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四年目。開拓領地も基本的に大きな問題なく成長し、人も増え、他の亜人種との交流もでき、魔族や獣人とも少しずつ付き合いを作るようになった。基本的にそういう形で開拓領地は安定している。開拓領地は。
開拓領地がある王国の方では最初はかなり安定している、というよりは今まで通りのように見えた。むしろ開拓領地は安定しているといっても事実的には少し違って逆、つまりは発展しすぎで以上に思えるくらいなのだが、まあそれは置いておくとして、他の開拓領地や多くの領地で基本的には普段通りの日常だった。しかし、ある一点、ある一領地のみ、今までとは違っている。元はアルヘーレンの領地である隣国と接する領地、その領地が別の貴族にわたり、そのため領地経営が微妙な様子を見せるようになった。兵士は今までよりも弱くなり、戦闘での指揮官は戦闘経験の少ないあまり指揮に向いていない領地を治めるだけの貴族、そして税率があがり領地も若干不安定となる。
アルヘーレンはなんだかんだで普通の貴族とほぼ同等の税率であり、基本的に不満は持たれていなかった。税自体は国防のために回す分が多く、贅沢もそこまではしない。だからこそ今まで安定して重要な要所である領地を治め、かなり重要な立ち位置の貴族だった。仮にも王族と婚約できる貴族という時点で相当重要な立ち位置、立場だったわけだが。そもそも公爵であるわけだし、重要も重要である。それが一気に爵位を剥奪、祖父であった人物が元々の領地を治めていたが、彼は領地から追いやられ別の貴族が治め、他の家族は開拓領地へ。まだフェリシアの所は発展と開発行き来しやすいが、それでも開拓領地は極めて連絡や来訪に難のある土地。そしてアルヘーレンの治めていた領地の重要性はその領地を得るために争っていた貴族たちが考えるよりも重要だった。
開拓領地の開発が行われ四年目、フェリシアが領主をするようになり四年目……元アルヘーレンの領地で、隣国との争いがおこったのである。
「大変な話になってきたな」
「……本当ですね」
「私は、どうしたらいいでしょうか……」
アルヘーレンの領地……元領地と隣国との争いはこちらの敗北で終わっている。まあ、完全に領地が侵略された、というほどではない。領地の一角が奪われたくらいだ。とはいえ、それでも敗北は敗北、侵略された事実に変わらない。今まではその地はアルヘーレンが治め、それゆえに戦闘の士気も、兵の育成も、戦うための装備もしっかりしたものであり、逆に相手方を侵略するのは流石に無理といった感じではあるが、犠牲を少なく土地を守り切ることができるくらいの備えはされていた。それをずっと続け、そのノウハウが残り、その結果今まで公爵として確かな立ち位置を持っていたアルヘーレンであるが、四年前に起きた王族殺害未遂のせいで没落、家族は生きているが貴族位はなく、開拓領地の発展に伴う貢献により貴族として再興の可能性を、というのが現状だった。
しかし、その影響はアルヘーレンの家の人間だけに収まらず、元アルヘーレン……フェリシアの祖父が治めていたアルヘーレンの領地は貴族の派閥争い、政治闘争、領地の取り合いで別の貴族の手に渡った。フェリシアの祖父は一応無事であるが、アルヘーレンの元領地と関わることができない状態であり、領地の守りを担う貴族は派遣された領地を得た貴族の家系の人間であるわけだが、その貴族では防衛能力は足りていなかったため今回のようになった。それでもまだ装備をしっかりし、兵をきちんと鍛えれば指揮官の未熟はありながらも守ることはできたかもしれない。あるいは領地から余計に得ていた税を守りに当てていれば相応に力となり守ることはできたかもしれない。だが現実はそうではなく、得た税は貴族の懐に入り兵たちに費やされていた予算は削減され、領地の雰囲気は悪くなり兵たちの士気は下がり領地の状況も不安定となる。
まあ、少し多めに税をとって懐に入れるのはほとんどの貴族は多かれ少なかれやっていることであり、それ自体に文句を言うことは少ない。土地を治めていた貴族も、少し税を多くとってはいるが別にそこまで重税というわけでもない。まあ、少し領民の生活が苦しくなるくらい、というと軽く聞こえてしまうのかもしれないが、それでもそこまで大きな問題ではない。ただ、場所とその地の重要性、状況が悪かったと言える。いろいろな意味で悪い状況が重なり、そこを隣国が狙って攻めてきた……多くの悪いことが重ならなければまだましだったかもしれないが、今更起きたことに関して語っても意味はないだろう。ある意味一番悪いことはアルヘーレンの娘の蛮行なのだから。
「別にフェリシアがどうにかする必要はないぞ」
「そうですね」
「でも…………」
「家族が治めていた土地、って言ってもそもそも今は別の貴族の手に渡ってる。悪いのはそっちだ」
「ですが……」
「お嬢様は土地の運営に関わっていたわけでもありませんし、アルヘーレンが没落する原因でもありません。あの方のことも、お嬢様が悪いわけではありません。今のお嬢様は開拓領地の領主です。元々の領地のことよりも、こちらのことをお考え下さい」
「……仮の領主です。正式に領主にはなっていませんからね?」
「ええ、わかっています」
流石に今回のことにフェリシアは関係ない。仮にフェリシアが何かしようと思ったところで、今のフェリシアでは何もできないだろう。まあ、これでもいろいろと経験を積み成長し、当時よりも年齢も上がっているが、かといって何ができるというわけでもない。今のフェリシアは開拓領地を任されているが結局のところ貴族ですらないただの小娘なのだから。
「……個人的に気になるのは侵略された土地の今後かな」
「今後ですか?」
「どういうことです?」
「いや、戦争の危険もあるなか、領地の領民がそのまま残っているのか……ってことだけど」
「………………どうでしょう」
「領地の外に出る、ということですか?」
「疎開とかそういのはないのか?」
「基本的に領民は領地の外に出ることはほとんどありません。戦争、ということも今まで特になく、どうするかはわかりません……治める貴族が変わったから、税が上がり生活が大変だからと言って、いきなり領地の外に出ていくなんてことはありえません」
「それもそうか……」
普通は自分の住んでいる場所が大変な状況だからと言って、いきなり家財道具を持ち出して別の土地に逃げるなんてことはできない。着の身着のままで逃げる、お金だけを持って逃げる、という手段もなくはないが、根本的に問題は多い。逃げた先での生活、そもそも受け入れてくれる場所があるのか、逃げる人数が多ければそれだけ受け入れられにくいだろう。移動中に盗賊などに襲われる危険性もある。そういうことで普通は移動することなどない。普通は。
「でも、今の状況だとどうなるかはわかりませんけどね……」
「え?」
小さくつぶやくアミル。現状では、いろいろな意味で普通ではない。その場合、どうなるかわからない。開拓領地の好況、アルヘーレンの家の人間の分散、そして元々治めていた領地の不安定化と隣国からの侵略。その状態で今まで通りの生活を、というわけにはいかず、一縷の望みをかけて……元々領地を治めていたアルヘーレンの家の人間を頼る可能性もないとは言えない。もっとも、それはよっぽどのことである。恐らくはない、そうアミルは思う。
こういうのを、ある世界ではフラグというのだが。




