81
たとえどこで何が起きても開拓領地の状況に変わりはない……とまで極端ではないが、開拓領地はそこまで大きな変化はない。そもそも開拓領地は未開拓地域に接すゆえによそからの侵入が難しい地域であり、そこまで到達するには王国内を進まなければいけない。そしてそこまでして攻め込むメリットも基本的にはないわけである。まあ、今の開拓領地ならば亜人や魔族の関係、賢哉という強大な魔法使いなど、そこを攻めて得るものはないとは言わないが、果たして賢哉が攻められることをよしとし、そこに住む者たちをむざむざ奪わせるかというとそういうことはないだろう。まあ、そもそも攻め込むまでの手間を考えるとそもそも攻め込まれないわけだが。
そういうことで本来なら、たとえ王国内が隣国との戦火に包まれたとしても、開拓領地まで届くのにはかなりの期間と戦闘を経由してであり、それゆえに開拓領地に影響が出るまでの期間は長い。そのうえ今回の元アルヘーレンへの侵略はそこまで重大な出来事ではなく、今までも起きていたこと。攻め込まれ侵略されるのは今回が初めてでその点においては重大な出来事であるかもしれないが、それ自体は珍しいことではなく、今回侵略された領域も領地全部というわけではなく、一部である。まあ、一部とはいえ侵略されたのは事実であるゆえに大丈夫とは言えないが。
本来なら、そうだ。しかし、今回は開拓領地とアルヘーレンの関係の都合、および元アルヘーレンの領地の現状の影響など、そういった点が関わって少し話が違ってきていた。
「…………元アルヘーレンの領地の人間がこちらに向かってきている?」
「はい。商会の方からそういう連絡が来まして……」
発端はフェルミット商会からアルバートに届いた連絡事項。現在開拓領地には余所の行き場のない住人を受け入れる、あるいは訳ありだったりいろいろと問題があったりで今住んでいるところにいられない多くの人間を受け入れている。元々開拓領地はそういう場所なのだが、フェルミット商会の手を借りて商会から人を送ってもらっている。
今回その中に元アルヘーレンの領地に住んでいた領民が入る、という話が届く。別に何処の領地であろうともそれ自体は問題がないわけだが、その人数と規模が今回の問題事項となってくる。それもそもそもフェルミット商会が送り込む人員として勘定していた分ではなく、元アルヘーレンの領地から自主的にやってきた人間だ。フェルミット商会は彼らをこちらに送り出す、というわけではなく、こちらに来る彼らをフェルミット商会から送り出した形にする、ということにするということらしい。
「いったい何が……って、言うまでもないか」
「ですね。危惧していたことが現実になるとは……流石にこれは少し、問題ですね」
「…………やっぱり領地の方の状況が問題だったのかしら?」
「恐らくは」
アルヘーレンが治めていた頃よりも重税になったのに住みよくならず、兵の強化もされず、その上今回の隣国の侵略を抑えることができなかった。今まで問題なかったのに新しい貴族が治めてから問題ばかり、こんな貴族が治めていて大丈夫なのか? 侵略された場所からどんどん兵士が来て、家族を殺したり凌辱したり攫われたりするのではないか、戦火が迫ってくるのではないか、どんどん不安になる。せめて貴族側がその力を見せていればまだ少しは信用できたかもしれないが、そうではないゆえに、彼らは今いる場所で安全に生活できるとは思えなかった。
もちろん簡単に今過ごしている場所を捨てて出ていくなんてことを選べる人間ばかりではない。しかし、彼らの故郷は領地だが、元々彼らはアルヘーレンの家によって纏まっていた者たち。故郷を領地としてみるのではなく、アルヘーレンの治める土地こそが自分たちが過ごすのにふさわしい場所なのでは、そう考えればどうだろうか。今アルヘーレンの家の人間が治める領地は、開拓領地の三か所、そのうち様々な噂が少しは届くフェリシアの治める開拓領地は住みやすい、あるいは未来の展望があるのではないか? そう思ってもおかしくはない。また、さすがに押さな過ぎるということでフェリシアではなく父母の治める開拓領地の方に行くことを選ぶものや、あるいは元々領地を治めていたフェリシアの父に従うことが正しいと考えそちらに出向くもの、いろいろである。
「それで、そっちでこちらに送り出すことに特に問題はないのか?」
「むしろ途中での脱落者を減らす意味合いでも、こちらが手を尽くしたほうがいいでしょう。それにこちらに来るつもりの者ばかりではないようですからそちらが別の開拓領地に向かうとなるとこちらに来るよりもはるかに危険が大きい。確かに商会にとっては結構な額の出費となり得るでしょうけど、少額を支払って大恩を得たと思えば、後々の商売に大きくつながるでしょう」
「……損して得とれか」
お金はどうとでもなっても、人は取り返しのつかないことは多い。お金はいくら得ることができても人の心を得るのは難しい。人を助けることはその人のためだけになるのではなく、自分のためにもなる。情けは人のためにならず、人を助けるために支払われたお金は相手からの恩を得るための物。恩、人とのつながりがあれば、その後の商売に役に立つこともあるだろう。ただお金だけを儲ければいいというわけではない。儲け方もまたそれなりに重要である。
「まあ、人を受け入れるのはいい……問題はこれが第三勢力になるだろうってことかな」
「第三勢力ですか?」
「……開拓領地、商会から贈られた人たち、そして元アルヘーレン領地の人民の三勢力ですか。お嬢様の立ち位置からして少し微妙な感じですね」
「……私ではだめでしょうか?」
「どうしてもフェリシアはアルヘーレンの家のお嬢様、って立場だからなあ……開拓領地を治めているとはいえ、その手腕を信頼できるかと言われれば、実際見てみなければわからないんじゃないかな。まあ、当時から比べれば成長しているからその時のそのままの印象で考えられても困るだろうが……」
アルヘーレン領地の人間にとって、フェリシアはアルヘーレンの領主の娘、という扱いでしかない。そうなるとその領主の娘が開拓領地を治めているということに不安を覚える者もいるかもしれない。もっとも、今のフェリシアは三年の領地経営の経験を持っている以上、元アルヘーレンの領地の人間が最後に彼女を見た三年前と同等とは言えない。ただ、人間とは昔の印象をなかなか拭えないものだ。今確かにその能力があったとしても、当時はただの貴族の小娘でしかない。あるいは当時の出来事……フェリシアの姉が起こした事件を考えれば、単純にフェリシアも同じような物なのでは、と思われる危険もある。
「まあ、来てみないとわからないことも多いか……勢力としての立場もあるけど、領地に人数的に受け入れられるほどの許容量があるかも問題だな」
「そうですね。流石に今回のは唐突なことですから……まあ、開拓領地は少しずつ広げているので大丈夫だと思いますが」
「それも問題ですが、亜人の人たちや魔族の人たちに関しては……」
「彼らがどう感じるか、どう反応するかは……まあ、他の人間と同じだろうな。受け入れてもらうようになんとかするしかないが、うまくできるかどうかは別か。まあ、いきなり横に彼らの住む場所を、とするわけでもないし、ある程度は最初はお互い交流からになるだろう。これに関しては今まで通りの対応だな」
「……それはまあ、しかたがないことですね」
「大丈夫でしょうか……不安です」
いきなり人の数が増えればそれだけ騒動の種は増える。もちろん的確に面倒ごとに対処するつもりはあるが、それでもその面倒がどういう形で出来てどれだけの大きさになるかもわからない。賢哉の仕事量は確実に増える。まあ、今はそれでしかたがないだろう。




