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「おおー!!」
盗賊たちは今宴会騒ぎである。開拓領地は基本的に人の行き来の少ない場所。時々珍しく訪れる開拓領地を目指す人間がいなくもないが、そういう人間以外は碌に来ることがない。商人すらほぼ来ない。なぜなら領地を監督する貴族もいない、お金を管理する場所もない、売る商品も買う商品もない、本当に何もない場所が開拓領地である。そんな場所にどんな人間が来るものか。開拓領地に希望を抱く者、そんな場所にしか来ることができなかった者、腕試しのような目的で来る者、少なくともまともな金銭感覚を持ったまま来てもどうしようもないだろう。そもそもここにお金を持ってきたところで使い道がないのではないだろうか。
そんな場所であるため、物資を得るだけでも一苦労である。森の資源はとてもたくさん色々とある。木々に草花、森の獣たち、そう言ったものは自分たちで狩りさえすればどうとでもなる。だが他の者は難しい。例えば布とか。例えばお酒とか。もちろん今回お酒を入手できたかというとできていないわけだが、それでも今回彼らが襲ったのは貴族の馬車。その貴族の馬車に乗っていた物資は当然貴族の物、布や道具に関しても相応の代物である。そして旅路に食べるべき食料品飲料品なども十分すぎるほどだ。彼らにとってはとても贅沢な代物。
そして、今この場にはないが男と女、貴族の従者として働いている人間達。まあ、使い道としてはそれほど多くはない。彼らにとってはせいぜいがその穴を使って奉仕してもらおう程度のものでしかないだろう。奴隷として売り払う、というのも選択肢にありえるかもしれないが、開拓領地側にその拠点を持つ彼らが捕まえた人間を奴隷として売るのは難しい。なので女はともかく男はその趣味のある人間が使うか、または人肉喰らいや人間サンドバッグにするくらいにしか価値はない。女に関しても、いつまで使っていられるか。
「頭、しかしいいんですかい?」
「ん? なんだよ」
「いやー、ほら、貴族襲ったじゃないですか。仕返しとかあったら怖くねーですか?」
盗賊の一人が盗賊の頭にそう訊ねる。今回襲った相手は貴族だ。今まではそれこそ開拓領地へと向かう旅人を襲うくらいであったが、相手が貴族となるともし襲われたことが判明した場合、その報復が恐ろしいことになりかねない。だが盗賊の頭は特に気にしていない。
「問題ねえよ。なんで開拓領地に貴族が行く? あいつらは開拓領地にだーれも送ってきたことねえじゃねえか。開拓領地なんて名ばかり、ただの行き場のない奴らが流れ着くだけの吹き溜まりだ。そんなところに送られてくる貴族なんざ、ほとんど単なる島流しみてえなもんだ。気にするこたねえ。それに、証拠も残ってねえわけだからな」
「そ、そうですかい……」
「それより、まだ帰ってきてないやつがいるが」
「ああ、あの二人を追ってったやつらですね。ま、遅れてるか……向こうでお楽しみかなにかじゃないですかい?」
「そういうもんか。逃がしてたら一大事だが……ま、大丈夫だろ」
楽観。彼らも深く物事を考える性質ではないし、そもそも彼らは盗賊。そのような生き方しかできないろくでなしたちである。それに今は大きな成果を得て、勝利を経験し、収奪物を堪能している。そんな状態でどれほどこの先のことを考えられるだろうか。享楽的、刹那的、基本的にその時その時で必要なことしかしない。たとえ何か危険や脅威があると知っていたとしても。だからこそ盗賊なんていういずれ終わってしまうことをやっているのだ。
「あん? 誰だお前見たことねーやつだぎゃあっ!?」
そうであるがゆえに、終わりが近づいていたことを彼らは知らなかった。気づかなかった。
「どうしたっ!」
「変な奴が攻撃して来やがっぎゃ」
「ひぎぇっ!」
「ぐおっ!? なんだこれっ!?」
盗賊の男たちの数自体はそれほど多くない。二十程の数しかいない。それでも、一応それなりに盗賊として活動してきた男たち。森での活動の経験もあるし、それなりに武力もある。戦闘能力もある。そうであるというのに、男たちは抵抗すらできずにあっさりと倒される。いや、危害を加えられてはいない。ただ、その動きを完全に封じられているのだ。
「くそっ! どういうことだっ!」
「頭!」
「これをやってるやつを殺せっ! ったく、なんだってんだ!」
そう盗賊の頭は命令する。しかし行動が遅い。既に行動できる盗賊たちの数は半数ほどに減っている。相手の行動が迅速なのもあるが、近くに来る必要もなくあっさりと捕縛していくのも理由だろう。盗賊たちが抵抗する余地がないのである。
「てめえかっ!」
「そうだよ」
賢哉が盗賊の頭の前に現れる。既にほとんどの盗賊が捕まえられており、残ったのは頭も含めて四人。
「何が目的だっ!」
「言わなきゃわかんないか? 取られたら取り返す。世の中の基本だろ?」
「ま、まさか貴族の……」
「報復だってのか!? 早すぎんだろ!」
「んー、性質的には半分正解ってとこか? ま、俺としては恨みも何もないだけど。やったらやりかえされる、これも世の常だし? 人からとったもので飲めや食えやの騒ぎ、こっちとしてもこれ取り返してもって話にはなるんだが。無事な者だけでも回収しないとだめだろうなこりゃ」
既に物資のいくらかは消費されている。とくに飲食物はあまり残っていないと言えるだろう。盗賊たちも刹那的とはいえ、未来のために幾らかの物資は残す。消費の速さはともかく、全部は消費されていない。
「ま、何はともあれ。大人しく捕まっとけ」
賢哉が杖を振る。いちいち一人一人を捕まえていたのは盗賊たちの動き、人数の確認をする意味合いもある。騒ぎになれば隠れている者も出てくるだろう、そう推測してのものだ。もっともこの場にいる者で全員だったわけだが。
「さて……一応聞いておくがこの場にいる奴らで全員か?」
「……へっ。誰が言うかよ」
盗賊の頭であるだろう男に賢哉が聞くが、せめてもの抵抗か頭は口を割らない。
「ふむ。別に他の奴に訊いてもいいんだけど……じゃあ、こうしよう」
「……?」
盗賊の頭は何やら杖を振ってにょろりとした触手を出す賢哉の様子に戸惑う。一体何が目的なのか。もう一度振り、今度は刃物。
「この触手はえーっと、マインドフレイヤ? 名前は忘れたが、人間の脳みそが好きな奴の触手を改良した使い魔で、耳から脳に入って好き勝手弄って相手の知ってる内容を吐かせるやつな。で、この刃物は……別に特別な意味はない、普通の刃物だ。ただし、えっと、指先から徐々にスパスパ斬りおとしていくやつ。お前が知ってること吐くまでやりつづける。どっちがいい」
「全部言う! 言うからやめてくれ!!」
流石に触手に頭の中をかき回されたり、凌遅刑の如き拷問をやられるのはあまりにもひどい。それは盗賊の頭として少しは度胸のある男でも、えぐすぎる内容である。その恐怖に盗賊の頭はあっさりとしたがうことを選んだ。まあ、目の前に触手が出てきたことと、指先にその刃物が実際に置かれているのを見たうえに、特に感情の揺らぎもなく賢哉は言うゆえに真実としか思えない。実際賢哉は言わなければどちらかをやっただろう。
そうして盗賊たちの組織は壊滅した。