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賢哉の持つ魔法の能力は極めて高い。その才は素晴らしく、それこそ何もなかった領地をたった四年で大きく発展させられるほど。これが既存の領地であればそれ以上に発展させられるくらいのものであり、その程度の物、というわけではなく育てる土台の関係上それくらいにしか成長しなかったのである。つまり、現状での開拓領地の様子ですらとんでもないのにそれ以上の才を持ち得るということである。しかし、それを王、フェリシアの父母、そしてフェリシア自身ですら知り得ていない。まあ、フェリシアに関しては賢哉の凄さはわかっているが。そして王たちも話や実際の現状を聞きその凄さを理解することはできる者の、実感でそれを得られない。賢哉自身は自分の才をきわめて正確に理解しているわけではないものの、これくらいまで力を振るえるというのはなんとなくわかっている……のと、以前魔王との戦いを経験しどれくらいできるかの判別はおおよそできている状態である。
一軍を相手に自分一人で楽に勝つことができる、それを賢哉自身は割っているのだが……それを説明したところで受け入れてもらえるはずもない。賢哉が奪われた領地の奪還に赴くことは決まったが、それについていかせる兵士、また現在元アルヘーレンの領地にいる兵士をどのように使うかなどの話し合いが行われる。賢哉はそもそも用兵の能力はあまり高くないためそれほど連れて行く気はないし、下手に連れて行くと邪魔になる可能性があるゆえに連れて行きたくはないのだが、現実的に考えればそうも言えないだろう。その場にいる兵士たちにとっても、戦争についていき参加し戦果を得るというのも彼らの役割としては重要なものだ。戦いに作歌せずともできる限り戦果を得たい。ゆえにたとえ断られようともついていくつもりはあるだろう。下手に断ると話がこじれかねないし、内輪での争いも起きかねない。ゆえにうついていかせることは必須の事柄である。
まあ、そのついてきた兵を使うかどうかは別の話であるし、賢哉の力を考えればそれらの兵を前に出さず一気に決めることも不可能ではないため、ついてこさせるが手は出させないというのが一番だろう。そのほか、様々な段取りを決めているのだが、そんな中、フェリシアが王に一つの提案をする。いや、提案というよりは頼みである。それは今回のことに関係はするものの、領地奪還とは別の話、そしてフェリシアや賢哉に関わる内容である。
「王様」
「うむ。どうした?」
「今回の……侵略に対する戦いとは別……厳密には別ではありませんが、少し……えっと、ケンヤ様のことについてでございます」
「ふむ…………何かあるのか?」
「はい……その、今回のことでの、その後のことについてなのですが……」
「気が早い……と思うが、理由があるのだな?」
フェリシアの言う内容に関しては王の言う通り気が早いと言わざるを得ない。そもそもまだその侵略をどうにかする、という前の侵略に対抗するための手段、戦いに関してのことを決めている段階であり、それがどういう結果に収まるかなどという話をする段階ではない。フェリシアと賢哉……特に賢哉は己の実力を理解しているため、戦う前からこうすることができるだろう、これくらいの結果を出せるだろうという推測はできている。具体的には奪われた領地の奪還は可能である、という感じに。本気でかかれば相手方の領土を奪うこともできるのだが、さすがにそれは今回するべきことではないし、侵略行為を行う時点でよろしくない。できれば王命でもそれは断りたいところであるが、今後どうなるかは少しわからない……まあ、今回に関してはあくまで乳母れた領地の奪還がメインである。
さて、賢哉がどれほどできるかはともかく、賢哉が勝利し相手方に奪われた領土を奪い返した場合。これはどれほどの戦功なのか? 少なくとも戦果としてはとても大きく、かなりの物であると言える。それも賢哉の予定する通り賢哉一人で奪い返したならば、それこそ大軍で得られる戦果を個人で得るということになる。そしてそれほどのことができる者に安い報酬では誰もが納得するものではないだろう。いや、それほどの戦果を成し得るのならば、それこそ手放すような愚を犯してはいけない。地位、お金、女、宝物、土地、様々なものを使い自分の側に引き込む必要があると言える。
「はい。ケンヤ様の能力は素晴らしく、開拓領地でも土地の開発など様々な形で使われています。また、今回の戦いで恐らくは多大な功をもたらす者とも考えています。それゆえに、ケンヤ様を自分の下に引き込みたいという方もいらっしゃることでしょう」
