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そんなこんなでそれなりにあちこちで色々な出来事があった。主に各地で出費、人の移動などが起き、騒動の火種も各地にできて、王国側としても結構な痛手となった。しかし、一度自国の領地を奪われはしたが、現状維持、とりあえずこれ以上を取られないように守ることはできている。そういう点では王国側もやられっぱなしというわけではない。
だが根本的には王国側はなんとか奪われた領地を取り返さなければならない。本音を言えば相手の国の領地を逆に奪うくらいの成果を出したいところであるが、それができるのならば今までの間にとっくにやっている。現時点では守るのが精いっぱいで取り返すなんてとてもできそうにないだろう。それ以前に彼の領地の現状のことを考えてもなかなか厳しいものがある。
元アルヘーレンの領地は他国から兵士などが流入し、それに反するかのように自領の領民が外へと流出した。基本的にいきなりよその領地に住みたいと思ったところで簡単に他領地に移るなどということはできず、あちこちを流浪しなければならず、普通はそうやって領地を出てどこかに行くということはなかなかできない。しかし、元アルヘーレンの領地を治めていた領主はまだ生きており、別の場所で領主をやっている。その伝手ならばどうか、ということでそちらに移動した。まあ、そこは開拓領地と呼ばれるところであり、かなり厳しい環境になり得るのだが。
しかし、その中でもフェリシアの治める開拓領地はかなり発展し、その影響もあって元アルヘーレンの領地からの領民の移動が集中した。もちろん他の開拓領地に全く誰もいかないというわけでもなく、フェリシアの父母が治める開拓領地にも人は言っている。開拓領地は自分たちで精一杯、ということがほとんどであり、人がいくと確実に困窮する。ゆえに余裕のあるフェリシアから裏で自分の所の商会が手を貸すように頼むこととなった。
そうして、ある程度状況は維持されていく。隣国もこちらに攻めてきているわけだが、そういった侵略もずっとできるわけではない。常備兵ならばともかく、各貴族やその領地から引っ張ってきた兵士は通常自分の領地の仕事もある。兵士とは言っても、賦役の一種のようなかたちで兵士として連れてこられたものもおり、そういった者が多いと収穫などにも影響する。ずっとは戦えない、それは向こうもこちらも同じであり、侵略は度たび、程度ですんでいる。人以外にも物資の問題も出てくるだろう。もっとも、結局のところそれはどちらでも同じことであり、片方だけの都合で全部決まるということでもなく、色々と面倒な話になってくる。まあ、色々と事情が重なり、侵略は継続してのものではなかったのがある意味幸いし、王国はなんとか耐えている形である。
だが、やはりこのままではよくない。このままでは自国の方で悪い噂、評判が下がるような話が広がりかねない。そうなると今度は今侵略されている隣国以外からも舐められ、場合によっては攻め込まれるかもしれない。流石に王国の領地の切り取り合戦などやられたらたまらない状況である。なんとか急いで取り返し、王国の威、力を見せる必要が出てくるわけである。
とはいっても、それは簡単なことではないのだが。王国の貴族情勢も、大きな立ち位置にいたアルヘーレンがいなくなった……まあまだ家自体は残っているがその影響力がほぼなくなっているためかなりいろいろと錯綜、混乱気味である状態だ。それゆえに物事はうまく、簡単に、的確に進むということはなく、大変な状態であった。
まあ、そんなことも開拓領地にいるフェリシアや賢哉などにはかかわるものではない……本来なら。
「最近こっちに間諜の類が入り込んでいるらしい」
「かんちょう?」
「……どこの者ですか?」
「この国だな。まあ、元々何人か入り込んでいたが……その人数が増えてきてる感じだな」
「それは……」
開拓領地は安定している。しかしそれはある意味普通ではない。通常の開拓領地は困窮し大変な状態であることが多い。フェリシアの治めるこの地は住んでいる住人、安定した環境、賢哉の魔法によって作られた施設、それ以外にも様々な部分で他とは違っている。なによりも余所の開拓領地……正確にはフェリシアの父母が治める開拓領地であるが、そちらにも支援を送ることができるくらいである。まあ、それはフェリシア名義ではなくアルバートの所属するフェルミット商会の名義であるわけだが。
まあ、そういった情報に関して、どこから、だれが、というのは何処も調べるものである。それ以前にここの開拓領地はよそから人を集めるようなことをしている時点で他とは一線を画している。とうぜんながら人を送り情報を集めようと思う物はいる。それ自体は以前からあったものだ。だが、今回それが増えていることが賢哉の手によって判明している。
「やはり、隣国との争いが原因でしょうか……」
「ここにはフェリシアしかいないのにか?」
いくらアルヘーレンの家の人間だと言っても、元々領地を治めている立場のフェリシアの両親ならばともかく、フェリシア自身はそれほど重要な立ち位置ではないだろう。その能力に関しても開拓領地の開発、統治を行う中で成長しているとはいえ、やはり一軍を率い指示を出し戦うには値しない。そもそも、指揮官の存在で言うのならばフェリシアの祖父でも別に構わないわけである。彼は今ではもともと就いていた場所から追われているが、死んだわけでもないし貴族籍を剥奪されたというわけでもない……まあ、元アルヘーレンの領地に差配するためそうする必要があったからなわけであるが、一応未だに貴族である。彼を指揮官にする、というのも手としては悪くはないだろう。少なくともフェリシアよりはいい。場合によってはフェリシアの父よりもはるかにいいだろう。
「そうですね……使い道はいろいろありますが、それらを理由にするには弱いでしょう」
「となると……」
「ケンヤ様、ですね」
「……ケンヤ様ですか?」
賢哉の存在。開拓領地における多大な開発に連なり、開拓領地に亜人を住まわせる最大の要因であり、そして超がつくような天才の魔法使いとしての資質を持つ存在。その強さを王国は明確に認識していないが、それでも聞く話だけでもとんでもない部分が多く、個人の武勇としてはありえないくらいに高いと言わざるを得ない。その力を借りられれば……と、思わなくもないだろう。もっとも、現時点での情報だけでは本当に力を借りていいのか、借りることができるのかもわからず。また、簡単に借りることはできないというのも理解している。ゆえに情報収集を、ということで間諜を送り込んでいるのだろう。
「まあ、多少情報を持って帰るくらいならな……他国ならともかく、この国の人間ならまだ」
「そうですね……それはそれでこちらに不利な情報を集められるかもしれませんが」
「…………追い出すことはできないのですか?」
「集めた人間の中に混じってるからな。そこはしかたがない」
もともと開拓領地に人を引き込みたいのはフェリシアたちの側。自分たちから受け入れたのに間諜の疑いがあるからやっぱりだめ、と追い返すのは流石に風評的にまずいだろう。理由があったとしても、必要とされたので行ったらやっぱりいらない、追い返すでは外聞きが悪い。ゆえに受け入れたうえで彼らの行動を見ハッタリ、過剰な情報収集ができないようにしたり、逆に彼らの存在から情報を得るなどの手を打たなければいけないだろう。
と、そんな様々なことがありつつ、四年目は一気に過ぎ去っていくのであった。




