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「商売とか無理です」


 アルバートがフェリシアたちをよび、その第一声がそれである。


「どういうことですか?」

「まず、この開拓領地に貨幣経済が根付いていません。そもそも何かを求める、ということがあまりない。あれが欲しい、これが欲しい、これを売ろう、あれを売ろう、そういうことがない。基本的に作物とか食べるものは十分に満たされる分があればよく、美食飽食を求めない。道具もより良いもの、ということはなく、十分に使える物さえあればいい、交換は本当に壊れてから。家具だって自分たちで治せる分は自分たちで治さず新しいものを買わない、そもそも受注生産制で代価もこれと言って求めていない。こんな状態で商売をしろと言っても、そもそも商品すら碌にない状態でどう商売しろと!?」

「……まあ、開拓領地での商売はまず無理だよな」


 現状この土地では商売できるような環境が整っていない。開拓領地にいる人間は基本的に酷環境で過ごしていたせいであまり熱心に物を求めず、自分たちが十分生活できる分の物さえあれば満足である。現在は開拓領地はだいぶ良くなり、それに伴いもう少しこうしたら、ああしたらと欲が出てくるのかもしれないが、それを求めるにはまだ早すぎる段階、と言ったところだろう。それ以前に開拓領地にいる人数がとても少ないというのもあってまた商品が必要ない状況と言うのもあるだろう。

 ただ、それ以上に開拓領地における問題は商売の環境だ。開拓領地に存在する物を得る手段は物々交換が主体である。そもそもからして商人と言うものが存在せず、商売を行っておらず、開拓領地内で一致して生活しており、それにより家族単位で作ったもの、持っている物を共有したり交換したりの生活が主体だったのである。それゆえにこの開拓領地には貨幣制度が根付いておらず、経済的にかなり遅れている。元々彼らはこの王国の別の領地で生活していたため通貨の存在を理解しているはずだが、この開拓領地に来てからの生活でそれらを使用することなく、またそんな物に意味がないということから使うことがなくなり、必要性が抜け落ちたのが原因だろう。まあ、存在を忘れていないのでまだいいのかもしれないが……ともかく、そんな感じでこの地には貨幣経済がないのが現状である。

 商人の商売は物々交換では成立しえない。いや、成立させることはできるかもしれないが、物々交換のみで商売ができるわけではない。貨幣がなければ別の領地に言って物を買ってくることはできず、物を売るにしても貨幣を得るようにしなければいけないだろう。つまり、現状ではアルバートがまともに商売するだけの土壌がこの場所に存在しない。


「それに関してなんだが」

「なんでしょう」

「実はアルバート、お前に外からお金を得てほしいと思っている」

「…………外貨の獲得ですか」

「厳密には外貨じゃないけどな」

「…………?」


 流石にフェリシアはあまり経済方面に詳しいわけではなく、その内容を理解できない。それ以前に、この国の通貨を得ることがこの開拓領地では外貨を得るという認識なのは如何なのか。


「そもそもなんでこの開拓領地にこの国で使われているお金がないのか疑問なんだよな……」

「他の領地との物品の流通すらないのですから仕方がないでしょう。フェリシア様が持ちだしてきたお金は……」

「この地に人を引き入れるのに使いました。まだ残ってはいますが……さほど、それこそこの開拓領地に流通させるほどはのこっていません」

「そうですか……」

「…………」

「フェリシアには……後で色々とその辺の授業、かな。まあ、正直言っていろいろ面倒だし、信頼できる相手がいればそちらに任せてもいいが」

「いえ、私もしっかりと勉強します。必要なことを任せるのは構いませんが、知らないでいることがいいわけではありませんから」

「勤勉なのはよろしいことです、お嬢様」


 フェリシアはわからないままでいることを選ばず、しっかり自分で学ぶようだ。ともかく、この開拓領地にはお金がない。この国で使われている通貨が存在しないのである。それでは貨幣経済を根付かせることはできない。そちらも大変だが、まずそれを成立させるのに必要なものを準備しなければ成立させることはできないだろう。


