている様子も見えない。
「酷いな。本当にこれが"領地"か?」
「はい」
「………………ここを、治めるのですか?」
「はい」
目の前の現実はあまりに悲惨なものである。確かにフェリシアは家族が重罪人で連座を免れ、その罰に近い形で開拓領地に赴くことになった。しかし、それでもまだそれなりにやりようはあるのではと思う所だっただろう。しかし、実際は開拓領地があまりにも酷すぎる状態である。なるほど、これならば五年税を取らないと言うのも納得が行くものだろう。国が干渉してこないのも、税を取らないと言うのも理由だが支援もしないというのがある。なるほど、ここを支援してもどれほど支援が形になるか、役に立つか。それならば下手に関わらない方がいいと判断するのは当然だろう。
「…………とりあえず、私たちが住むための家を」
「あるのか?」
「…………」
一般的に村ならば、村長の屋敷、治める人間のための家、せめて集会場のような場所でもあるのでは……と思うところかもしれないが、どう見てもそんな場所があるようには見えない。この場所に始めてきた彼らが周りのあまりの光景に戸惑う中、彼らのことを発見した村人の一人が話しかけてきた。
「お前らなにもんだ」
「…………」
「お嬢様」
「あ……はい」
この集団の代表はフェリシアである。アミルに促され、フェリシアが一歩進み話かけてきた男性に答える。
「私はフェリシア・アルヘーレンです。この国の貴族……でしたが、少し事情があり、この開拓領地を治めるように言われてこの場所に来ました」
「へえ。貴族さんねえ……そっちのは?」
「あれはここに来る途中に出会った盗賊たちです。それを捕まえてここまで運んできたんです」
「ふうん。最近こっちに来る人間が少ないと思ったが……ま、ここは行くところの無い人間が最後に来るような場所だ。そういうやつが少なくなったか、もうとっくに忘れられたかとも思ったがそいつらに襲われたのかもな。それで、あんたらはここを治めるんだって?」
「……はい」
「ま、好きにしな。いうことを聞くようなまともな奴らはそういないだろうけどよ」
そう言って男はその場を去ろうとする。それにフェリシアは待ったをかけた。
「あの!」
「なんだよ?」
「私達が住める、この場所を治める人間が住んでいた家とかはありませんか?」
「はっ」
男はフェリシアの言葉を鼻で笑う。
「この場所に貴族が来たこたあねえんだわ。それに人が住む家も全部自分たちで建てたものだ。誰かを泊めたりするような場所はねえ。欲しいなら自分で作りな」
「あ……」
そう言って男は今度こそ去っていった。
「……どうしましょう?」
「……ひとまず、住むことのできる場所を作るしか」
「皆に働いてもらうしかないのでしょうか……でも、建物を作るなんてことをやったことのある人はいませんよね?」
「彼らもあくまで貴族の家に仕えてきた人間ですから……それに、今後も仕えてもらうかどうかの話にもなります。一応彼らには全く行く当てがないと言うわけでもないです。ここまでついてきてもらいましたが、一度訊ねてみないと……」
「そうですね……」
「でも、今はそれよりも先に。住む場所をどうにかしないと……最悪野宿になるのでは……」
「馬車があるとはいえ、寝心地がいいわけでもないですし。旅の途中ならばともかく、ここまで来たのにそれはさすがに……」
フェリシアとアミルは色々と話し合いをしている。まあ、彼女たちも彼女たちで事情があるのだろう。
「住むところだよな?」
「はい」
「……魔法でどうにかできると?」
「ああ。ま、簡単なものでいいならな……正式に建てるとなると、また手間も道具も準備も必要だが」
賢哉の発言に驚く二人。まず魔法で建物を作ると言うこと自体が異常である。まあ、今まで見てきたものからすればおかしな話ではない。それくらいに賢哉の魔法はチートだ。
「んじゃあ……ま、それなりに建てやすい場所に建てるか」
賢哉は周りを確認している。建物を建てる事自体はほとんど問題はない。問題となるのは建物自体に場所を取ること。一応賢哉が立てるのは簡素なもの。それも土で作る無機質で寒々としたものだ。一応そこで休息をとることもできるが、しかし今後のことを考えるならあくまで仮住まいとするべき。そして、それこそこの場所における一等地に正式に貴族の屋敷を立てることが必要となるだろう。まあ、必要なら取り壊せばいいのだが、他の住人が住まう場所としても仕えれば損はない。そういうことでそれなりに良さげな、しかし今後に影響の少ない場所を探しそこに賢哉は建物を建てることとした。
「ここらへんでいいか」
そしてその場所を賢哉は決め、杖を振る。今まで一瞬だった魔法だが、今回はかなり杖を振る時間が長い。
「っ……相変わらず見ていてすごいですね」
「ええ。どう考えても魔法使いの使う魔法とは思えないくらいには凄いですね」
ごごごごと音を立てながら建物が立っていく。それを周りの建物にいた人間も、何の音だと外に出てきてみていた。そして、短時間で建った建物に驚いていた。
「こんなところか」
「ではとりあえず、荷物を運びましょう……少なくなってしまいましたが」
従者たちと共に、急遽建てられた建物に荷物を運ぶ。一応の仮住まいだ。それなりにいい環境が欲しい所だろう。