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賢哉が魔法を使い何やら調べているのを見ているその場にいる他の人々……とはいっても、アルバート、フェリシア、アミルの三人。お金とその流通にかかわる話、犯罪や法に関する話というのは基本的に元々開拓領地にいた人間ではあまりできない。そういう点で相談できるような、そして信頼できるようにな人間は現在の所ほとんどおらず、本来ならば外部の人間であまり信頼してはいけないアルバートが信頼できる相手になっているというくらいに大変な状況である。まあ、そういう状況かにある開拓領地なので、こういった話し合いには領主とその従者、副領主、商業関連の人間と言うことでこの四人が参加者だ。本当は育てる意味合いでも他の参加者を増やすべきなのかもしれないが、現状そのあたりの事柄にかかわれるほど知識のある人間が少ない。開拓領地に人も増えてきており、他の領地から来る人間の中にそういった能力を有する者もいるかもしれないが、そこは流石にまだ信頼をおけるような相手でもない。フェルミット商会を信用しないわけでもないが、そのフェルミット商会から贈られてきた人間が信用できるかは別。ましてや信頼できるかは怪しい。それ以前にちょっと話した程度で信用信頼できるはずもない。フェルミット商会に関しては以前からフェリシアの家と関係があったのでまだ大丈夫だったが。実際現状の詐欺行為に関してはフェルミット商会から送られてきた人間が行ったこと。事前に送る人間の調査くらいはしているだろうが、それでも完璧にすべてを調べきれるわけでもないし、後で関係を持ったり隠していたりすれば簡単にはわからないだろう。
「っと……………………へえ」
そうして調べて賢哉はその詳しい内容を魔法で調べることができたらしい。だが、そこで、賢哉は一瞬で雰囲気を変える。
「……ケンヤ、様?」
「…………どうされましたか?」
フェリシアとアミルはその雰囲気に怯えを見せる。彼女たちはそういった空気、雰囲気に対してはどうしてもなれない。普通の一般的な人間、多少貴族とかそういった部分で他と違う点はあるが、感覚的心情的にはあくまで普通の人間である。まあ、それ以上に賢哉の雰囲気がいつもと違うという点も大きかったのだが、そこは置いておこう。フェリシアたちと違い、アルバートは背筋に寒いものを感じながらもその雰囲気に耐えられる。一応彼も相応にいろいろ経験している。父親と修羅場を経験したことだってある。ゆえに賢哉のそれに耐えられるが……まあ、それでも賢哉のそれは恐ろしい。
「ん? ああ、悪い」
そう言って賢哉は己の発する雰囲気を元に戻す。忘れがちだが、賢哉はかつて魔王と戦った人間の一人である。そこまで到達する中で様々な経験をしており、死にかけたことも一度や二度ではない。殺しも結構な数を行っており、場合によっては彼らは人間を相手取ることもあった。それらの経験があるからこそ、この世界で普通に生活できているわけだが、その経験ゆえに本気で怒りを見せたり、全力で敵を叩き潰そうと考える場合、賢哉の持つ雰囲気は普段見せている普通で穏やかな感じとは一変する。
「いったい何があったんですか?」
「どうやら件の詐欺師、裏の人間と色々かかわりがあるみたいだな。こっちに情報収集と資金集めが当初の目的だったらしい」
「裏の組織ですか…………」
「当初? 今は違うんですか?」
裏の人間、裏の組織。つまりは犯罪組織の類である。社会の闇で活動する非合法の様々なことを行う、多くの人間にとって損となる迷惑な人間たち。犯罪者、日陰者、異常者、社会におけるはみ出し者たちの集まり。まあ、それとつながりがあるということ自体そこまで悪いとは言い切れないものでもある。それらの組織は表にいる日向の人間ではどうしても出来ないことを代わりに代行してくれることもある。また、裏の仕事と言っても犯罪は犯罪でも、それを必要とする場面も世の中には存在する。絶対悪ではない……が、それは本当に裏の組織の一部。大体はただの犯罪組織である。
と、それはともかく。それとつながりがあるという時点でその詐欺師は相当あれだが、賢哉の言葉にあった当初の目的……だった、という点にフェリシアが疑問を呈する。
「ああ。どうやらこの開拓領地に亜人の存在を発見して、その亜人を攫って売り払おうという魂胆になったらしいな」
「………………」
「………………」
「………………」
