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エルフやドワーフ、特にネーシアの熱心な説得……というよりは将来の不安を利用した脅し、またはある種の洗脳時見た説教、もしくは恐ろしい現実を見せた上でのそれへの対処として必要な条件など、ともかくいろいろな意味で魔族と獣人たちを戦慄させ賢哉の必要性を説き、魔族と獣人の生活に賢哉の手を借りることを許容させていく。まあ、元々獣人も魔族も心から争いをしたいと思っているわけではなく、人間への不信や反感が残っていたからこその現在の状況であるというだけで、穏当に生活できるのであればそちらの方がいい。彼らの生活上資源の確保に問題がなかったり、生活するうえで発展はともかく現状維持ができるのであればいい。
と、いうことで色々とネーシアなどの手助けもあり、獣人と魔族に賢哉という存在、ひいては人間という存在の許容を進めていく。もちろんそれ自体が簡単に進むことはなく、反感情を簡単に覆すことはできないためあくまで徐々に、少しずつということになる。まあ、賢哉が魔族と獣人たちの下に赴き、生活に関わっていけばそのうちある程度は改善され、道を繋ぎ交流できるようになればだいぶましになるだろう。結局それには時間がかかるわけであるが。
そんな感じで魔族と獣人の生活は比較的順調に人間への融和を進めていく形となった。一方で開拓領地の方も、徐々に範囲を広げていきながら開拓領地の運営を賢哉なしでやっていけるように改革していく。これは将来的に必須なことである。賢哉がいる限りは現状維持でいいかもしれないが、やはり徐々に内部を変えていかなければいきなり何か起きて大きく落ち込む危険もある。もともと賢哉の存在自体を受け入れられるわけではない、という者もいるだろう。特に現在外部から来た住人達はその傾向が一部ではある。そもそも賢哉自体がいろいろな意味で異常、異端な存在。その力の恩恵は素晴らしいが、しかし問題は多い。
開拓領地の状況自体はそれなりによくなっている。元々住んでいた人間の中でも夫婦となり子供を作っている物もいる。とはいえ、まだ医療的に完璧でなかったり、そもそも生活を維持できる環境にない所もある。まあ、そこは開拓領地の領主側から支援があるわけだが。新しく来た住人の方にも支援をしている。
基本的に三年目はそういった改革や新しい亜人側との関わりを進めていく形で進んだ。
「……………………」
「……………………」
領主の館として作られたフェリシアたちの住む屋敷。屋敷なのか館なのか、まあそこそこ大きな建物、その一室でフェリシアとアミルが難しい顔をしている。その原因はアルバート。厳密にはアルバート自身ではなく、アルバートが持ちこんだ話の内容だ。
「えっと……」
「アルバートはあまり気にするな。フェリシアたちは元々自分たちの住んでいたところだからな……」
「ええ、そうですね……」
その内容はフェリシア、アミルのいたアルヘーレンの領地のことである。現在アルヘーレンの領地はどこの誰とも知れない貴族の手に渡った。元々の領主として活動していたアルヘーレンの領主を追いやって。それ自体は貴族としてはまあ珍しくもない事態である。しかし、今までずっとアルヘーレンの領地だったゆえに、その領地が奪われなくなるというのはやはり複雑だ。父母の方は別の開拓領地にいるため手を出せない。そもそもフェリシアと違い彼女の父母はお金や部下がいるにしても、開拓領地を自分たちの手で育てていかなければならず、フェリシアのように賢哉という特例の超がつくような魔法使いがいないため普通の開拓領地の発展レベルでの発展しかしていない。ここのように他の人を受け入れられるような下地がそもそもできていない。彼らの開拓領地もそこそこ広げてはいるが、ここフェリシアのいる開拓領地と比べると全然広がっていないと言っていいくらいだ。いや、ここが異常なのだが。
そんな話はともかく、アルヘーレンの領地が他家に渡った。これはまあ、仕方のないことである。国に、王家に尽くし国防を担ってきていたが、それでもやはり家が落ち込めばどうしても取り上げられるものはある。それはある意味仕方がない。だが、取り上げるならば取り上げるでその後のことを気にしてほしい、と思うところでもある。
「もう一度……領地の現状を」
「…………重税、とまではいきませんが、前よりも多く税が取られています。そして、何よりも兵の指揮が全然で国防に影響がでることでしょう。士気も下がっていますし、鍛錬や装備に掛けるお金も減っているようです。費用削減、ということみたいですが……」
「明らかに軍事力に影響するだろうな。仮にも隣国との争いがよく起きる場所で、侵略から守るための要所だろ? 何故そんなことに?」
「その領地をもらい受けた貴族がそもそも軍関係の知識がないとか……」
「何故そんな貴族が?」
「それはまあ、政治としか……」
元々はアルヘーレンが一生懸命兵を鍛え守ってきた土地であり、アルヘーレンの人間が指揮をとってきた。それゆえに彼らの力があれば領地を守るのに問題がなかったわけである。しかし、それが新しい人間に代わる。今まで指揮をとってきた人間がいなくなり、新しい人間は指揮能力が低くなる。兵士側の混乱は大きくなるし、そもそもそういったことができるようなタイプでもない。仮に戦闘の現場に出向けば指揮をとることはせずに後ろで優雅に控えているか、あるいはぶるぶる震えて怯えるか。まあ、そこまでひどくはないかもしれないが、少なくとも兵の指揮を行えるタイプではないかもしれない。
そして、兵を鍛えることや装備に使われるお金は少なくなり、明らかに兵士は弱体化し、領地の領民たちもお金が取られ生活が苦しくなる。全体的に雰囲気が重い物となり、悪いものとなり、兵を含め領民たちの士気も下がる。
なぜそういった貴族を配置することになったのか、と言われれば領地の取り合いによる政治の結果としか言いようがない。そこが国防に重要な隣国とつながる土地とわかっているが、今までアルヘーレンが守り耐えてきたゆえに、本当にそこが危険なのかという危機感が薄れているのかもしれない。その結果、金や派閥などの貴族における政治の部分で勝ったものがその領地を得た。そして配置されたのは戦の方面では優秀ではない貴族。
「大丈夫なのか?」
「……わかりません」
「厳しいことになると思います」
「あまりいい結果にはならないでしょう……それに、この貴族の配置が変化した影響が、すでに幾らかでています」
「どんなものだ?」
「…………隣の動きに若干変化があったのと、領民の方がなにやら騒がしいのが。前者は起こってしかるべしなのですが、後者が……少々どうなるかわからなくて」
「…………どう騒がしいんだ?」
「アルヘーレンの人間を頼るべきではないか、という話です。ただ、領地に戻ってもらうということではないでしょう」
「まあ、貴族が決めたことを領民が覆すのは無理だしなあ……」
「それがどういう意味か、少々不安で……」
ともかく元アルヘーレンの領地はかなり不安な状態にあるようだ。それがどう影響するのか……それは次の年で判明する。