「しかし、どうやってお金を得るのですか?」

「そのために亜人に協力を得たわけだ。いや、彼らに力を借りるのは別の目的もあったわけだけどさ」


 亜人の協力を取り付けたのは根本的に彼らと仲良くなり、様々な技術を得ること。そして彼らと遭遇しても問題なく済ませるため。開拓領地を広げた際、彼らの住んでいる場所まで土地を広げることになっても戦闘にならず協力し合える状況を作る、という目的である。だが、同時に取り入れた技術を用いて物を作り、それを外へと売り出しこの開拓領地の特産品とすることも一つの目的であった。亜人の作るものは決して人間に作ることができないとは言わないが、そもそも亜人の持つ技術を人間が自力で獲得するのは難しく、また簡単に作れるわけでもない。別に亜人も簡単に作れるわけではないのかもしれないが、持ち得る技術の精度や経験、亜人と人間の種族的な差などが影響し彼らのほうが速くより良いものを作れる、ということもあり彼らが作るものは人間が作るものより良いことが多い。まあ、それ以前に亜人とつながりのある人間のほうが少ないため、技術を学んでいるところも少なく物に関しても希少である。そんな希少なものを売りに出せれば十分な貨幣を得ることはできる……だろう。商人の手腕によるところもあるかもしれないが。


「なるほど……彼らの作ったものを売り出すと」

「そうだ」

「確かに珍しい物や普通では手に入らないようなものが多い、または効能が高かったり、質が良かったりするのかもしれません。いきなり開拓領地で作ったものだと売り出してもすぐに売れるということにはならないかもしれませんが……」

「目のいい奴ならすぐに欲しがるんじゃないか?」

「ええ、その価値を見出せる人間はいるでしょうね」


 開拓領地で作り出した、と言った場合その物に対して懐疑的な眼を向けられることに間違いない。開拓領地は決していい環境であるとはいえず、それゆえにそこで作られたものが如何ほどかと疑問に思われるだろう。物の価値相応で売りたくとも買いたたこうとしてくる人間のほうが多いのに間違いない。しかし、そんなものでもちゃんと物を見れる人間が見れば、しっかりとした判断を下せる可能性はある。良い物を安く売ればそれはそれで問題となるのだから。そもそも開拓領地で作ったといわず売ってもいいのである。


「しかし……いいのですか?」

「値段に関しては商人であるそちらに任せる。ただ……不当に高くも安くもしないこと、利益を求めるのは構わないが、あくまで通常の商売の範疇で行ってほしい。それくらいしか俺から要求することはない」

「そうですか。フェリシア様は?」

「ケンヤ様に任せます」

「…………そうですか。私は信頼されているとみていいのですか? ああ、見張りをつけるとか」

「そういうのはしない。何、信用できるかどうかはこれから量るさ」

「…………? まあ、売って来ればいいんですね。頑張らせていただきます」


 アルバートは賢哉のことをよく知らないため、その言葉の恐ろしさを理解していない。仮に知っていても理解できるかどうかは別だ。魔法一つで、アルバートが嘘をついているかがわかる、魔法一つで何をどのような値段で如何ほどの量を売ったのかわかる、そんな恐ろしい能力を賢哉が持っているなどと誰がわかることだろう。アミルはそんな恐ろしさを理解しているからこそ、アルバートがまっとうに商売してくれることを祈るばかりである。まあ、フェルミット商会は商人とはしてはよいほうなのでそこまで心配はしていないが……それでも、だれでも魔が差したり欲を見せることもあるゆえに。


「アルバートさん、お嬢様やケンヤ様の信頼を裏切らないでくださいね」

「ええ、もちろん」


 そう、アミルはアルバートに対し注意しておくのであった。



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