「………………私はこの者の力を見たことはない。しかし、其方がいうのであれば……そうなのだろう。実際にどれほどかはわからぬが、開拓領地をわずかな時間で多くの人間が安心して住める地に変えるのであれば、それこそどこでも使いたがるだろう」
「そうなると私が現在治めている開拓領地はまた苦労を重ねなければならなくなります。私どもとしてはそれはあまり好ましいものではありません」
「…………理解はできる」
開拓領地としては賢哉の力によって発展した……ならばそれを奪われればその発展は大きく落ち込む。今あるものがなくなるわけではないものの、その維持からこれからの発展など、いろいろな点で問題が出てくることになる。それは望ましいものではないだろう。王としてはそれは理解できている。しかし、かといって賢哉を開拓領地に残す、というわけにもいかない。それほどの力を持ち得る存在を開拓領地だけの発展に使うというのは少しもったいないという志向があるからだ。
「だが、そう簡単にはいかぬだろう」
「……そうですね。ですが、えっと、それとは別に、私としては……ちょっと別の理由もありまして……」
「……ふむ。いったい何があるというのだ?」
「…………私は、ケンヤ様を、想っています。結ばれ、共にいたいと思っています」
「なにっ!?」
「……あら」
「ふむ」
突然のフェリシアの告白。賢哉への懸想、その暴露である。流石にこの場においては唐突だが、つまりはフェリシアとしては賢哉を余所に渡したくない理由として賢哉のへ想い、恋情が理由の一つとしてある、ということである。
「……驚かぬのだな。もしや既に恋仲であると?」
「いえ。そういうわけではありません」
そんなフェリシアの告白、それを賢哉も聞いているわけであるが、賢哉はすまし顔だ。驚いた様子すらない。
「ただ、こちらに来る前に、彼女から直接その心の内を明かされましたので」
「なるほど」
賢哉は王城に来る前にフェリシアから直接告白されている。今回のことに関して、事前に話し合いをすると同時に、フェリシアのその想いを打ち明けられた。ゆえにこの場では特に反応しなかった。
「それで……今回のことで功をあげたのならば、ケンヤ様を……貴族とし、私との婚姻を許してもらう……ということを報酬として頂きたいのですが」
「ふむ……………………」
「開拓領地の現状を考えれば、少なくとも評価がなされないということはないでしょう。私も貴族に戻ることができる可能性はあります。ケンヤ様も、今回のことで大功をあげられれば、貴族になったとしてもおかしくはありません。それにケンヤ様の戦力が今回の侵略に対抗できるほどの者であるとすれば、手放したくはないはずです。それならば、私の入ったような形でこの国に縛るのは決して悪い提案ではないと思います」
「うむ。確かにそれで我が国の力となってくれるのならばありがたいことだがな……」
ちらりと王は賢哉を見る。
「しかし、それをこの者の前で言っていいのか?」
「すべて、話し合いをしました。ケンヤ様も別にこの国に叛意があるわけでもありませんし、私とも良好な付き合いを築いてきました。それを捨て、全てを捨て、何処かに旅立とうという気はないと。結婚に関しては……その、構わないとも言われましたし」
そこでフェリシアは少し複雑そうな顔をする。まあ、賢哉に君のことが好きだと言われ愛情を向けられたわけではないというのがあるだろう。賢哉がフェリシアに対する恋心があり、それをフェリシアに向けた、というのであればフェリシアとしてもうれしい限りだが、フェリシアが自分との婚姻を望む、というのであればそれは受けてもいい、問題ないよ、という反応では少々フェリシアとしては納得しがたいところがある。
「……………………まあ、考えておこう。今決めたところで戦果が振るわなければ意味のないことだ。それこそ戦いの結果如何で決めるべきことだろう」
「わかっています……ですが、私としてはそういう形になることを望みたい、ケンヤ様もそうなることには納得している、と伝えておきたかったのです」
賢哉とフェリシアで決めたこと、というにはどちらかというとフェリシア側の意見が強くはあるが、賢哉としてもそれ自体は受け入れ納得していることである。それゆえにそうなることを両者が望んでいる……まあ、両者が望んでいる。結局のところ結果がどうなるか次第でもあるが、逆に言えば結果次第ではそれを受けいれてもいいかもしれない。もっとも、現状で後のことを考えても、結果がよくなければ意味はない。それゆえに、今どうするかを決めるわけではない、という話になった。それよりも、今はどう行動するか、どう戦いを行うかを決めなければならない。そちらの話し合いの方が重要だっただろう。




