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盗賊たちは森からやって来た。当然のことだがそんな彼らの本拠地としている場所は森の中にある。そもそも、彼らが森の中を移動するのも安全ではない。森は獣や魔獣の領域であり、人間ではなかなか住みがたく進みがたく危険な場所。いくら馬車を襲うためとはいえ、危険のある森の中を長時間進み続けるほどかれらは勇猛でも強靭でも度胸があるわけでもない。つまり馬車が襲われた場所と盗賊たちが本拠地としている場所はそこまで遠い場所ではないと言うことである。
近くである、ということは推測できるが、それは連れてきた捕らえた盗賊たちの男に話を聞いて確定させるのもいいし、賢哉の魔法によって森の調査を行うのも構わない。そもそも人を連れて彼らは移動しているのだから足跡や森の草花の被害など、その痕跡である者は多く残っていることだろう。暴行の痕跡から血などが落ちている可能性だってある。
とまあ、そういうわけなので賢哉であれば彼らの跡を追うことは難しくない。時間的に彼等が本拠地に戻る途中である可能性すらあるだろう。まあ、とりあえず賢哉は彼等を探しに向かうため森に入るのだが。
「……あの、お二人さん? 何でついてくるんだよ?」
「駄目ですか?」
「こちらの方が安全でしょう? 馬車は止まっている。守る戦力もない……今の私達にはあなたに頼るしかない。理解していますか?」
「それを言われると仕方ないんだが……」
フェリシアとアミルの二人は賢哉についていっている。というのも、直ったとはいえ馬車の中に隠れるにしても、その付近で待つにしても、安全というものが殆ど無い。フェリシアとアミルの二人では襲われれば抵抗しようがない。捕まっている状態とは言え盗賊の男三人も残っている。むしろ彼らを獲物とするために獣が森から現れる可能性もあるだろう。また、捕縛の状態が解ける可能性もある。
まあ、賢哉の力があれば結界の類を作り安全の確保くらいはできるものだが、しかしやはり不安は多い。そもそもフェリシアとアミルは賢哉の実力を少しわかっているだけであり、実際どれほどの実力を持つかは理解していない。なので隠れている方が不安としては大きいのである。人間何かをしている時の方が精神的には落ち着くものだ。
「ま、あっちの方が安全だけど、ついてくるなら俺も安全は確保するし、それはそれでいいんだろうな」
呟きながら三人は森を進む。森の中を歩く能力は彼等にはない。フェリシアとアミルは当然だが、賢哉も森は進み慣れていない。まあ、それでも賢哉は魔王に挑むまでの間の経験があるし、彼の身体能力は彼の使う魔法によって高められている。
「……大丈夫か?」
「は、はい……」
「これくらいどうということもありません。お嬢様は流石につらいでしょうが」
強がる二人。特にアミルはとても強がっている。
「……ま、ちょっとくらいはこれでな」
賢哉が杖を振る。そうして発動した魔が二人に降りかかる。
「っ!?」
「何をっ!?」
当然いきなり魔法をかけられる二人は驚く。いや、驚きよりも恐怖の方が勝っているように見える。しかし、彼女たちの驚愕はすぐに別の驚愕にとって代わる。どちらも同じ驚愕だが、謎の魔法をかけられた恐怖と不安から自分たちに生まれた不思議な感覚に対するものへと。
「これは……」
「疲れが……それに」
アミルは体を軽く動かす。先ほどまでの若干の疲れを感じていた状態から、まるで問題なく体を動かせるようになっていた。
「体力の回復とちょっと体の力を高めるくらいの魔法だ。本当はもっと動けるのがいいだろうが、反動があるからあまり強くないようにさせてもらったよ。じゃ、さっさと行こうか」
「あ、ま、待ってください!」
「ケンヤ様! 急ぐとお嬢様がついていけません! 自重をお願いします」
「はいはい」
