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賢哉が開拓領地をしばらく離れ、そして獣人と魔族たちが共同で生活するようになりそれなりに時間が経って……まあ、問題は最初はいろいろと起きた。開拓領地の方では賢哉の力が借りれないということで色々と手間が増えたり、出来ない仕事が出てきたりもする。とはいえ、将来的に賢哉が必要ない状況を作るためにもそういった場合どう対応するか、あるいは仕事自体を現在の状態から帰るか、無くすかなど考えていく必要がある。賢哉の力なしで出来ない仕事を将来に残すと未来の開拓領地に住んでいる子孫が困ることになるだろう。完全に無くさず、複数の別の仕事で回していくか、あるいは形態を変えたり人数を変えたりとするか、色々と残った彼らが考えていくことになる。
魔族と獣人の共同領地側でも問題は起こる。とうぜんその大半はお互いの意見の不一致や、感情的な衝突による喧嘩だ。基本的にお互いが暴力沙汰の大きな争いを起こすことはできないが、ちょっとした喧嘩程度は共同の村の中でも可能である。また、必要な資源量の問題もでてくる。そもそも魔族と獣人で人数が違い、それぞれが得るべき資源の量も違う。それが相手が多く取っていく、という話になったり、こちら側が少なくされている、という話になる。人数的に考えれば違いが出るのは当然なのだが、お互い対等な立場であり、ならば得る者も対等……平等に、というのは当然だろう。これは村内だけで使うならばいいのだが、それぞれの種族の村の方にも持っていかなければいかず、どうしても取っていかなければいけないのである。
それらの意見は賢哉が力で抑えているが、そうして無理やり抑えれば反発も強まる。人間に対する反感情も強くなると賢哉に限らず人間側が困ることになりそうである。
「……どうにも問題だな」
「わかってはいるのだがな……」
「ふん……感情面ではともかく、無為に争いを起こす意味はないのはわかっている」
魔族の長も獣人の長も争い合うこと自体が良くないことは解っている。現状の人間に対する反感情が高まっている状態もまた、よくないということも。彼らとて村をまとめる者として相応に頭も働くし、いろいろと学んできたためそれくらい考えることはできる。しかし、個人での考えや理性的な部分ではともかく、感情や集団心理となると彼らがどうがんばったところで抑え込むことは難しい。
それは別に彼らに限らず、賢哉の方でもまた同じ。賢哉の場合彼らのように長としてまとめるのではなく、力で無理やりだ。下手すると彼らよりも確実に反感が大きい。とはいえ、賢哉の力無しで争いは収まらないし、今賢哉の手が離れればそれこそ血みどろの争いになることは間違いない。
「貴様の考えは完全に失敗しているわけではない。我ら魔族の中でも、ある程度獣人と仲良くなっている者はいる」
「…………争いの歴史で言えば、魔族との方が長いが、今はお前がいるせいで敵対感情が魔族よりも人間に向いているのも大きいだろう」
「それはそれで問題なんだけどな……」
「ふん、力で押さえつけている限り反感は高まるばかりだぞ。どうするつもりだ?」
「………………」
賢哉は魔法の力で多くのことができる。しかし、人の感情ともなるとまた賢哉ではどうにもできない分野を含んでしまっている。いや、それこそ魔法で無理に感情を変えるということも不可能ではないのだが、さすがにそれは倫理的な部分であれにすぎるので使うつもりは基本的にはない。
「とりあえず獣人と魔族の間に起きている争いを無くす方が先決だ」
「ふん。簡単にできるわけはないだろう。今まで我々が培ってきたお互いへの恨み辛みは簡単に消えるものではない。例えある程度改善で来たところで、ちょっとした事件が起きるだけですぐにご破算になるだろう」
「…………それはわかっているけど」
ちょっとした事件、とは言っているが、例えば子供の喧嘩で片方が大怪我する、あるいは何かの口論がきっかけで殺人にまでは発展しなくとも傷害事件が起きる、あるいは盗難事件などが起きて相手が怪しいとなった時、そういった些細な切っ掛けでやはり相手と仲よくするのはよくなかったとなり、仲良くなっていた両者の中が一気に険悪になるということは有り得なくはない。
賢哉とてそれは理解しているが、だからといってじゃあ両方とも離れた場所で相手に関わらず過ごす、というふうにするには暗黒領域の安全に生活できる範囲は狭い。それに賢哉としても彼らとの交流、開拓領地との友好を狙いたいという思いもある。エルフやドワーフのように、魔族や獣人も賢哉は開拓領地側に取り込みたい。今後のこともあるし、彼らがいた方がいろいろな意味で都合がいいというのもある。まあ、国側がどう考えるかはわからにのだが。
「……今こちらはお前への反感が強まっている。魔族よりも人間への憎しみの方が強くなればうまくいく……とはいかずとも、ある程度手を取り合う関係を作ることはできるかもな。だが、お前はそれでいいのか? 人間がわざわざ本当にただの善意で争いを止めに来たわけではないだろう」
「確かにそうだけど……」
「もう少しどうにかする方法を考えなければ、最悪の場合獣人と魔族だけではなく、人間憎しの思想が残ることになる。我々を抑えるためとはいえ、お前もあまり無理なことはするな」
獣人としても賢哉の力で物事を抑え込むやり方は、その意味は理解できるがやはり感情面、あるいは将来的なことを見越してあまりよくないとも考えている。そうせざるを得ないのはわかるが、もっと穏便な解決策はないか、他の可能性を捨てていないかとも思っている。
「我らだけで考えても仕方があるまい。しかし、魔族や獣人の仲間……妻や子ならば話は聞いてくれるかもしれんが、簡単に同族の仲間をこの話し合いに誘うことは難しそうだな」
「こちらでは不可能ではないだろう……とはいえ、それは比較的おとなしい者に限るが」
どちらにも過激派に近い存在はいる。そしてその逆で穏健派みたいな存在もいる。それらの選別、見極めは彼らはあまり得意ではない。いや、魔族側はまだ比較的出来るが、獣人側はどうしてもそういった知性的で難しい思考はなかなか大変だ。できないわけではないが、どちらかと言うと本能的な行動の方が得意なのである。家族はまだ抑えられるかもしれなが、それ以外の他人となると中々大変だ。
「……他の誰か、か」
「そういえば人間はお前以外はこないが、誰かいないのか?」
「……いきなり人間が増えても反感が強まりそうだが」
「む……確かにそれは有り得るかもしれん」
「………………人間でなければ?」
ふと、賢哉は思いつく。一人はともかく、もう一人はどちらかというと頭脳派だろう人間ではない開拓領地にいる仲間を。
「エルフとドワーフ、そちらにちょっと当たってみる」
「エルフにドワーフ……?」
「他の亜人か……うまくいくものだろうか」
「別に集団を連れてくるわけじゃない。開拓領地の方で意見を聞いている二人を連れてきて、話し合いに参加してもらったり、あるいは他の亜人との付き合いの状況を見てもらうとか……俺の話は信じなくとも、あの二人の話は信じるかもしれない」
「ふむ…………洗脳されているとか言われるかもしれんが」
「それはそっちを洗脳しない時点で否定できる。まあ、可能性はあるし否定できるからと言ってあり得ないとか言いきれないけど……」
「まあ、やれることをやってみるのはいいことだ。こちらも一度そちらの亜人と会って話がしてみたい」
「二人のような長ではないけどな」
開拓領地にいるエルフとドワーフ、ネーシアとアルグレイスを次に共同の村に来るときに連れてこようと賢哉は決めた。




