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「従者たちを助けてくれたことは有り難く思います。しかし…………その盗賊たちは?」
フェリシアの目の前には捕まえられた盗賊たちが適当に作られた木の板に載せられ運ばれている。
「別に殺して放置していってもいいんだが……それでいいか?」
「……それは」
「本来盗賊はそういう扱いでも構わないものです。殺された物もいますし、殲滅しても構わない……のですが」
フェリシアは盗賊とはいえあまり過度に殺しを行うのは、と思う所であるがアミルは容赦がない。そもそも盗賊に対して慈悲を与える事自体が極めて稀で、そのうえ彼らは一緒に来た仲間であるフェリシアの従者である人員を殺されている。全員が殺されたわけではないが、連れていかれる際に傷ついた者もいるし、今生きている者も幾らか心に傷が残っている者もいるだろう。そう考えれば生かしておく必要もないし、殺して気を晴らしたいという思いがないとも言えない。
「それはそれで構わないが……今は止めておこうか」
「何故ですか? 連れていくのにも手間、生かしておいても食事が必要で余計な消費がでます。それならば捨ておくか、殺しておくかした方がいいでしょう。下手に逃げられれば報復に出るかもしれませんし、ここで全員殺しておいたほうが……」
「アミル!」
「お嬢様……言いたいことはわかります。フェリシア様はこういうことは未経験でしょうから。ですが、フェリシア様も領地を治める立場になられるのです。これからこういうことも行わなければならないこともあります」
「ですが……」
パン、と手を叩く音。その音に二人が反応しそちらを見る。手を叩き二人の気を引いたのは賢哉だ。
「今すぐ判断は出来ない。まだ慣れていないし、そもそも経験もない。すぐにできることじゃないだろう? そうするにしても、もう少し落ち着いた状況で、必要な情報を得たうえで、そのうえで殺す方がいい。ま、俺としては殺さない方がいいと思うけどな」
「……それは何故ですか?」
「殺したらそこで終わりだ。こいつらが殺した人間の将来の貢献、こいつらが消費した物資、そういったものが全部こいつらの死で終わる。そうするくらいなら、死ぬまで扱き使う方がよっぽど建設的だとは思わないか?」
別に賢哉も慈悲で彼らを生かしているわけではない。死ぬまで扱き使う。盗賊ゆえに人権を考慮されていない……まあ、この世界において人権というものに関しては考えられていない感じでもあるが、盗賊ゆえにそのあたり容赦せずやれる、ということだ。
「……それはいい考え、と言いたいところですが」
「少しやりすぎじゃないですか?」
「まあ、やりすぎといわれればそうかもな、って感じではあるんだが。でも人殺しの盗賊だろ? だいたい……今まで被害に遭ったやつらもいるんじゃないか? ん? 言ってみ?」
賢哉は盗賊の頭に杖を向けて訊ねてみる。
「……ああ。お前らが初めてじゃねえ」
「だそうだ。ま、それに関しては俺がこっちに来る前の話だし。この場所が領地に含まれるのかは知らないし。どういう罪に問うべきか、罪に問えるのかも知らないが。やりすぎってことはないんだろうな」
「…………」
「罪や罰に関してはまあ、とやかく言うつもりはないですが。結局その者達を連れていくのはどうなのです? 時間もかかる、手間もかかる、面倒も増える。確実にそうなります。それでも連れていく価値があると?」
論点は結局そこに戻る。根本的に盗賊を連れていく必然性がない。そして、盗賊を連れていくこと自体が大変である。仮に連れていくにしても、その道中で連れていく盗賊が面倒を起こす可能性があるし、今載せている木の板を引きずって運ぶにしても運んでいる途中に襲われる可能性もあるだろう。
「連れていく分には俺が何とかする。食事とかは眠らせておけば何も言わないだろ」
賢哉はあっさりと言う。魔法という極めてチートじみた行いの出来る賢哉であれば、運んでいる間の保護も、盗賊たちの食事の問題もある程度は何とでもなる。まあ、食人関しては後で盗賊たちがとてもお腹を減らしてしまうことになるだろうが。
「とは言っても……結局それを決めるべきは俺じゃない」
賢哉はフェリシアの方を見る。
「そっちが決めてくれ、雇い主さん」
「っ……」
賢哉はフェリシアに雇われている、という立場になっている。賢哉の意思や考えは色々とあり、それを意見という形でフェリシアに提案することができる。だが最終的な判断の決定はフェリシアにある。もちろん賢哉にとって不利益となることならばその判断に不服を申し立てることも、場合によってはその場から離脱、フェリシアと関わらず別の所に行くこともあるだろう。しかしこの盗賊たちに関しては別に失った所で賢哉に損のないものであり、持っていたとしてもそこまで特になる者でもない。利用できる用途はあるが、利用するほどの価値があるとは言えない、そんなものだ。だからフェリシアに判断をゆだねる。これは賢哉としてはフェリシアの成長にもつながるのでは、と考えている。今までの事やフェリシア自身の見た目の幼さなど、様々な点からまだまだ彼女が未熟な貴族であることは既に分かっている。そもそもの根本的な事情など詳しいことは知らないが、少しは成長の機会があればいい、という想いも賢哉にはある。まあ、それは盗賊を拾ってきたことに関して本人が後付けで考えたことだが。
「……連れて行きましょう。今殺しても、後で殺しても同じです」
「じゃ、そうしますか」
「……お嬢様がそう言うなら」
賢哉は素直にフェリシアの言を受け取り、アミルも渋々ながら頷く。もっともフェリシアにとってこれは判断の後回しに近い物であったが。ともかく、盗賊に掴まり生き残っていた従者たちと、捕まえた盗賊たち、そして賢哉、フェリシア、アミルの三人は改めて馬車のところまで戻り、そこにいた盗賊三人も加え、それなりの大所帯となって開拓領地へと向かうのであった。