その賢哉の言葉にフェリシアたちは言葉が出ない。亜人の扱いに関しては彼女らもそれなりに理解している。開拓領地においてはそれなりに現状受け入れられているが、開拓領地に来た人間の中から亜人に対していろいろと物言いがあったりしたが、そういった感じで多くの人間にとって亜人とは仲間として扱うようなものではない。一部の領地においては彼らを職人として使っていることもあるが、それも保護下という形であり、対等の立場ではない。
つまり彼らの扱いは保護動物に近いと認識する者もいる。開拓領地においては実際にそうであるというわけではないが、対等な立場かと言われると少々疑問もあるだろう。しかし、一応立場上は対等と言うのが開拓領地における彼らの扱いだ。そもそも、開拓領地における様々な外に持ち出す商品は彼らが作っているのであり、かなり重要な立ち位置であることには間違いない。仮に彼らがどういう立場にあろうとも、それを攫い売り払うというのは開拓領地に敵対する行いである。
それ以上に賢哉は亜人にたいするそういった扱いには嫌悪のほうが強い。元々賢哉の過ごした環境における様々な倫理観もあるし、亜人という存在に対し賢哉は結構友好的だ。この世界における亜人の立ち位置や問題も理解しないでもないが、そもそも亜人が開拓領地にいるのは賢哉がいろいろと頑張って話し合った結果。それを無為にするつもりだというのならそれは賢哉の努力に泥を塗る行いだ。マジ切れしてもおかしくない。
「まったく……せっかく亜人と話し合って協力関係を取り付けたのに、それをぶち壊しにしようとする輩がいるとは」
「申し訳ありません……」
「別にアルバートが悪いわけじゃない。フェルミット商会も……まあ、責任はあるかもしれないが。これさっきも言った気がするな。まあ、あんまり気にするな。むしろ……ここで露見して、表に出てきたのはありがたいかもしれないな」
「……どういうことでしょう?」
「攫われてから対処するのは遅い。事前に攫うつもりがある人間がわかること、その可能性を持つ裏の組織の存在の判明。これはかなり大きなことだ。今のうちに対処すればどうにかなるからな」
現状の開拓領地の状況的に他に手を出してくる何らかの組織があってもおかしくはない。ならばここで一つ、裏の組織を大々的につぶすことで開拓領地に対する干渉を排除できるのではないか? そうでなくとも亜人をどうにかしようと考える裏の組織を一つ潰せれば開拓領地における亜人の安全にもつながる。
「まあ、今後いろいろと考えなきゃいけないことでもあるが……今すぐどうにかできることでもないな。とりあえず、俺はこの裏の組織を潰しに行くよ」
「え? ケンヤ様だけでですか?」
「俺一人で十分だからな」
「……………………」
「無茶はしないでくださいね」
フェリシアは賢哉一人で行くことに対して心配を見せ、アルバートはそのいいように理解できないような表情をし、アミルはただ多少心配したかのように言うだけである。現状賢哉の能力に関してアルバートはある程度認識できているが、それでもフェリシアとアミル程ではない。一番最初に賢哉がこの世界に来た時からの付き合いであり、それからずっとその活動にかかわりその能力を見てきたフェリシアたちはもう賢哉の能力に対しては完全に信頼している。まあ、フェリシアはそれでも心配するのだが、アミルはそれほどではないというわけだ。
「じゃ、行ってくる」
そう言って賢哉が杖を振りその姿を消す。
その日、一つの裏組織が潰され、その組織の構成員の上層部が死体として晒され、その下にいる人間たちが縛られた状態で大量につられ晒された。そして彼らの側にはこの世界の文字で書かれた看板が。それは開拓領地に対する悪質な手出しをした犯罪者集団をここに吊るす、と書かれていた。これに関して開拓領地側の関係があるのかどうかに関しては不明である。亜人に関しても不明である。賢哉は証拠を残していない。だが、まあ、一応開拓領地に手出ししたことが原因であることから開拓領地が関係あることはわからないわけでもない。しかし、別に悪を成したわけではなく、悪を叩き潰したことであるため咎めることもできないだろう。ただ、このことが流布され開拓領地に手を出す人間は確実に減る。ただ、同時に開拓領地への移動をしようと思う人間も減る羽目になった。行いが悪行ではないとはいえ、そのあまりの苛烈さゆえに震え上がる人間は多い。その影響である。まあ、犯罪者が来る可能性が減ったという点にはかなりありがたい点もあるかもしれないが。