現在の状態でも賢哉はかなりフェリシアに対して気を使っている。それでもこの速度であるのだが、もう少し気を使わなければいけないようだ。まあ、彼としては雇い主のことでもあるので多少気にする分には問題ない。そういうのであれば従おうと言うことだ。
「ここだな」
「……洞窟ですね」
「定番というか……何というか……」
彼らがたどり着いた場所は山肌に作られている洞窟である。確かに盗賊や山賊という存在がいる場所としては定番であるのだが、しかし実際に置き換えれば一体どうすればそんなことになるのか、と疑問に思う所である。山に穴を開け、住環境もしっかりした洞窟を作れる。それこそ牢屋のような鉄格子を置けるような場合ならば本当にそれだけの技術は明らかにおかしいというか、とんでもないと言うか、そういう物になるだろう。その技術だけで喰って行けるのではないかと思うほど。
「んー……中か。ま、しかたないな」
「やはりこの中にいるのですね……」
「見張りもいないと言うのは変な話では? 彼らは盗賊です。見つかれば死罪を免れぬような立場。見張りがいないと言うことは我々を誘っている可能性も……」
「えっ!? そんな……」
「ないない」
アミルが深読みし、フェリシアがその内容に驚愕と絶望の表情を浮かべる。反面賢哉はそんなことはあり得ないと否定の意を示す。先ほど洞窟の中を調べたので、現在の状態を理解しているからだ。
「単純にあいつらは中で宴会みたいなことをしているだけだ。参加できないのは嫌だってことで全員参加してるんだろ。だいたい、罠って言ったって誰を罠にかけるんだよ。俺らを罠にかけるにはまず先にあの男たちを捕まえたことを知らなきゃ無理だろ。それが伝わるようなことはしてないし、調べた限りだとそんな感じもない。まあ、あの男たちと捕まえられてきたお二人さんを待っている、というのはあり得るかもだが」
「っ……」
「そのような様子なのですか……来てすぐによく把握できますね」
「そういう魔法だ。それくらいできる、と仕事能力をアピールしておくよ」
魔法という技術に関しての知識があり、そもそも賢哉の持つ魔法技術があまりにも高すぎるせいか、アミルはどちらかというと賢哉が盗賊の一味ではないかという不安の方が強い。もっとも、それなら彼があの男三人を捕まえる意味もないし、馬車を直す必要もない。そもそも馬車を直す魔法は本当に規格外の物であることからその魔法技術を否定できるものでもない。しかし、実際に見ていてもそれでもなお、信じきれない所がある。それほどまでに賢哉の扱う魔法は異常に過ぎるものである。
「では……盗賊たちを倒し、私の従者たちを助けて、荷物を取り戻してください」
「荷物はもう幾らかあいつらにかっ喰らわれてるみたいだけどな。ま、無事確保できるものは可能な限り確保するし、人的資源は被害が出ないように安全を確保させてもらうさ。ああ、でもここに入る前にお二人さんの安全を確保するのが先だな」
「そうですね……私達が中に入っても足手まといでしょう」
「そもそもついてくるのも十分足手まといなんだがねえ」
そう言いながら賢哉は杖を振り魔法を使う。そうして洞窟の隣に穴が開く。
「…………」
「…………」
「二人はそこに入って隠れて。入ったら扉を作る。外から中は見えない、中から外は見える、そんな扉だ。開け閉めできるように取っては見えるようにしておく。一応外から確認してもいいけど、ちゃんと中に入って扉を閉めておかないともし誰か来たら姿が見えるから危ないぞ? ほら、さっさと入ってもらいましょうか」
一瞬で小さいとはいえ洞窟を作り上げた賢哉。その様子を見て二人はまたも驚いた。まあ、結構な魔法を見ているためそれを見て跳び上がるほど驚くと言うほどではないが、やはり規格外は規格外である。そして言われた通り、二人は隠れ、そしてその後使われた魔法にもはや言葉も出ないほど驚くのであった。